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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
蟲の森編
22/49

更に1人

「これが……貴男の家……?」


 蔓が好き放題に伸びて絡め捕られているようにしか見えない遺跡を見て、マデルは絶句した。


「そうだが」


「屋根と壁と床しかないじゃない」


「それだけあれば十分だと思うが……」


 住居に無頓着なクトセインからすれば、雨風が防げる遺跡は立派な家である。

 だが、マデルはそうは思わなかった。


「普通は、館なりそれなりの物を持って然るべきじゃないの?」


「お前の普通の基準が解らん」


 基準は基本的に自分になってしまう。多くの一例を見聞きする事で、一般的に限りなく近い基本を形成できるが、マデルは魔王の住居を自分のしか知らない。水の王のラウェティが夢幻域に出向いて、説得したからだ。

 そしてマデルは自分の魔境に館を持っており、他の魔王も似たような者ばかりと思っていた。


 実際は、魔境で館など持っているマデルの方がおかしいのだ。


 本能を抑え込んで行動できる確固たる自我がある魔物、知恵ある者は当然魔境にもいる。その中のほとんどは、家を建てれる程度の知能を持っている。

 だが、建てれると建てるは違う。ほとんどの知恵ある者は、そんな無駄な事をしないのだ。


 元が徘徊性でなければ、自分の住処を整えはするのだが、人から見て家と言える物はまず整えない。なぜなら、知恵ある者のほとんどは大型の魔物であり、木や岩を利用してもその体格に見合った家を作るのは一苦労である。

 そんな事をしている暇があるのなら、ほとんどが飢えない為に狩りをする事を選択する。そちらの方が、有意義である。


 だから、人には巣と表現されてしまう住居を整える程度で満足するのだ。


「ベッドくらいあるわよね?」


「今はもうない」


「……」


 せめてもの妥協点、一晩明かすのだからベッドがあれば色々と目を瞑ろうとマデルは思っていたが、それすらも無いと言われたのだ。

 無言で、エルフの里に引き返そうとする。


「何処に行くつもりだ?」


 しかし、それをクトセインが許さずに肩を掴んで止める。


「エルフの里に決まってるじゃない。あそこなら、喜んでベッドを提供してくれるわ」


「悪いが、それは許せん。あいつ等の迷惑になるからな。

 安心しろ、ベッドなら作れる」


「作る? これから?」


 ベッドなどすぐに作れるものではない。だから、疑わしげな目をむけて念を押すように聞き返した。


「ベッドと言うよりも、特大のクッション程度に思えるかもしれんがな」


 クトセインも硬い石の床で寝るなど許容はできないので、その為の準備は既に始まっていた。


「まあ、遺跡の中で大人しく待っていろ」


 言われるがままにマデルは1人で遺跡に入る。


「何も無いわね」


 ため息をつきながら、何もない遺跡の中を見回す。生活感などまるで感じられないその場所は、唯一の住人のクトセインすら訪れなくなっているのが丸判りだ。


(いつから人間のふりなんてしてたのよ……)


 見るべき物がないので、中で大人しく待っていろと言われていたが、マデルは早々に遺跡から出て空でも見ながら持ってきた果物でも食べようと出ようとして後悔した。


「蟲……」


 虫がひしめきあう、ところまでいってないが木の生えていなく、広場のようになっている遺跡の近くに集結していた。

 ただ集結している訳ではなく、小さなイモムシは綺麗に整列して一糸乱れずに糸を吐き、それで小さな糸玉を作っている。その毛玉をアリが袋蜘蛛の元まで運び、袋蜘蛛はそれを自分の糸で纏めている。


 その中心にクトセインがおり、傍目には何もしていないように見える。しかし、同類であるマデルには何をしているかは状況で解る。

 魔王が持つ特定の種族への絶対命令。それで蟲を纏め上げている。


「……」


 気持ち悪い。それが率直な感想であった。あまりにも不自然な光景の上に、それがベッドを作っているのだ。

 マデルは、虫が自分が使う予定のベッドを作っているのを見なかった事にして遺跡に戻るのだった。


――――――


 クトセインは遺跡の屋根で一夜を過ごした。

 屋根で過ごしたのは勿論理由がある。マデルと距離を取る為だ。

 マデルの話しの全部を信じている訳ではない。真偽は実際に魔王の集会が行われるまで謎だ。


 マデルが魔王だというのは間違いないが、それ以外は自分を嵌めるための嘘なのかもしれない。初対面の相手には、警戒するくらいが丁度良いとクトセインはインセニアで学んだ。


 寝込みを襲われる可能性も視野に入れて、本気で殺し合える様にクトセインは鎧を脱ぎ、短剣と籠手も外しておいた。

 しかし、襲われるようなことはなかった。勝手にエルフの里に行かないように遺跡の周りに叫蟲きょうちゅうという羽を震わせて甲高い音を発する虫を配置もしていたが、取り越し苦労に終わった。


(朝、か……)


 平和に一晩が過ぎて、朝日がクトセインを照らす。そこでふと、日の出を見るのは初めてだと気付く。

 わざわざ夜が明ける前に行動する必要もなかったので、当然と言えば当然なのだが。


(んん……?)


 下手すれば2度と見ないであろう日の出を何も考えずに見ていたら、あるモノが飛んでくるのが見えた。それは別段珍しい事ではない。小鳥サイズしかいないが、鳥も一応は蟲の森にいるし、虫でもトンボのように飛行を日常的に行う種類がいる。


 だが、2つの点でおかしい。まずは大きさだ。形は鳥のようだが、見えているのは明らかに大きい。大型の鳥は、蟲の森では獅子蜻蛉に喰われるのでまずいないはずだ。


 もしかしたら、獅子蜻蛉が鳥のように見えているかもしれないとも思ったが、こんな朝早くから獅子蜻蛉は行動しない。


(でかいな)


 観察しているうちに、その鳥はグングンと遺跡に向かって一直線に飛んできて、着陸できる場所があると解ると見上げるほどの巨体と信じられないくらい軽やかに地面に着地した。


 紅い鳥。鮮やかな赤で彩られた鷹をそのまま大きくしたかのような巨体を持つ巨鳥であった。


「そこのキミ」


 巨鳥は遺跡の屋根にいるクトセインを見つけると、探るような目で見ながら話しかけた。

 その声は―――全体を見れば―――高めの鳥の鳴き声ではなく、人間の青年のような声であった。


「なんだ」


「キミが蟲の王かい? それとも、先にここにきた夢の王かい?」


「蟲の王だ」


「へぇ…」


 目の前のが蟲の王と解ると、途端に目付きは見下すそれとなった。なんとなくだが、クトセインにはその理由が解った。

 虫はよく鳥に食べられる。蟲の森でも起きることであり、ある意味仕方のない事だ。何せ虫は数は多いが、1匹1匹は弱い傾向にある。魔物でもそれは同じであり、目の前の鳥は魔王でも似たようなものだと思っているに違いない。


「見たところ、お前は鳥の王か」


 見下されていると解っていても、クトセインはそれを無視する。そんな輩は手を出してくるまで相手にするだけ無駄である。


「ああそうさ、この僕が鳥樹ちょうじゅの魔王にして鳥の王、バドーさ」


「蟲の森の魔王にして蟲の王、クトセインだ」


 クトセインが挨拶を返したら、会話が続かずに2人とも黙ってしまう。何せ話すことなど何もない。

 バドーはクトセインを見下しているが、クトセインはバドーにほぼ無関心であった。自身と同類の魔王を見下している時点で力はともかく、器の底がしれるというものだ。


「夢の王を起こしてくる」


 まだ朝早いが、魔王が合流したのだ。急ぐ必要はないが、逆にのんびりとする必要もないので、出発するなら早くしようとクトセインはマデルを起こすべく屋根から降りようとした。


「それならまだいいよ。

 それより、戦って同じ魔王でもどっちが上かハッキリさせようやないか。正々堂々と1対1でさ」


 しかし、バドーはそれを止めた。


(こいつ馬鹿か……)


 竜の王が水の王に引き分けた。その話はどの魔王の耳に入っているはずである。

 竜系の魔物は単体では最強と言われる種族だ。それに対して水系の魔物は、特徴を挙げるとすればどれも水生くらいだ。水の中に引き摺り込めれば或いは……と思っても、そう簡単に竜を落とすなどできない。


 だが、実際に引き分けたのだ。そこからどの魔王も同じだけの力を持っていると推測されているのに、それでも戦おうなど怪我をしたいという特殊性癖者、戦闘狂、馬鹿くらいのものだ。特殊性癖者、戦闘狂に見えなかったので、消去法で馬鹿だろうとクトセインは判断したのだ。


「もちろん無理にとは言わないさ。ただ、ねぇ……」


 わかりやすい挑発。戦いから逃げれば、腰抜けという不名誉な事を言われる続ける。しかもどれ程の付き合いになるかは判らないが、この先ずっとだ。

 これから魔王の集会があるのに、嘗められる元となる種など作りたくはない。戦う前から逃げればの話だ。


 逃げずとも、負けてしまえば嘗められる元になる。しかし、それは鳥の王も同じだ。


「ルールは?」


「どちらかが、まいったというまで」


 その簡単な取り決めに2人とも笑う。2人とも互いに解っているからだ。

 互い王だ。負ければそこでお終い、他種族の王であろうと頭を垂れるなど死んでもしない。


 別に種族の命運を背負って戦う訳ではない。別に命を賭ける必要はない。


 だが、お互いまいったと言って戦いを終わらせる気はない。


「開始の合図、なんかはいらないな!!」


 クトセインは殴り掛からんと跳ぶ。

 互いにやる気は十分、バドーに至っては初めからその気で来たのだ。


 決闘であるが、誇りがどうとか問う前に自然の掟である弱肉強食が来る。不意打ち上等、持てる力の限りを尽くして戦うだけだ。


「そうさ、それでいい!」


 羽ばたきだけで突風を巻き起こしながら、バドーを飛んで避けながら詠唱を紡ぐ。


「僕と共に在りし風よ、吹き荒れるその威で竜巻を成せ!」


 吹き荒れる突風はバドーの魔法によって、まるで意志を持ったかのように渦巻いて小型の竜巻へと変じて攻撃が失敗して無防備になったクトセインに襲い掛かる。


「甘い」


 竜巻が殺到する前に、クトセインは体表をある魔物の外骨格へと変化させて丸くなる。丸くなるは比喩ではなく、その姿は団子のように丸い。クトセインが蟲の王と考えれば外骨格が岩のようでもダンゴ虫を連想させるのには十分であった。


 クトセインが変化したのは、岩団子と言われる魔物だ。岩団子は名前で分かる通りに岩のような外骨格を持っており、外骨格は硬さと厚さを持つまるで城壁のように岩団子の身を包んでいる。

 脱皮をするのだが、通常なら捨てられる古くなった外皮は脱ぎ捨てずに、背中に積み重ねられる。成長するに従って―――剥がされない限りは―――外骨格は厚みと重みを増していく。ただ、欠けてしまうとそこだけを修復する方法が存在しないのだ。


「そんなそよ風では、この外骨格に傷は付かん」


 竜巻が消えるのを見計らって、腕以外は人に戻しながらクトセインは立ち上がる。

 せいぜい小石を巻き上げる程度の小型の竜巻では、岩団子の外骨格を砕くのも内部に衝撃を浸透させるのは不可能。それこそ、そよ風となんら影響は変わらない。

 人間の肌であったら、所々切れたり小石などが地味に痛かったりと大変だったであろう。


「ただの風でやれるとは思っていないよ。

 だから、次はこうさ!」


 ホバリングしていたその翼で再び突風を起こす。


(何が変わった?)


 ただの突風、少なくとも目に見えた変化は何もない。だが、クトセインを気を抜かずに髪を触角に変えてバドーが起こしたであろう変化を感じ取ろうとする。

 突如、鋭い痛みがクトセインを襲う。頬がパックリと裂け、広げた触角の幾つかも切り落とされた。


 なぜそうなったかを考えるより先に、クトセインの腕が動く。不可視の斬撃と思われる攻撃から、重要な器官である頭部と胸部を腕で守る。

 バドーによる不可視の攻撃は尚も続くが、クトセインは切り口から体液を垂らしながらも微動だにせずに攻撃を受ける。


(確かに何かが俺を切っている。見えないという点を除けば、まるで剣とかの刃物で切られているみたいだ。しかし、明らかに切れている幅が狭い。それに、どれも傷を付けたら消えている(・・・・・)。刃物を見えないようにして飛ばしている訳じゃなさそうだ。

 ……なるほど、そんな魔法もあるのか)


 不可思議な現象で初めから魔法だと解っていたが、その魔法がどういったものかを直にうけてなんとなくカタチを掴んだ。どんなものかを解れば、ある程度は対処が効く。


 だが、バドーの魔法の使用者をかなり選ぶが、専用の対処がとてもし辛いモノであった。かといって、魔法全般に一定の効果のある距離を離すという対処をすれば攻撃のしようがない。

 しかし、このまま攻撃を受け続けるだけでもほぼ勝てる勝負であった。


「まったく、埒が明かないよ」


 攻撃は中っている。そう、中っているのだが、まったくもって効果がない。

 見せつける様に、クトセインは身動ぎ1つ無く立っている。いくら致命傷を避けてるといっても、明らかに異常である。


 バドーの魔法は、不定形である上に空気のような魔力を圧縮する事で形を与えて突風に乗せて飛ばすというものだ。この魔法の優れた点は、元々不可視である魔力を圧縮して飛ばすので、不可視の攻撃ができるのだ。理論上では、どのような形状でも製作可能である。


 ただし、圧縮して形を与えるだけでも必要な魔力量は多く、それだけでも使用者を選ぶ。しかも、飛ばすとなると―――放出魔法ならまずついてまわる問題であるが―――距離が離れれば離れるほどに弱くなってしまうのだ。簡単に言うなら、形が保ちにくくなって何かにぶつかった拍子に消えてしまう。


 そう、魔力を何かに変化させたわけではないので、何も残らずに消えてしまう。形状によっては失血死の原因にしやすいが、外れた場合を考えると何も残らずに消えるのは無駄にしたとの思いが強くなる。


「良い魔法だが、練度がまだまだ」


 攻撃がやむと、ようやくクトセインが動き出す。不可視の刃など大量に飛ばされれば普通は助からないが、クトセインは普通ではない。

 怪我を負うと判り切っているのだから、肉体魔法で怪我した端から再生させていくと同時に、魔力で傷口から出てしまった体液も補充する。そうしているだけで、クトセインの余裕綽々で構えていた。


 なにせ相手の使っている魔法より効率が良く、痛みさえ無視すれば互いに体力と魔力を消費しているだけだ。魔力の刃の切れ味がもっと高ければそんな余裕綽々で構えられなかっただろうが、そんな仮定は今は意味はない。


「まだ完成ではないが、試させてもらうぞ。鳥の王」

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