終わりの事後処理
ミーネの復讐は一応は幕を閉じた。
ミーネの自殺を止めたのは自殺という行為が看過できなかったのもあるが、ミーネには生き恥を晒してもらわなければならない。
ミーネの復讐を手伝った理由である今後似たような事があっても、エルフ側から協力して欲しいと言われないようにする為にだ。
命令でエルフの里に放りこんで晒し者にするつもりはないが、チラリとでも狩人のエルフにでも目撃させてやればいい。
ゼムの耳にでも届けばきっと話を聞きに来るなり、共振虫で連絡を取ろうとする筈。そうなれば包み隠さずに全てを教えてやれば、後は勝手にやってくれるだろうと思っている。
しかし、クトセインにはそれとは別に事後処理と言えるモノが残っていた。
エルフ殺しの犯人を釣る為の噂を流すのを手伝ってくれた貧民街出の2人組の狩りに協力することだ。1人でも出来なかった訳ではないが、やはり数人で流した方が広まりやすい。
とりあえず取っておいたミーネに触角を付ける為に抜いた髪でカツラを作り、軽く変装して目撃者も作ったりもした御蔭で獲物が予想よりもずっと早く掛かったのだ。
ただ、急に目撃情報が完全に無くなると、同じ日に帰ってこない狩人達がエルフに殺されたのではないかと疑う者もいるかもしれないからもう少し目撃者作りをするのだが。
ともかく、クトセインは貧民街出の2人組ことジャックとジョンの狩りを手伝うのだ。
それで酒場で待ち合わせをし、依頼を一緒に受けて森に入ったのだ。
「そういえば、お前等どんな依頼を受けたんだ?」
依頼を受けはしたが、肝心の依頼内容をクトセインは確認していなかった。どんな依頼でも完遂できる自信がり、なお且つそこまで日が経ってないかけだしの2人が無茶な依頼を受けないだろうと思っているからだ。
「ヘイ、砲撃飛蝗を5匹狩る依頼を受けました」
「……お前等死ぬ気か? ソレは中堅が受ける依頼だろうが」
「兄貴だったらこんくらい簡単でしょう?」
何の疑問も無さそうに武器を短剣から剣に持ち替えたジャックは言うが、間違ってなくて間違っている。
「確かに簡単だが、俺に合わせるな。普通は一番下の奴に合わせるか、仲間での平均と頭数で決めろ」
狩りでは不測の事態などよく起きる。それに対応できるように、依頼は余裕をもって選ぶべきなのだ。
それは狩人にとって鉄則であり、その鉄則を守らなくて泣きを見たものは数知れず。
「それに、あくまでお前等の依頼だ。俺は手伝うだけだぞ」
「「ヘイ、兄貴!!」」
(ほんとに解ってるんだろうな……)
――――――
普通のバッタをそのまま大きくしたような砲撃飛蝗。色は黄緑から緑までと個体差はあるものの、どれも草に近い色合いである。食性も草食であって本当に大きさ以外はバッタそのものに思えるのだが、見間違いようのない特徴がある。
それは触角の位置だ。多くの虫は、触角は前方にある物を感じ取ったりする為に頭部―――人で例えるなら、額や鼻の下―――から前方に伸びている。
だが、砲撃飛蝗は一応は頭部なのだが、目よりも後ろ―――人で例えるなら、後頭部あたり―――から生えている。
そんな不自然に思える位置から生えているのにはきちんと理由がある。
「さて、あそこに狩るべき砲撃飛蝗がいる訳だが、なぜ危険か知っているか?」
群生する人の腰辺りまでの高さの草むらからひょっこりと顔を覗かしている1匹を、20メートルも離れた木の陰からクトセインが指差す。
「突進が凄いってありましたけど……」
特徴や特性といったものは組合で調べられるので、ジョンは調べられていた内容を言う。
「そう突進が危険だ。突進というか突撃が凄まじい。
見た方が解りやすいだろう。ここで待っていろ」
木の陰から出ると、背に木があるように気を配りながら草むらに近付く。
それをいち早く察知した草むらから顔を出している砲撃飛蝗は、クトセインと見つめ合うように正面に捉える。風の音に紛れてしまいそうなギチギチと軋むをクトセインの耳は捉える。
時間にして2秒。見つめ合っていた両者が同時に跳ぶ。
クトセインは横に、砲撃飛蝗はクトセインがいた場所に。
跳んだ砲撃飛蝗に続くように、後から2匹の砲撃飛蝗が草むらから跳び出す。それも避けるべく、クトセインは足を止めずに連続で横に跳ぶと、後続の砲撃飛蝗が来ないのを確認して草むらを真正面に捉えたまま木の陰まで戻る。
「兄貴、やっぱり凄ぇ……」
「中堅になれる自信が無くなってきた……」
ジャックは改めてクトセインの凄さを知り、ジョンは未来が不安になった。
どちらの動きも眼で追い切れていなかったのと、砲撃飛蝗の破壊力を見たからだ。
最初の砲撃飛蝗の突撃はクトセインの目論見通りに木に命中した。残りの2匹は、木などのぶつかりそうなモノが無かったので、翅を広げて失速させてから危なげなく着地した。
突撃された木はぶつかったところは球状にへこみ、もう何発が入れれば折れてしまいそうであった。
しかもその木は、人間と同じくらいの胴回りであった。もしぶつかったのなら、骨折は軽く覚悟しておかなければならない破壊力はあるだろう。
その破壊力を出すのは、脚力と頭部の外骨格が分厚くて硬いのが必須だ。触覚が目よりも後ろに付いているのは、自らの突撃で傷つけたり、もげる事を避ける為に進化の過程で徐々に後ろに移動していった結果だ。
「恐ろしさは解ったか?」
「もう十分に……」
「じゃあ狩ってこい」
「いやいや、無理ですって! 俺達、兄貴みたいに動けませんから」
砲撃飛蝗の突撃に合わせて避ける。そんな芸当は、2人は試さなくても無理だと解っている。
「対処法くらい教えてやる。対処法を知っていれば、そこまで強くは感じない」
手伝っているのはお礼なので、流石に問答無用で放りだすほどクトセインは鬼では無い。
「簡単な事だ。横に回り込めばそれだけで攻撃は中らん。
だが、砲撃飛蝗は基本数匹がかたまって草むらで生きている。だから姿は見えなくても、必ずいると思っておけ」
真っ直ぐにしか跳べないのだから、横に回り込めば突撃にはまず中らない。聞けばそんな簡単なものでいいのかと思うが、これでいいのだ。
普通のバッタと同じで一番後ろの脚は発達しているが、それ以外はそれ程でもない。回り込まれると方向転換に手間取ってしまって迎撃などとてもできないのが砲撃飛蝗なのだ。
だが、1匹ならそれでいいだろうが基本数匹でかたまっているので1匹だけに集中していると横っ腹に突撃をかまされて死ぬ狩人もいる。
なので、まずクトセインがしたように全部にわざと突撃させて、何匹いるのかを確認する作業が必要になる。
そこまでやったら、後は狩るだけなのだがそれも微妙に難しかったりする。
回り込めば砲撃飛蝗の突撃は受けなくはなるが、代わりに逃げられるようになる。逃げると言っても攻撃を避ける為だけで、本格的な逃げではない。なのだが、それでも十分に速く、逃げられると厄介になる。
流石に全力で跳ばないが、ある程度動けるか、連携を取れないとどの道狩れないのだ。
「1人1匹だ。俺が最初に誘き出すから、後は勝手にやれ」
狩れなくても、死ぬような事はないだろうと判断したクトセインは、右手で袋蜘蛛の短剣を抜いてすぐに砲撃飛蝗の攻撃範囲内に入っていく。
知恵を持たない虫系は総じて単純だ。再び迫って来たクトセインを狙って突撃をする。
3匹とも危なげなく横に跳んで避けるきると、すぐさま3匹目を追う。
突撃を失敗したら必ずではないが、砲撃飛蝗は翅を広げて失速させる。あまり遠くに跳んでいかないようにする為でもあるが、着地を安定させる為でもある。
失速し、まだ空中にいる砲撃飛蝗が一番無防備なのだ。空中では発達している脚力を発揮しきれず、はばたいても微妙に距離を稼ぐ程度しかできない翅では避けるのはまず不可能。
そこを狙って袋蜘蛛の短剣を左脚の付け根に突き立てる。元より刺すのに適した短剣とあって、刺すのにはなんら問題も起きずに砲撃飛蝗の体内に侵入を果たす。その前後に揺すって中身を切る。
まだ繋がっているが、筋肉のほとんど切れてしまって痙攣している左脚を掴んで引き寄せる。そのまま右脚も、左脚と同じように中身を切る。
短剣をしまって無手になると、右脚も掴む。そうして、もうほとんど役に立たなくなった脚を根本から千切る。発達している両脚を失えば、それだけで砲撃飛蝗は戦う術も逃げる術もなくす。
まだ生きているが、短剣で殺すとなるとちょっとだけ手間になるので、生きたままクトセインは解体する。
持ち帰る素材は、木に突撃しようとも歪みもへこみもしない頭と、発達している脚一組だ。
砲撃飛蝗の使える素材は頭だけなのだが、脚を持ち帰るのは狩った証明に必要になるのだ。たとえ狩れてなくても、砲撃飛蝗なら発達した脚さえなければ恐れるような魔物足りえない。だから狩った証明として扱われるのだ。
「そっちはどう…だ……」
断末魔の声が聞こえないので、上手くいってるかと思って見たクトセインはその光景に呆れてしまった。
クトセインの助言通りに横に回り込んでいるが、勢いが足りずに攻撃が届く前に跳んで逃げられている。
馬鹿正直に1人で1匹を相手にしているジャックとジョンは、バッタを追いかけている子供のように、捕まえられそうで捕まえられない状態となっていた。
(ここまで酷いとは……)
かけだしなのが丸出しの行動にため息をつくと、仕方なしにクトセインは2人に手を貸すのだった。
――――――
「さて、鉄拳制裁に何か文句はあるか?」
「「ありません……」」
既定の数を狩った後で―――クトセインにとっては―――軽く頭を殴られた。理由は、まったくの役立たずであったからだ。クトセインに手伝って貰ったのとは別に再度挑んだのだが、結局1人では狩れなかったのだ。
最初の囮役をやる程度なら手伝う範疇であったのだが、狩りのほとんどをやるとなれば範疇を超えているかどうかなど論ずるまでもない。
「ん…? ここを早く離れた方がいいな」
虫が近付いてくるのを察知したクトセインは2人に説教をするのは後回しに、2人に急かしてインセニアへの帰路につこうとする。
「だ、誰か近くにいないのか!? いたら助けてくれ!」
「……さ、インセニアに帰るぞ」
悲鳴じみた助けを求める声が聞こえたが、クトセインにはソレを無視して帰ろうとする。
「無視、していいんですか……?」
「流石にまずいじゃないんですか?」
ついこの間までは貧民街でチンピラをやっていたとは思えない2人の言葉に、クトセインは鼻で笑う。
「狩人が狩りに出ているときは命は自己責任だ。仲間でもなければ面倒見てやる所以もない。
だいたいなんに追われているかは知らんが、それから助けられる余裕があるか?」
非情にも思える言葉だが、命あっての物種だ。助けようとするのは良いことなのだろうが、それで死んでしまっては元も子もない。必要も余裕もない現状で人助けなど酔狂もいいところだ。
「誰でもいい! 誰か助けてくれ!!」
「兄貴、近付いてきてませんか……?」
「そうだな」
先程よりも明らかに近くから声が聞こえる。偶然にも、逃げている人物と虫は真っ直ぐとクトセイン達がいる方向を目指していた。
「このままだと遭遇するな。お前等は走って逃げろ」
「あ、兄貴はどうするんですか!」
「ちょっと脚止めをする。だから先に行け」
「兄貴を置いては行けません!」
「ハッキリと言うが、お前等がいたら邪魔だ」
自身の実力を考えていない意見をバッサリと切ると、クトセインは足を止めて短剣を抜く。
それに続いて、ジャックとジョンも足を止めて得物を抜く。
「邪魔と言ったが?」
「ここで引いたら腰抜けもいいところでしょう!」
「それに、兄貴と一緒の方が安全ってもんですよ!」
体の震えを隠しきれてない2人が強がっているなど、クトセインには簡単に判った。そうと判れば声を張っているのも虚勢としか思えない。
(そんな余裕のない状態じゃなくても邪魔だってのに……)
人が逃げ回らなければならない魔物を恐れるなら、そのまま逃げてくれれば楽だというのに場に残る決心した2人には悪いが、クトセインにはいると本当に邪魔であった。
(仕方ない。一撃で決めるか)
だが、狩りを自分が手伝っているのだ。失敗させる気も、後に響く怪我を2人に負わせるつもりは微塵もない。
「助けてくれーー!」
悲鳴を上げながら逃げている男が乱棘蟷螂を引き連れて姿を現すと、クトセインは短剣から消化液をしたたらせながら短剣を突き立てるのだった。