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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
蟲の森編
18/49

矛先の終わり

 夫を亡くしたエルフが夜な夜な街を徘徊している。

 インセニアの狩人の間では、そんな噂が囁かれていた。

 ある者はは笑い飛ばし、ある者は半信半疑、ごく一部の者は本当ではないかと胸を痛めた。中には、噂に尾ひれが付いて寂しさを慰める為の人を探して徘徊してるとの噂を信じた。


 事実、そのエルフを見たと言う狩人はいた。


 月光に照らされて煌めく黄金の髪を夜風に舞わせて、薄暗い人気のない道を歩く後ろ姿を……

 それが撒かれた餌であり、自身を見付ける罠と知らずに愚かにも求めた男がいた。


――――――


「クソッ……」


 隻腕の男が、道端に唾を吐き捨てて上手くいかない現状への不満を表す。

 噂を聞いて、女エルフを探しているのだが、まったくもって見つからないのだ。街と一言で言っても、インセニアは広い。入れない場所や、入りたくない場所を除いても1人で捜索するのは物理的に不可能である。


(俺は、こんなとこに居続けるタマじゃねえ)


 強迫観念のように男の心を埋めているのは、自分の居場所はここではないというモノであった。

 強さへの執着は並大抵のモノではなく、数年前に狩りでヘマをして隻腕になっても諦めはしなかった。


 ただ、隻腕になって組んでいた仲間は男から離れて行った。執念ばかりが先行し、隻腕になっても前と変わらない依頼を受けようとして依頼の質を落とすのを頑なに拒否し続けたからだ。


 そんな無謀に付き合いきれないと、組むのをやめて逃げるように街を出て行ったのだ。

 1人であろうともやっていけると自分に言い聞かせて、男は無謀な狩りに出た。だが、結果は無残なモノであった。命からがら魔物から逃げ回り、自然治癒では絶対に助からない傷を負ってしまったのだ。


 それからの転落は速かった。治療の為に有り金のほとんど使い、死にかけても依頼の質を落とせなかった男は依頼を達成できずに金をえられなかった。

 宿を追い出され、貧民街に行っても剣だけは手放さなかった。それが、男にとって狩人としての力の象徴であったからだ。


 荒れた数年を過ごしたある日、男は1人で歩くエルフを見掛けた。道に迷ったのか貧民街のすぐ近くを通るエルフを……

 その時、ある話を思い出した。


―――処刑権なんてものが売られているって知っているか?


―――なんだそりゃ?


―――罪人を処刑する権利さ


―――自分で処刑してどうするんだ


―――早い話、人でも殺せば魔力を増やせるんだ。だから、狩人の処刑権は高いらしいぞ。なんでも、家が建つくらいになるらしい


―――そんな高いんじゃ、俺達には一生関係無い話だな


―――……それもそうだな。だが、こうして話のタネくらいにはなる


 殺してしまえば魔物も人も変わらない。聞いた時はなんでもない話であったが、エルフ、それも狩人が1人で歩いているとなると邪な考えが男を満たした。

 それからは早かった。貧民街に落ちようと、鍛え続けていた気配の消し方などの狩人の必須技能で後ろに忍び寄り、浮かれているエルフを後ろから一突きで殺したのだ。


 それから男の力は劇的に変わった。依頼の質を落とさなくても1人で達成できたのだ。

 それからすぐに新しい仲間ができ、剣を新調して防具も買った。再び順風満帆の狩人生活が幕を開けたのだ。


 だが、男は満足していなかった。まだだ、まだ足りない。もっと強くなりたかった。

 そんな折に、噂を聞いたのだ。


 フワリと、夜風と戯れるかのように舞う金の髪を視界の端に男を捉えた。見間違える筈がない、ソレはエルフの髪の毛である。

 すぐさまは男は角を曲がった髪を追い掛け、髪の持ち主を背中から見た。


 月光に照らされて煌めく黄金の髪を夜風に舞わせて、薄暗い人気のない道を歩く後ろ姿。正に噂通りのその光景に、男は嗤った。これでまた強くなれると……

 背中から刺してやろうと後を追いかける。


――――――


 エルフの追跡、男は信じられない気持ちでいっぱいであった。

 明らかに引き離されている現状に。


 足音を立てないように慎重に、且つ速足で追いかけているというのに、距離を縮めるどころか、逆に引き離されている。しかも、かなりの頻度で角を曲がる。

 ギリギリで追いすがってはいるが、見失うのは時間の問題であった。


(どうなって…やがる……)


 視界から金色が消える。急いで角を曲がるが、そこには金色が見えない。近くの角を曲がって見るが、そこにも金色は見当たらない。完全に見失ったのだ。


(こいつで決まりだな)


 上から見られているなど気付かずに、男は諦めてその場を去るのだった。


――――――


 空は快晴、鬱蒼と茂る森でも木漏れ日だけでも明るく、狩りに適した日であった。男は仲間と共に狩りに精を出していた。

 目標は獅子蜻蛉ししとんぼと呼ばれる魔物である。体長は人と同じ位でありながら、人1人を掴んで飛び続けられる飛行能力、薄い茶色の体色と首のまわりに棘を生やして獅子にどことなく似ているのが特徴のトンボである。


 防壁など楽々超えるので、増えると危険な魔物なのに、天敵が蟲の森には少ないので増えやすいのだ。なので、定期的に狩られる魔物だ。

 なのだが、獅子蜻蛉は狩り難い。普段は空を飛んでいる上に、休む場合は木の天辺にいる。通常であれば、襲われるまで遭遇はしない。


 それでも、水辺なら偶に遭遇できる。卵を産みに来たり、交尾相手を探して水辺に近付くのだ。なので、産卵時期に狩るのだ。

 水辺を目指して歩いているその時であった。


「別つは土の壁」


 全員の耳が魔法の詠唱を捉え、その詠唱通りに土が壁としてそれぞれ分断する。

 狙われた理由を考えるより先に、敵の確認と仲間の無事を確認すべく体が動く。


 すぐさま土がかかるのを気にせずに土の壁を崩す。この辺りで放出魔法を使うのは人間かエルフしかいない。魔物が跋扈する場所で―――まだ直接で無いにしろ―――攻撃してくるのは明確な殺意が無ければ出来ない事だ。


「良い反応だ」


 ケタケタと可笑しそうに笑っている男が居た。


「恨みも何も無いが、死んでくれ」


 相手がたった1人だというのに、言い得ぬ恐怖感にその言葉に背筋を凍らせた。

 ともかくヤバい。何がどうしてと理屈や理論ではなく、動物的直観がそう告げる。向けられているのは純然な殺意、喰う為だとか憎いだからといった殺すのに必要な感情が抜けている。


 作業するように殺されると解り、1人仲間が居なくなっている事に気を掛ける余裕を無くして相対を余儀なくされた。


――――――


 縄の様なモノを首に巻かれ、それに引っ張られて飛ぶ。普通では味わえない浮遊感と疾走感を感じる前に、地面に投げだされる。


「クソがッ…! てめえ、いったいなん…だ……」


 チラリと見えた姿が人型であったので、魔物ではなく人に連れ去られていると判っていた男は自分を連れ去った人物に悪態をはこうとしたが、その姿を見て言葉が尻すぼみになる。


 人型、そう、虫と見間違う事の無い確かな人型ではあった。だが、男にはソレが人には見えなかった。

 まず顔のほとんどが人ではなく、虫となっていた。顔の右の上半分以外は今日自分達が狩る予定であった獅子蜻蛉の物ではないか。


 そこから視線を落とせば、胸は服に隠れているので人とは違うか解らないが、左腕は折り畳まれた鎌、右腕はなにかが巻かれていて親指に当たる部分から鋭い爪のような物が飛び出ている。両腕ともに人の物ではない。

 上半身はまるでてきとうに人と虫を繋ぎ合せたモノ。


「て、てめえはなんだ!!」


 その不合理さに見ただけで恐怖を煽られた男であったが、自身を奮い立たせる為と仲間の耳に届けと願って大声で言い放つ。


「……復讐」


 獅子蜻蛉の口の下から、くぐもった声で返答がなされる。


「ッ……!」


 復讐と言われて男の脳裏に浮かんだのは、この前殺したエルフと噂だ。

 普通に言葉を発したのにも驚いたが、噂のエルフが目の前にいるバケモノなら、昨日の夜から今の間にこの変異が起きた事になる。


「フィルを殺したのは貴方なんでしょ? 貴方よね? 貴方に決まっている!

 クトセイン様が教えて下さったのだから間違いない!!!」


 間違ってはいないが、一方的な決め付けに男は眩暈を覚える。見た目通りに話し合いなどできる存在ではなく、クトセインが誰かは判らないが複数で動いているのは間違いない。


 つまり、生き残るには目の前のバケモノを殺すのが絶対条件だ。それだけではなく、仲間達にも似たようなのがさし向けられているだろう。そちらにも勝たねばならない。


「俺は、こんなとこに居続けるタマじゃねえ」


 自身にそう言い聞かせて、構えを取る。

 やる事はいつもと変わらない。ただ、相手がおかしいだけだ。

 言葉に出さないでそうも言い聞かせ、バケモノを睨みつける。


「さあ、返して! フィルから奪った全部を! 犠牲にした全部を!」


 先手必勝。まともに相手するだけ危険が増すと思った男は、喚くバケモノに自慢の突きで頭を貫かんとする。

 新調した武器は金属製でやや硬さに不安が残るが、関節などの軟らかい部分を突き破ってそこから解体する事で数多くの虫系の魔物を狩って来たのだ。


 必殺にすべく狙う場所は服に隠れてどうなっているか判らない胴体ではなく、虫になっていない右目を狙う。


―――キィッ


 右目を狙った一撃をミーネは止めた。それを、男は間抜け面と言うに相応しい唖然とした表情で見つめた。

 手などで怪我を承知で止められたり、頭を傾けて避けられたりしたら男は唖然としなかったであろう。いくら距離が近くても、自分を引き摺らずに運んだ相手だ。反応出来てもおかしくは無い。


 だが、剣先は口で受け止められた。そう、獅子蜻蛉の口である。


 上位に君臨する虫系の魔物は一部の例外を除き、肉食であれば外骨格ごと噛み砕く。獅子蜻蛉も乱棘蟷螂、黒蛇百足、袋蜘蛛に並ぶ上位の虫系の魔物だ。

 しかし、上位に分類されるが袋蜘蛛と同じで外骨格はそこまで硬くはない。その理由が空を飛ぶ上で硬い外骨格が必要無く、飛ぶ為の筋力に耐えられる硬さえあれば十分であったからだ。


 だが、顎は別だった。肉食であり、活動的な獅子蜻蛉が摂取しなければならない食事量は多い。その食欲を満たす為に、食性に合うモノならなんでも食べられるように顎が過剰とも思えるほどに発達している。


 その顎の力は上位の中でも抜きんでている。噛み砕けないモノは無いと言われるほどに……


 そんな顎で受け止められた剣は軋みを上げる。

 その音で男は剣を引くが、凄まじい力で固定されていて押しても引いてもビクともしない。

 ますます軋む音が大きくなって、男は更に焦る。剣は唯一の―――短剣も持ってはいるが、それは綺麗に素材を剥ぎ取る為の物。魔物相手に使えるのは剣だけでという意味での―――武器と言ってもよく、生命線ともいえる物だ。


 殴ろうにも男は隻腕だ。殴るには剣から手を放さなければならず、蹴るという選択肢もあるのだが足を怪我すれば戦い続けるのにも逃げるにしても非常に痛い。

 相手はこちらと違って両手が空いているのだ。攻撃する素振りを見せたら対応はするが、やろうと思えば一方的に攻撃もできるのだ。


「楽には殺してあげない……」


 その言葉と同時に剣が悲鳴を上げる。幸いにも剣は先端近くを噛まれていたので、先端が欠けて突きに適さなくなっただけだ。

 そんな僥倖はすぐさま打ち払われる。

 鎌の左腕が振るわれ、乱立する棘に剣が絡み取られてそのまま遠くに投げ捨てられる。


「なッ……!」


 簡単に剣を飛ばされて思考が追いつかない男の動きが止まる。

 今度は右腕が動き、男の顔面を捉えて地面に叩き付けるようにして殴り倒す。間髪入れずに、手を力の限り踏み付けて壊す。

 あまりの激痛に男は悲鳴を上げるが、仲間が助けに来る気配はない。


「うるさい!」


 続けて鳩尾を踏み付けられて呼吸が一瞬だけ止められる。


「ゆっくり壊して上げる……」


 男が着ていた鎧を力尽くで剥がし、へそに親指の牙が突き立てられる。


「今刺しているのは袋蜘蛛の牙。私が毒を生成すればどうなるか……狩人なら知っているわよね?」


 それは死刑宣告に他ならなかった。腕や指から袋蜘蛛の毒が入ったならその部分を切り落とせば最悪は逃れられるが、腹や頭になればその手段は使えない。生きるのに必要な内臓を取り除く訳にはいかないからだ。


「私の魔力量ならいっきに溶かせる量も生成できる。だけどね、そんな事はしてあげない。

 私が生成するのは2、3滴。ゆっくりじっくり内側から溶けるといいわ……」


「や、やめて……」


「フィルはそんな言葉も言えずに殺された!!!」


 男の命乞いが逆鱗に触れた。


「今更遅い。毒だけで殺すつもりだったけど、もっと苦しむといいわ」


 右腕に巻き付いていた物、指となっていた縄百足が解かれる。


「残ってる関節全部を絞め潰して、その後に全身を鎌で軽く掻いてあげる」


 言葉通りに、その残虐な行為が行われる。


「ハ、ハハハ……」


 関節を潰された痛み。全身を掻かれて表面だけズタズタにされた痛み。体を内側から溶ける痛み。

 そんな痛みの三重演奏によって、男の精神も壊れた。


「フィル! フィル! やったよ! 私は貴方の仇を取った!」


 中身が全部溶けて皮だけになったのを確認した途端に、ミーネは虚空を見つめて歓声を上げる。

 しかし、ミーネが待っているモノが来る事は無い。


「ねぇ…フィルゥ……頑張ったんだよ……私、こんなになるまで頑張ったんだよぉ……」


 エルフのままの右目から、雫が零れる。


「褒めてよぉ…私の綺麗な髪を褒めてくれた時みたい…に……?」


 右手で髪を触ってミーネは止まる。

 この感触はなんだ? この酷い指通りはなんだ?

 そう自問自答して、思い出す。


「あぁ!! 私、捨て……」


 捨てたのは髪だけではない。ソレが目に映る。

 右手は指がエルフとはまるで違い、左手に至っては腕ごと違う。

 そもそも、ソレを見る眼すらも片側は違う。瞬きが必要無く、常に視界が開けている。


 顔も違う。獅子蜻蛉の顎は本来の自分の顎に被せるようにくっつけられているが、不要な部分は削がれて決して元には戻せない。


 なかみも……違う。


「捨てた…全部……」


 復讐の為に全てを捨てる覚悟があるかと問われ、あると返事をしたのだ。

 それで本当に全てを捨てさせられた。ついさっきまで復讐があったが、自分であっけないと思えるくらいに簡単に終わらした。


「あ…アぁ……」


 そう、終わったのだ。何もかも、最後に残っていたモノさえ終わらせたのだ。


 生きる目的や希望などもう無いのだ。


 親指の袋蜘蛛の牙を自身に刺そうとする。毒を使えば簡単に死ねる。残ってる魔力を全部毒の生成に使えば、数秒で溶けきるくらいの量は出来る筈だ。


「やめろ」


 腕が止まる。声を掛けられたからではない。たとえクトセインの言葉でも、ミーネは聞く気にはなれなかったからだ。

 体が突然動かなくなったからだ。


「何勝手に死のうとしている」


「死なせて…下さい。……もう、復讐は終わったんです」


「復讐を達成できたら死ぬ? 笑わせるな。

 喰う為に殺し合って喰われるのなら何も言わんが、自殺など看過できん」


「最後のお願いです……どうか、このまま……」


「お断りだ。自殺はするな」


 ミーネの懇願など切り捨てて有無を言わせずに、ミーネの体内の虫に命令を下す。


「どう……して……」


 それは他人の体を動かす能力を持つ虫を入れられたミーネにとっては、ミーネ自身への命令に等しい。


「自殺なんて甘えなど許さん。それだけだ」

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