力の矛先
武具を受け取る為にに5日ぶりにクトセインは、インセニアのギル鍛冶屋を訪れていた。
「オマエさんか、鎧と短剣は完成しているぞ。ちょっと待っておれ、奥から持ってくる」
クトセインに気付いたギルは丁度暇していたので、いそいそと既に完成させてある武具を取りに奥に引っ込む。
そうなるとクトセインは何をするでもなく、最初に来た時のように壁に立て掛けてある商品を見る。
(短剣、槍、斧……ん? 前来た時にはここに剣があった筈だが)
微妙に変わっていた品揃えにどうでも良いかで終わらせると、ギルがようやく奥から鎧が入った箱を担いで持ってきた。
「オマエさんの要望通りに兜を省いた全身鎧だ。黒蛇百足の外骨格の御蔭で硬くて軽い。ただし、熱は素通し同然だから燃えなくとも炎には気をつけなきゃならんぞ。
それから……」
ギルが注意点などの説明をしていたが、クトセインの耳にはそんな事は入っていなかった。クトセインは、鎧だけを注視していた。
黒蛇百足の外骨格を使ったのだから、素材の脱色などしていない鎧も当然黒い。独特の光沢を持つ外骨格は、艶消しを使われてたのでないのに鈍く光を反射している。
金属と違ってある程度自由が効く素材ではなかったからだろうが、胸部のような広い部分以外は繫ぎ合わせて作られいる。
元が横長の楕円の上部を切り取ったような形状だからか、全体的に丸みを帯びている印象が強く、関節部分は幾つもの外骨格を少しずつずらして配置して蛇腹様の構造となっていて、虫の体構造を彷彿とさせる。
黒一色で飾り気などまったくなく、性能は実際に試さなければ判らないが実用一点張りでほぼ間違いないだろう鎧。
「すぐに身に着けていいか?」
「……話、聞いていなかったな……?」
鎧の手入れの仕方を説明しいたところで話をぶった切られたので、ギルは不機嫌そうに確認をする。おそらく手入れの仕方など知らないだろうと思って、善意で説明していたからだ。
「興味が湧かなかったものでな」
「ハァ……」
悪びれずに素直にいけしゃあしゃあと言うクトセインにギルはため息をつく。
幼少の頃から様々な狩人を見てきた経験が、こいつは他人がとやかく言おうが我が道を貫く自分勝手なタイプだと判断させる。
「着方は知っているのか?」
「一応知っているが、実践した事がないのでな」
勝手に鎧の小手部分を取り出して止め具の確認しながら正直に返す。
エルフ達に聞いた事があるのだが、エルフには全身鎧など着込むモノ好きはいない。素材を選んでも通気性の悪い全身鎧は温暖な気候では自らの体温と汗で蒸されてしまう。
そのせいで体力の消耗が激しくなる傾向があり、それなのに素材によっては魔物相手には使えない防御力になってしまう。しかも動きが制限されたり、運動性自体が低くなる。
それに、魔物を相手にしていれば、一撃貰えばそれで死ぬなどよくあるのだ。狩人の多くは攻撃を避けて、受けきろうなど考えない。エルフはそれが特に顕著で、着もしない全身鎧の着方など詳しく知っている者などいなかった。
「仕方ない、手伝ってやる」
「それはありがたい」
――――――
「軽いというには偽りは無いようだな。まあ、虫系の素材の特徴でもあるから当然か」
軽く跳びながら、クトセインは鎧の着心地を確かめる。服と違ってそう簡単に換えれるものではなく、金自体かなり掛かっている品だ。合わなければ調整をして貰わねばならない為に、念入りに確認をする。
「少し擦れ合う音が気になるな……」
体に合わないという小さくも最悪な事態はなかったが、今迄無かった動く度に擦れ合う鎧の音が気になってしまう。
遊び半分でも肩書は「暗殺者」なのだ。鎧を着ている時点でどうかとも思うが、動く度に音を出していてはそれっぽさが無いと思うのだ。
「そういう改造は、別個での注文をしなければやらん事になっているぞ。請け負い自体はしている、素材と金が用意できたら注文すればいい。
そんな余裕がなければ、専用の油でも買って塗るといい。一壺銅貨20枚になるぞ」
カウンターの反対側は棚になっているのか、しゃがんだギルの手には茶色の小型の壺が握られている。
「今はいらん、次の機会にだな。
それより、短剣の方はどうした?」
「そう心配するな。完成してると最初に言っただろう」
そう言われて渡された短剣は、持ち手も鞘も鎧と同じ黒で飾り気のない短剣であった。
「オマエさんは刃の素材しか持って来なかったからな。余った黒蛇百足の外骨格をその他の素材として使わせてもらったぞ」
「……」
鞘からして反った形状であったので判っていたが、抜けば反った刃が姿を現す。
素材である袋蜘蛛の牙は刺すのに特化していた。刃が付いたから多少は切れるようになっているだろうが、刺すのが一番ヤりやすいのは変わらないだろう。
刃の表面をじっくりと観察して見れば、消化液が出る先端の穴から溝が彫られていて、消化液を生成すれば刃に伝うようにされている。切っても消化液を敵に入れられるようにとの工夫だ。
もう1本も鞘から抜いて見れば、同じ工夫がなされているのを確認できた。
「これだ、これ。こういうのが欲しかったんだ」
黒い鞘と持ち手は闇に紛れ、必殺の毒牙を刃にした短剣。実に「暗殺者」らしい武器にクトセインは嗤う。
「満足したようだな。さ、金と狩人証を渡さんか」
促されたクトセインは渡すものを渡すと、再び短剣を見つめる。研かれていても綺麗に光を反射などしない刃は切れ味が悪そうに見えるが、闇に紛れる為と思えば逆に好ましい。
クトセインが短剣に見惚れている間に狩人証に刻むのが終わり、クトセインは鎧の上にコートを着てそのまま狩人組合に足を運ぶ。
(森うさぎの依頼は……)
相も変わらず不人気依頼である森うさぎの捕獲を見付けると、受ける為に躊躇わずに手に取った。
――――――
昼頃になる前に森うさぎを5羽を捕まえたクトセインは、狩人組合の受け付けで手続きとメイとの話を済ませて、酒場で森うさぎの香草とじゃがいも詰め丸焼きを2つ頼んで待っていた。
「こっちだこっち」
休憩に入った受付嬢のメイを手招きすると、同じテーブルの席に座らせる。
「人の話を最後まで聞かなかった貴方に、食事に誘われるなんて思わなかったわ」
突然の食事の誘いに何かしら下心が見え透いていたが、メイは食事の場所が支部に併設されている酒場であったのと、自分の好物である森うさぎの香草とじゃがいも詰め丸焼きを奢ってもらえるとあって誘いに乗ったのだ。
「この前は興味の無い話であったのでな。何もないのに最後まで付き合う気にならんかったわけだ。
これからする話はお前には興味がなさそうだから、こうやって奢ってやる訳だ」
ギブアンドテイク。クトセインはエルフだろうが、人間だろうがその姿勢を変えるつもりはない。逆に言えば、自身に利益がなければまず動かないとのことでもある。
「最近活動を再開した奴、出来れば1人の奴が知りたい。受付嬢やってればその辺わかるだろう?」
「組む仲間でも探しているの? それなら組合で引き合わせくらい無料でやっているじゃない」
1人での限界など高が知れており、狩人組合では複数人での狩りを推奨している。その一環として、仲間になってくれる相手を探している狩人同士を組合が双方の了承をとって引き合わせている。
細かい条件は無理だが、大雑把な―――例えば肩書で魔法使いなど―――情報で選別ができるなどしている。ただし、引き合わせた狩人同士がそのまま組むかは当人達次第であり、その事には組合は引き合わせるだけである。
「いきなり顔合わせてもな、そいつがどんな奴なんか解らんだろ。それだったら候補を下見しておこうと思ってだ」
「まぁ、一理あるわね……」
組む組まないの境界は戦い方が噛み合わなかったり、性格の不一致が大半を分ける。戦い方は実際に連携をとってみなければわからないだろうが、性格の方は多少なら観察すれば判る。
組合が保管している情報は少ない。個人の詳しい情報を保管していると、組合に登録している狩人全員にまでいくと情報量は多いでは済まされない程膨大になる。だから、組合が保管している狩人個人の情報は少ない。
残念な事に、その少ない情報に性格など含まれていない。なので、自分で知るしかないのだ。
(別に教えても問題無いわね)
教えても問題無いと判断したメイは、最近活動を再開して1人の狩人を頭の中で羅列し、出てきた3人の特徴と名前をクトセインに教えるのだった。
クトセインが、嗤っているのに気付かずに……
――――――
犯人候補の情報を聞き出したクトセインは、1人でインセニアの中をぶらついていた。
(候補は3人、この中からどうやって犯人を炙り出したものか……)
ミーネの夫であるフィルを殺したのは、自分がメイから聞き出した3人の中にいると思っていた。
犯人は剣を愛用していて、つい最近狩人に復帰した1人。
それがクトセインが思い浮かべる犯人像であった。
剣を愛用していると思ったのは、凶器が剣と判断できたからだ。フィルを死に至らしめた傷は貫通しており、どちらの傷口は同じくらいの大きさであった。そんな傷口を作るには、短剣では長さが足りず、剣以外の武器ではもう少し違った傷口になっていたと思えるからだ。
犯人がわざわざ使い慣れない武器を使う理由が思い当たらなかったから、剣を愛用していると予想したのだ。そして、剣など持っているのは狩人か街の衛兵くらいである。
つい最近狩人に復帰したというのは、普通に活動している狩人もしくは衛兵ならエルフを殺して捕まるという危険な橋をわざわざ渡る必要が無いからだ。
エルフを殺せばある程度は簡単に強くなれるだろうが、エルフを、人を殺せば死罪に相当する。事が露見すれば人生は終わり、運良く逃げられてもインセニアに居続けるには貧民街しか生きれる場所はなく、インセニアから出ようとすれば1人では最寄りの町なり村に辿り着くのが絶望的と知りながら行くしかないのだ。
殺人など、余程切羽詰まっているか、ソレが日常になっているような奴しかいないのだ。
犯人が1人だというのは、それが一番問題ないからだ。複数人で殺せば、一応は全員が魔力量を増やせる。しかし、トドメをさした者以外の増える量は微々たるモノで、本当に一応なのだ。
複数人だと誰がトドメがさすかが問題になる。命が掛かっている状況ならそんな事で争っている訳にはいかないが、安全な街の中であれば争う余裕もある。
万全を期す為に複数人でやるか、独り占めかで争いになると解っていて、しかも死罪相当の犯罪であればそう簡単に相談もできようはずがない。だから犯人は1人の可能性が高い。
「ハァ……」
そこまで反芻して、クトセインはため息を付く。予想を出して3人まで絞り込めたのは御の字と言えなくもないが、その3人から犯人を選り別ける方法が思いつかないのだ。
(いっそ3人とも殺させるか?)
多分この中にいるだろうから、3人とも殺してしまえばミーネの復讐はそれで完了になる。
だが、それは2人の無関係な奴を殺す事になる。別に2人多く死のうがクトセインは構いはしないが、人形同然になっているミーネがどうなるかが判らない。
もしかしたら最初の1人を殺した時点で、自分の意思で人殺しが出来なくなるかもしれない。実際にやって、そうなってからでは遅いのだ。
クトセインは確かに約束した。「その復讐、遂げさせてやる!!」と。
ミーネには体を操る虫が入っているから、例え意思が無くなろうとも殺させる事は楽にできる。
しかし、それでミーネが復讐を遂げたと言えるだろうか?
自身の意思なくして行われた行動で、復讐を遂げたとはクトセインには思えない。だから、万全を期して犯人を絞り込む必要がある。復讐を遂げさせる為に。
「おっ!? 兄貴じゃないですか!」
「あ?」
自分を兄貴呼ばわりする人物に心当たりのないクトセインは思わず振り返った。
「貧民街にいた2人か……」
振り返った先にいたのは、貧民街で襲ってきた2人組であった。だが、クトセインにはその2人組に兄貴呼ばわりされる憶えは無い。用が済んだらすぐ解放してやったし、兄貴と呼びように命令した事もない。
「憶えててくれたんですね! 俺達、兄貴の有無を言わせねぇ強さに憧れたんです! だから、貧民街のゴロツキなんか辞めて狩人になったんです!」
(それで兄貴呼ばわりか……くだらん)
嬉しそうに狩人証を見せてくる2人の初めて会った時とは真逆の態度に呆れたが、その2人を見てある事を思いついた。
「お前等、ちょっと俺の手伝いをしろ。そうしたら、お前らの狩りを手伝ってやる」
「兄貴、水臭い事言わないでください。そんな事しなくても、俺達は兄貴のお手伝いします!」
「俺なりのけじめだ」
90度のお辞儀をしながらむしろ手伝わせてくれと言いそうな雰囲気に、少しこの2人はめんどくさい事になりそうにとクトセインは思いはしたが、1人でやるよりも3人でやった方が良いだろうと2人を使う事にしたのだった。