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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
蟲の森編
16/49

増幅する力

 光源が出入り口からの採光しかない薄暗い羽化洞窟の中、ミーネはただぼんやりと変えられた右手を見ていた。

 新しい指は多関節で長く、大きな物でも簡単に掴めそうであった。ただし、指の長さは100cmを越えているせいで使わない時は邪魔にすらなりそうである。


 既に変えられていた親指以外が、丁度指と同じ太さの縄百足なわむかでと呼ばれる魔物に変えられていた。

 縄百足は丸い胴体と、不釣り合いなまでに体長があるのが特徴の魔物である。丸い胴体とその体の長さが名前の由来であり、その恐ろしさをよく表している。


 縄百足の武器は全身である。縄の様な体を使って、獲物を絞め殺すが縄百足の狩りの仕方である。性質の悪い事に、絞める部分はくびれているところを狙う習性を持っているので、襲われたら首を絞められている事さえある。例え首を絞められなくとも、縄百足の絞める力は鋼鉄の棒を潰す程あるので、関節を潰される事が多い。


 しかし、そうなる狩人は少ない。そうなる理由は、縄百足の移動速度が遅いからだ。

 ムカデの中でも随一の脚の多さは垂直の壁どころか、地面に水平の天井すら歩ける。その反面、移動速度は地面でも天井でも遅く、狩人でなくとも―――縄百足が諦める距離までひき離せるまで走れれば―――逃げ切れるのだ。


 それでも、木の上から奇襲されたり、家の隙間から忍び込んで寝ているうちに殺されるといった事もあるので、縄百足は危険な魔物と認識されている。

 そんな縄百足を指にしたミーネは、今迄とはケタ違いの握力を手にした事になる。尤も、ミーネはそれに対する喜びも怖気も無くしていた。


「狩りに行くぞ」


「はい……」


 洞窟の外からクトセインが声をかけると、感情が抜け落ちた声でミーネは返事をして立ち上がる。

 ミーネは感情のほとんどを抑圧し、聞き分けの良い子供のようになっていた。精神を癒しきる前に立て続けに負荷を掛けられ、そのままではミーネは壊れてしまうところであった。


 それを回避するために、思考と感情を分離したのだ。当然、嫌悪感や忌避感といった感情をも分離されているので、虫も平気で食べるようになった。


「ああ、そうだ。必要になりそうな虫の体はあるか?」


「…そう、ですね。顎が…強靭な顎が欲しい……です。なんでも…食べれる…よう……に」


 感情の伴わない思考で、ミーネはあれば便利なモノを上げた。無くても強固な外骨格に包まれている身は関節部分からほじくり返したり、薄くなっている部分から割れば食べられる。


 だが、ミーネは右手を除けばまだ非力なエルフだ。出来なくはないが、やりにくい。やりにくいということは、時間が掛かるということだ。

 クトセインに任せるだけで、そんな無駄は省けてしまう。


「顎か……」


 選択としては悪くないと思いつつも、あえて選択から外していた部位に思い煩う。

 食べる為に虫の顎を付けるのだから、当然口に繋がっていて然るべきだ。なのだが、虫の顎は人の顎とは大きく違う。


 大きな牙が2つ付いているかのような顎。折りたたまれている顎。鋏状の顎。

 すぐに思いついた3つは、そのままでは人には合いそうにない。


 そもそも、虫は顎自体が歯の役割を果たしているので、虫には歯が無い。便宜上は歯と呼ぶ事もあるが、人の歯とは機能以外は別物と言えるモノだ。

 そんなモノをどこに付けるかが問題になる。歯の代わりなのだからと歯を抜いて付けるなどしても、大して役に立ちそうはない。それどころか、却って邪魔になりそうである。

 それに、目的は虫の顎の力を付加しなければならないのだから、顎を丸ごと付けなければならない。


 指の代わりに虫を付加するのとは丸で訳が違う。そのままとっ換えて繋げれば完了とはできそうにない。


「考えてはおくが、流石に顎になると易々とはできんぞ」


 不可能や無意味と決め付けるのは簡単だが、せっかくのまともな案だ。無碍にするのも今のミーネに悪いだろうと即決だけはクトセインは避ける。


「俺がいる残り3日間、しっかりと強くなれよ」


「はい……」


――――――


 感情を捨てたミーネは淡々と強くなっていった。流石に蟲の森でも上位の魔物には勝てないが、着実に魔物を殺して喰らって強くなっていた。そして、体もエルフから離れていった。

 右手は更に手を加えられるような事は無かったが、他の部分は色々と変わっていた。


 金色だった髪は無くなり、代わりに髪と見間違えるような長さの茶色や黄緑色の触角が生えている。

 左腕は完全に乱棘蟷螂らんきょくかまきりと呼ばれる通常のカマキリと違って鎌の棘が乱立している魔物の鎌にされていた。


 足は形こそ前と変わりないが、足の裏のような怪我をすると困る場所は外骨格によって簡単には怪我などしようのないように成っていた。

 そんなミーネは15匹の群寵蜂を相手にしていた。


「……」


 群寵蜂は統率する女王が死ななければ常に群れで行動する。その点と、獲物を生け捕りにする為の麻痺毒によってまかり間違っても、1人では相手にしてはならない魔物に分類される。


 小指程の太さを持つ麻痺毒を持つ毒針はある程度は事前に解毒薬を飲むなど対策していれば防げるが、数は1人ではどうしようもない。

 女王を除いた14匹もいれば数匹が死角に潜り込むなど造作もない。羽音がなければ、後ろから襲われるまでそのことまで気付きもしないかもしれない。


 しかし、自分の死角に潜り込んだ群寵蜂へも羽音で注意を傾けてしまう分だけ、目の前にいる群寵蜂への注意が薄れてしまう。1人で複数の敵と相対した時は往々にして起きうることだが、相手の数を減らすか、こちらの数を増やさなければ対処がしにくい。


 そんな厄介な相手だが、群寵蜂なら女王を殺せばそれで群れは崩壊させられる。親衛隊の結束は女王無くしては存在せず、統率を失った群寵蜂の群れは散り散りになる。


 だがそれは普通であればだ。今ミーネを襲っている群寵蜂はクトセインに襲えと命令されて動いている。例え女王が真っ先に狩られようとも、ミーネを襲うのを止める事は無い。


 それはミーネが望んだ事だ。


 群寵蜂は黒蛇百足や袋蜘蛛のような上位に位置する魔物と比べれば弱いが、群れ1つ殺せばそこそこ魔力を増やせる。今のミーネには丁度良いくらいの相手なのだ。


「燃えろ」


 四方から飛んでくる群寵蜂の1匹に向けて、解りやすい詠唱によって球状の炎を打ち出す。すんでのところで狙われた1匹は避けるが、それはミーネの狙い通りであった。避けたところに指を伸ばして捕まえる。


 指である縄百足で掴んでそれだけで終わるはずがなく、軋みを上げて頭部と胸部、胸部と腹部を繫ぐくびれている部分を締め付ける。群寵蜂はもがいてその束縛から逃れようとするが、武器である強靭な顎も毒針も締め付けいる場所には届かない。


 人でも虫でも、関節部分を押さえてしまえばまともに動けなくなるのは同じだ。他の部分よりも外骨格が薄くて柔らかいその場所よ絞め千切る。そうやって、ミーネはまずは1匹を3つに分けて殺した。


「大地は壁となれ」


 羽音と触角で死角から迫る3匹を察知し、後ろから襲われるのを避けるために土の壁で前方以外を塞ぐ。唯一開いている前方から毒針を剥き出しにして飛んでくる3匹を捉えて、折り畳んでいた左腕の鎌を開く。


 農具の鎌と違って、虫の鎌はあくまで獲物を捕まえるモノだ。刃など付いておらず、代わりに棘が生えている。農具の鎌と同じなのは大体の形ともう1つ。

 迫る3匹に鎌を振るう。2匹は避けるが、1匹だけが避け損ねて口を開けた中に入るかのごとく鎌の餌食となる。乱立する棘は外骨格を貫いて群寵蜂を穴だらけにするが、それだけは即死には至らない。


 死ぬ前の意地なのか毒針を鎌に突きたてるが、その外骨格に引っかき傷を付けられても貫けない。農具の鎌と同じもう一つの点。それは、刈るべき対象よりも強固であるということ。

 群寵蜂にとって乱棘蟷螂は天敵であった。乱棘蟷螂は蟲の森でも上位に分類される魔物だ。


 袋蜘蛛や黒蛇百足に並ぶとされるが、その凶暴性は段違いである。凶暴性については実際のところ似たり寄ったりなのだが、乱棘蟷螂は袋蜘蛛と黒蛇百足よりも視点が高いので視野が広い。その御蔭で獲物を見逃しにくく、新たに手頃な獲物でも見付けなければ執拗に追いかけるので凶暴性が段違いとされている。


 そんな乱棘蟷螂の鎌を左腕にしたミーネは人の手の利便性を全て捨てて、凶悪なまでに獲物を逃さない考えの表れだ。

 鎌に1匹くい込ませたまま避けた2匹に指を伸ばす。


「燃えろ」


 先程球状の炎と同じ詠唱であったが、今度は指先から噴出するように炎が放射状に放たれる。

 近距離で噴きつけられる炎に2匹は為す術なく飲み込まれるが、五体満足ですぐに抜け出る。熱攻撃はほとんどの虫が弱点とすることだが、内側にダメージが来ないような一瞬であったり、肝心の熱量が多くなければ下手な攻撃よりも効果は薄い。


 それで十分であった。放出魔法を得意するエルフのミーネだが、普通に使って殺せるまで威力があるとまでは考えていない。威力がなくても効果のある使い道、炎は目暗ましであって次に繋げる一手でしかない。

 最初の1匹のように、2匹まとめて炎から出てきた群寵蜂を捕まえる。その後も同じで、千切り殺す。


 丁度そこに、土の壁を越えて3匹が姿を現して毒針を突きだす。


「土は敵の枷となる」


 その3匹が越えた土の壁を翅の根元を中心に纏わりつかせる。水で固めたり、力をそこまで込めていない土は激しい翅の動きでボロボロと崩れてしまうが、いきなりの加重は動きを遅くさせ、動きを乱すのには十分である。

 それでもなお向かってくる3匹にミーネは鎌を一閃させる。それだけで鎌で捕らえた数を4匹に増やす。


 捕らえただけの鎌を畳めば、鎌から逃げられない4匹は互いを潰し合う。そうして2つに別れるくらいに潰し、完全に絶命へと至らせる。

 7匹殺したミーネは少し離れた位置を見つめる。


 そこには、女王も含めた8匹が停止飛行しながらミーネの動きを見ていた。


 クトセインの命令に反して待機しているわけではない。襲えとの曖昧な命令と本能の間で可能な限り身の安全を守るべく、親衛隊の半数で女王はミーネを襲わせたのだ。

 だが、その半数を殺されては女王自ら動かねばならない。命令は絶対、新たな命令でもされない限り覆されない事実。

 命令が操り糸のように女王を動かし始める。ただ、命令をこなす為に。


 女王と親衛隊は散開し、ミーネを一糸乱れぬ動きで取り囲む。

 群寵蜂の最大の強みは麻痺毒のある毒針でも強靭な顎ではない。女王によってただ引き連れる引率ではなく、まとめあげて引き連れる統率にまで昇華された集団行動能力だ。

 独自に進化した情報伝達の手段として役割を果たすにおい(フェロモン)に間違いは無く、群でありながらさながら1つの個ではないかと錯覚させるだけの能力があるのだ。


 それでも上位に数えられないは、群れは最大で15匹―――なのだが、女王は最低でも親衛隊の1匹は戦わせないで護衛にするので、実質の最大は13匹―――と決まっているのと、その集団行動能力を生かしきる知恵がないからだ。


 そしてなりよりも―――


「大地は敵を飲む口に成らん」


 ミーネを取り囲んですぐに、綺麗な円形を描いて土が盛り上がって女王と親衛隊を飲み込んだ。


―――動きが統率されすぎていて、特定のパターンを知っていればそれなりの魔法使いであれば一撃で全滅させる事も可能だからだ。


 捕らえるだけというのもあるが、ただ土を動かしたミーネの放出魔法では全滅ではない。ただ、死んでいないだけである。

 死んでいないので殺す為に掘らねばならないが、確実に数を減らせるのでこれでも非常にいい手段になる。


 感情を置き去りにしているミーネは黙々と掘って1匹1匹千切り殺していく。


 ザパァッ……!


 ミーネにとってソレは突然であった。触角で死角であろうとも大体把握できるというのに、反応が遅れた。

 慣れない魔法で出来た偶々薄くなっているムラの部分にいた1匹が土から這い出し、偶々反対側を向いていたミーネにいままで届かなかった毒針がようやく届いたのだ。

 ミーネはもう勝ったも同然と気を緩めていたせいで、頭を狙ったそれに反応しきれずに頬を裂かれた。麻痺毒が体に回り始めるが、全身に回り切るまでには多少の時間があった。その時間内に決着をつけなければ、勝敗は逆転してしまう。


 そうなっては今迄が無駄になるとミーネは作業を急ぐ。幸いにも、毒針を届かせた1匹以外にはミーネが掘り出すまでは土から出れなかった御蔭で、作業はすぐに終わった。


「群寵蜂の麻痺毒で動けない、か……丁度良い、今迄よりも痛いだろうからな」


 カラカラとあくまで偶然と笑いながら、クトセインは体の自由が利かなくなったミーネに近付く。


「多分これが最後の付加になるだろうな。欲しがっていた部位モノをくれてやろう」

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