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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
蟲の森編
12/49

死者には一つまみの哀れみを

 防蟲砦と言われるインセニアにも、底辺ともいえる貧民街と言える場所がある。

 仕事に失敗して全ての財産を失った者、狩りに失敗して体の一部を失って完全な落伍者になった狩人、犯罪に手を染めた者、親を失って孤児となった子供、そういった社会から除け者にされた人々が集まるのが貧民街だ。


 弱い者が身を寄せ合って必死に生きている反面、下っ端程度の犯罪者がたむろしている場所だ。


 そんな貧民街を無くして、その場所を開発しようとの声が何度もあがったが、インセニアでの最後の受け皿としての役割がある為に手を出すに出せない場所でもある。


 受け皿を壊してしまえば、溜まっていたモノがこぼれてしまうのは自明の理。そのこぼれる先が自分の膝とくれば、そのままにしておいて隔離空間として利用しておいた方が得策。そういった判断をインセニアを治めている者が下したので、貧民街はそれ以上広がらないようにしているだけだ。


「完全な無法って訳じゃなさそうだが、治安は悪そうだな」


 クトセインがそんな碌に手入れをされていない街並みを見ながら、人探しをしている理由を知るのには少し時間を遡らなければならない。


 クトセインがインセニアに来て6日が過ぎたが、武具の完成予定があと5日もある。その間は魔物を狩る依頼だけは避けて、キノコの納品や夜間の警邏などで暇を潰していた。

 今日はどうするかと悩んでいた時に、ゼムから共振虫で連絡が来た。


 エルフの1人が帰って来ないと。エルフはインセニアに入る時は最低3人で行動するようにしており、なるべく里で寝起きするようにしている。これは安全の為だが、昨日はあるグループは群寵蜂を狩った後でそれを破って1人だけインセニアに残ったそうだ。


 何人も似たような事をやって、誰もがその日の内に帰って来たので誰も反対しなかったそうだ。その残ったエルフが妻との特別な日が近かいので、なにかプレゼントを買いに行く。そう察して誰も止めなかったらしい。


 そこで、唯一の心当たりであるクトセインに連絡を入れたという訳だ。もしかしたら、門が閉まる前にインセニアから出るのに間に合わなかったという可能性がなきにもあらずだからだ。


 だが、その予想は完全にハズレであった。クトセインは一泊朝食付きで銅貨15枚の安宿に泊まっていたが、エルフが訪ねてくるなど無かった。そもそも、何処に泊まっているなどエルフ達に知らせてないので、仮に訪ねようともしても行き着けたか疑問である。


 慣れで大丈夫だろうと思い込んでいたエルフ達の自業自得かもしれないが、クトセインは暇だったので捜索を手伝う事にしたのだ。


 それで、犯罪が横行する貧民街を1人で軽く調べるために出向いたのだ。1人の理由は、身包みどころかその美しさから髪だけでも金になるエルフにとって貧民街は特に危険だからだ。


(歓迎されてないな)


 貧民街の住人からすればクトセインは余所者だ。特に食うに困っている訳でも、貧困に喘いで逃げてきたとい風でもない。自分達にとって良くない理由で来たと予想して、物影から弱者はクトセインを観察するに止まっている。

 それでも、先陣を切って持て成す奴はいる。


「そこの変な格好のにーちゃんよぉ、こんな場所に何しにきた?」


 クトセインが振り返れば、古傷だらけのいかにも修羅場を潜り抜けてきましたと言わんばかりの強面の男が立っている。身長も高く、クトセインの目算で190cmはありそうである。


「人探しでね。まあ、最悪見つからないだろうがな」


 最悪の場合、それはエルフが奴隷商人に捕まっている場合であろう。奴隷の売買がどこでやっているかはエルフの長老を含めて誰も知らない。奴隷商人の主な商売相手が金持ちに限定されているので、狩人でも奴隷を持つなんてまずない。


 もし、捕まっているとしたらまず見つけられない。何処を捜せばいいかすらも判らないだけではなく、奴隷商売は禁止こそされてはいないが、表だっても行われてはいない。それに権力者がよく利用しているので、後ろ盾になっていることもあってエルフには手が出せない。


「そいつは大変そうだが、貧民街こんなとこに来るのは不用心だったな」


 ゆっくりと取り立てて特徴の無い短剣を腰から抜くと、そのまま一歩一歩クトセインに近付く。


(やる気か……)


 命まで狙っているかは判らないが、身包みを剥がすつもりなのは確実だ。


「穏便にすませられたら、と思ってたんだが……

 てめら、覚悟はいいか?」


 宣告と同時にクトセインは斜め後ろに跳ぶ。跳んだすぐ横には、棍棒を振り上げた姿勢の―――強面の男といい勝負の―――大男がおり、クトセインはガラ空きの脇腹に肘鉄を食らわせる。


 強そうな強面はハッタリではないかもしれないが、囮役だった。抜き身の短剣を持ってゆっくり近付いてくる奴がいれば、普通はそいつだけ集中してしまう。その隙で、棍棒を持った本命が後ろから一撃でやるのだろう。


 肘鉄によって脇腹が強打された男は、その激痛からその場に倒れ伏す。

 一瞬で相棒がやられた男は迷いから動きを止めてしまった。相棒を助けるか否か。


 相手は素手で、自分の方が体格が優れている。しかし、相手の方が速い。言葉にすればそれだけだ。それだけの理由で、貧民街を一緒に生き抜いてきた相棒を見捨ていいものか……


 クトセインが男を押し倒すのは、その隙だけで十分だった。手首を捻って持っている短剣を無理矢理放させて奪い取り、膝蹴りで肩を押すようにして地面に叩き付ける。叩きつけられた衝撃で開けた口に奪った短剣を滑り込ませれば制圧完了。


「質問に答えろ、答えなければ頬を掻っ捌く。答えかたは知っていれば、はい、知らなければ、いいえだ」


 笑顔で出された命令に男は頷くしかなかった。抑えられてるとはいえそこまで力は掛けられていないが、口の中に短剣を入れられている。そのまま刺されても即死はしないが、出血する場所が場所だけに自分の血に溺れる結果となる。


「昨日か今日、エルフが奴隷にされたとかいう話を聞いたか?」


「い、いいえ」


「では、エルフの死体が転がってるって話は?」


「はい」


「ああ、やっぱりか……」


 可能性の1つとして考えていたのが当たり、クトセインは溜め息をつく。短剣を口から抜いてやり、最後の命令を男にクトセインはする。


「その場所に案内しろ。その後は好きにしろ」


――――――


「あーあ、こりゃ酷い」


 貧民街とそうでない場所の境界にほど近い路地に、エルフの死体が転がされていた。犯人にやられたのか、貧民街の住人にやられたのかは判断出来ないが売れるものは全て剥ぎ取られている。


 殺されただけではなく、裸にされ、更にはエルフの象徴とも言える髪まで毟り取られた状態。少しでも良かった事を見つけるなら、そんな死体が見つかった事だけだ。死体が見つからなければまだ生きているとの希望を持って、彼の為だけに何人ものエルフが徒労でしかない捜索を幾日もする事になっていただろう。


「せっかくの整った顔も、死に顔じゃあ醜いもんだこと」


 取り敢えず、クトセインはエルフの死体を調べ始めた。目立つ外傷は、腹に開けられた内臓に届く切り傷のみ。僅かにある引き摺られた痕は、運んだ際についたもの判る。その少なさから、引き摺られている間はまだ服を着ていたのだろう。それが判った所で、なんの慰みにもなりはしないが。


 腹の傷の時点で判るが、間違い無く殺されてこうなった。それも、抵抗されないように一撃でだ。

 死体を放置する訳にもいかず、死体で発見したら包もうと思って持って来ておいた敷布に包む。


(こんな物を持ってると、流石に止められるかもな。仕方ない、防壁から外に出るか)


 防壁の外側は虫系の魔物が襲ってきたら垂直でも登られるので、それなら丸太などを転がり落として迎撃しやくすくする為に傾斜になっている。傾斜と言っても、人間なら道具がなければ登れないほど急な傾斜になっていて、内側は普通に垂直なので防壁と伝ってインセニアに出入りなどまず不可能となっている。


 外に出るなら、防壁の上からなら飛び下りるのに近いが出れる。そんな無謀な事を仕出かすのはいないし、防壁の上は通路になっていて魔物が攻めてこないかインセニアの衛兵が見張っているので誰も不慮の事故以外ではやった事はない。


「やはり、虫の体の方が移動の幅が広いな」


 蜘蛛の糸で死体を括りつけ、腕は2対の蜘蛛足にし、足は指だけを鉤爪状に変えて防壁の内側を登っていた。クトセインの上着の袖が広くなっているのは虫を隠す為でもあるが、腕を蜘蛛足などに変えても自由に動かせるようにも考えて広くしているのだ。


 本当なら、大きく変えると上着の下の長袖長ズボンが邪魔になるので袖なし短パンにしたかったが、エルフに変態的格好と評されたので仕方なく諦めたのだ。長袖はたった今駄目になったが。


 そのまま登ったら流石に見つかるので、防壁の内側を削ってその粉をくっつけたマントで全身を隠している。それでも影で不振がられたりするほど不自然だが、防壁の内側を凝視している暇人などほとんどいない。


 見張りという難問があるが、ハチに襲わせて退散させれば誰も見てない場所を作れる。腕と足を元に戻してから登り切り、そのまま止まらずに外側の壁を伝って下りる。


「誰か控えているか?」


 森に入ったら、エルフ達に一報入れる為に共振虫を肩に登らせて連絡をとる。


「はい、控えております。クトセイン殿、なにかおわかりになりましたか?」


「残念な報せだ、貧民街で死体を発見した。今そっちに死体を持って向かっている」


「そう…ですか…」


「葬式の準備でもしておけ」


「……はい、そうしておきます」


――――――


―――気高き森の狩人、細剣使いのフィル


―――その剣技は、繊細でガラス細工のように美しかった


―――そして、誰もが目を見張る清流のようにも思えた


―――全員で嘆こう、そんな者を失った今日を


―――そして忘れずにいよう


―――どれだけ気高く、美しかったか


―――還るのだ、我らの母なる大地に、我らが王の懐へ


―――最後に贈ろう、我らが愛する木の種を


 クトセインによって死体で発見されたフィルへ別れの言葉が朗々と接がれ、葬式の最終段階に入る。里のはずれに掘られた穴に横たえられ、その首には種の入った袋が掛けられる。


 エルフの誰もが、泣いて仲間との別れを惜しむ。突然の死であった。帰らなかったのだから誰もが予想こそしていたが、現実となって降り掛かれば誰もが涙を流した。

 唯一泣いていないのは、木陰から葬式の様子を見ているクトセインくらいである。


「クトセイン殿、少しよろしいでしょうか……?」


 心痛な面持ちのゼムが、葬儀を終えて話掛けた。


「構わんが」


「此処では誰に聞かれるかわかりませんので、クトセイン殿の遺跡の方に移動しましょう」


――――――


「クトセイン殿は、今回の件をどうお考えになります?」


「十中八九、エルフの魔力狙いだろうな。特に争ったような傷は無く、一撃で殺されていた」


「そうでしょうな……」


 ゼムは溜め息をつく。エルフが奴隷として人気が高いのは、その容姿と長寿だけではなかった。


 魔力量が強さに直結し、殺せば殺した者の魔力を奪える。ならば、人間に近く殺し易い上に魔力量が人間よりあるエルフを狙おうと考える輩もいて当然だ。


 それに、エルフは魔力量が人間より多くても、基本的身体能力は同程度だ。無意識に使う割合が人間より少なく、放出魔法に秀でている代償とも言えるものだ。


「それで、どうするんだ? 今は全員が悲しみにくれているが、そのうち復讐をしようと言う奴が出てくると思うが?」


「……諌めるほかありません。犯人が誰なのかすら判らず、調べようもない。復讐という言い訳を使った人間狩りになってしまいます」


「それが普通だな。人間の脅威から逃げてきて、この蟲の森に来たのだからな。

 人間への不満がこれを切っ掛けに爆発するかもな」


 そうなったら大変だと、クトセインは嗤いながら言う。

 インセニアは完全に自給自足の街ではない。エルフがインセニアを飢えさせようとするなら、商人を襲ってインセニアでは作れない品を奪い、防壁の外側の畑を焼き、森に出入りする狩人を狩れば物資はそのうち不足し始める。


 インセニアにも貯えがあるだろうから気の長い話になるが、狩りに出れずいる狩人はすぐに犯罪に手を染めることだろう。衛兵よりも強い狩人は手の余る盗賊に成り下がって治安を悪くし、命まで奪われなかった者も生きる為に狩人と同じような事をする。そうやって負の連鎖が続き、最後にはインセニアは廃墟にすることも可能だ。


 廃墟にするのに何十年かかろうとも、人間よりも長い寿命を持つエルフからすれば不可能ではない。問題は、その熱意が続くかどうかだ。感情など一時的なモノ、いつかは冷めるのが普通である。


「クトセイン殿に個人的に頼みたい事があります。誰かが、復讐の為に力を求めてクトセイン殿のとこに参っても、決して力をお与えにならないように。

 私個人としてましては、人間とは事を構えたくないのです。人間が害悪であっても、多少は目をつむって生きていかねば今の世は上手くいきませぬ」


「達観しているようだな、ゼム」


「そういう訳ではありませぬ。ただ、他の者より人間を知っているだけといものです」


 髭を撫でながら、ゼムは狩人として駆けまわっていた若かりし頃といえる時期を思い出す。


 故郷を飛びだしたのは森が嫌いだった訳ではない。ただ、外の世界を見たかっただけだ。食い扶持を稼ぐために狩人になり、粗暴であったが同時に気立ての良いい多くの人間と接した旅でもあった。


 その思い出が、ただ殺し合うだけの関係になりそうになることへの絶対的な忌

避感の基となっている。


「それでは、私はもう帰ります。エルフに協力してくれるのは感謝しますが、クトセイン殿の力はご自身が思われている以上に強力です。そのような、強すぎる力を授けるなどしなされないようにお願いします」


「考えてはおく」


 やりかねそうにないクトセインに心配そうな目線をゼムは送ったが、それ以上はなにも言わずに一礼してから去るのだった。


「ゼムは行ったから、入ってきたらどうだ? 聞き耳たててるフィルの奥さんよぉ」


 嗤いながら、クトセインは遺跡の外で聞き耳をたてていた殺されたエルフの妻を招き入れた。

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