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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
蟲の森編
11/49

森うさぎ

食事シーンあり

描写が上手でなくとも、お腹は勝手に減るので深夜などに見るのはオススメしません。

 森うさぎは、名前の通りに森に生息するうさぎである。木の根元に穴を掘ってそこを巣穴にしている。逃げ足が速く、捕まえるには罠を仕掛けたりしなければならないが、魔物が住む森の中にうさぎ用の罠を仕掛けても殆どが森うさぎ以外の何かを捕まてしまう。


 運良く罠で森うさぎを捕まえられても、動けぬ森うさぎは肉食の魔物に発見されればすぐに食べられてしまう。


 なので、罠で捕まえようとするなら、罠の近くで見張ってなければ確実には捕まえられない。しかし、ただ見張っているだけでは、魔物が闊歩する森で生活して脅威に敏感になっている森うさぎはなんとなく危険が判るのか、その付近に近付こうとしない。罠の近くで見張ろうとしたら、気配を消すのを熟練とまでいかなくとも、中堅くらいの実力が必要なのだ。


 しかし、1匹につき銅貨15枚では中堅ではまず受けない。かけだしが受けるような金額である。しかも、森うさぎは体長45cmを超す大きさなので、魔物に襲われる可能性を考慮して武器をすぐに手を取れるようにしておくと、1人で2、3匹が限界となってしまう。


 難しさに釣り合わない報酬で、あまり好まれないのだ。そんなかけだしには難しいとされる森うさぎの捕獲を、クトセインは軽くこなしていた。


「縊り殺さないように注意しないとな」


 物音を一切立てずに木の上からの奇襲。それだけで森うさぎを捕獲していた。

 袖に幾つも付いているベルトで枝に引っかからないようにピッタリと服を密着させ、森うさぎが住処にしている穴のすぐ上の枝で気配を消して待機しているのだ。


 森うさぎの簡単な捕獲方法として、巣穴の前で待ち伏せ、炙り出す、引き摺り出すという方法が考えられた事があったのだが、残念ながらその方法は失敗した。


 待ち伏せは罠と同じで、気配を消せないと巣穴にいたら出て来なくなり、外にいたらいくら巣穴でも森うさぎは近付こうとしなくなってしまう。


 煙で炙り出そうにも、巣穴の中は断面で見ると波打つような形で一旦下がったと思えば今度は上がっていて煙が入りにくく、しかも結構深くて一番奥まで引き籠られると煙も手も届かない。


 それだけなら良かったのだが、森うさぎの巣穴だと思っていていたら、実は別の生き物が中に居たりするのだ。何もいないやイタチなどの小型の肉食動物なら、まだかわいい方である。


 脅威は、蟲の森に近い事もあって虫系の魔物である。消化液以外は脅威にならない袋蜘蛛の幼生が中にいて、手を突っ込んでしまったらそれはもう悲惨である。そんな無謀な事をするのは決まってかけだしと相場が決まっており、魔法使いでもなければ狩人引退はほぼ確定である。他にも、群寵蜂が中にいることもある。


 群寵蜂は全長約30cmの虫系の魔物である。黄色と黒の警戒色に加えて、毒々しい紫色で彩られた毒蜂である。全体的に刺々しく、体の割には細い事の多い足が全部太めなのと、1匹の女王蜂を中心に10~15匹の群れで常に行動しているのが特徴だ。


 普段は休む場合は木の枝の上にいるのだが、取り巻きや親衛隊と呼ばれる女王蜂以外の個体が何らかの理由で欠けた際には卵から育てるのだ。群寵蜂は巣を作らない徘徊性の魔物であるので、幼虫を育てる仮宿として森うさぎの巣穴を利用する事もあるのだ。


 巣穴を見張るのは時間の無駄になる事が多いので、森うさぎを捕まえようとするなら、森うさぎが好物が群生する場所で見張った方が効率が良いのだ。


 だが、クトセインには巣穴に森うさぎがいるかどうか知れる方法があった。虫を1匹送り込めばそれで白黒ハッキリとするのだ。巣穴の中にいると判れば、気配を消して巣穴の上で待ち伏せするほうが効率が良い。


「っと…」


 森うさぎが巣穴から出て来ると同時に、クトセインは木から落ちる。落ちながら右手を森うさぎの首へと伸ばし、ガッチリと掴んだら胸に寄せて抱きかかえるようにして背中を丸める。そのままでは地面に激突するので、前転の要領で前に転がる。2回転してようやくほとんどの勢いを殺して立ち上がる。


「捕獲完了」


 腕の中の、世界が2回転して目を回した森うさぎを見て満足そうに言うと、目を回している隙に持参している荒縄で足をしっかり結んで、運び易くすると同時に逃げられないようにする。


 ようやく一息ついてクトセインは、服についた土などをしっかりと払う。今捕まえたので5羽になったので、後はインセニアに帰るだけである。


「5羽で銅貨75枚とは、少ない稼ぎだな」


 発注した鎧と短剣との落差を笑うと、両端に森うさぎを結んだ荒縄を2つ首に掛け、5羽目は左手で荒縄を掴んで肩に掛けて意気揚々とインセニアに帰るのだった。


――――――


「…あ、依頼完了の手続きですね」


 森うさぎ4羽を前にぶら下げたクトセインを見て、受付嬢は一瞬だけ凝視してしまった。その姿は何か残念な感じがしたからだ。顔は整っているのに、服は微妙なデザインな上に森うさぎをぶら下げているなど変人にしか思えない。しかも、肩書が「暗殺者」なのも思い出してますます残念な人との評価を強める。


 しかし、昼前に受注したばかりで、森うさぎを3時間もしない内に5羽捕まえたので評価を上方修正する。少なくとも、かけだしよりは確かな腕を持っているのは間違いない。


「依頼人が捕獲した森うさぎの品定めをしますので、酒場のカウンターまで行って下さい。そこで依頼人の組合お抱えの料理人と引き合わせてくれます。問題無いようなら、完了と書かれた木札を渡してくれるので、狩人証と一緒に提出してください。それで正式に依頼が完了した事になります。

 それと、ついでにコレをその料理人に渡してください」


 予約 メイ。と書かれた微妙に年数が経っている木札を受け取ったクトセインは、言われた通りに酒場のカウンターまで行って無言で左手で持っている森うさぎを見える位置まで上げる。それで何が言いたいか察した酒場のマスターは、裏に引っ込む。


 30秒もしない内に、やや粗暴に見える男が酒場のマスターと一緒に出てくる。


「こっちに来とくれ。騒がしい酒場では碌に品定めができんからな」


 誘導されるままにカウンターの裏にある厨房にクトセインは足を踏み入れる。


「さて、一匹ずつ見せてくれ」


 複数の料理人が調理で忙しく動きまわっている厨房で、テーブルにクトセインはまず左手の森うさぎをテーブルに置く。


 料理人はどこかに傷が無いか探し始めるが、どこにも無いので首を傾げる。かけだしの狩人が受けるような依頼であるから、弓を使うかけだしが足を射ったりして足を遅くしてから捕まえるのが定石だ。


 完全な無傷で捕獲されたのは珍しい。たまに、熟練の狩人が森うさぎを入荷できないと出されない料理の為に捕獲することがあり、それが珍しい事例なのだ。


「見ない顔だが、凄腕の狩人か?」


「まさか、今日登録したばかりのかけだしだ」


 肩を竦めながら本当のことをクトセインは言う。実力は兎も角、確かに今日登録したばかりのかけだしである。


「そうそう、受付嬢がコレを渡してくれって頼まれていた」


 むこうから話し掛けてきたので、ついさっき頼まれた用事を済ませる為に木札を渡す。


「……まったく、人様に頼まないで自分で渡しにくればいいってのに……」


 愚痴を言っているようだが、その顔は嬉しそうに微笑を浮かべている。やや粗暴な外見で微笑は悪だくみが成功しそうで笑っているゴロツキに見えてしまうのだが。


「んで、森うさぎを捕まえてきたあんたには、優先権があるがどうする?」


「優先権?」


「なんだ、知らなくて受けたのか。酒場のメニューにな、森うさぎの香草とじゃがいも詰め丸焼きってある。森うさぎを誰かが捕まえてこないとメインの材料が手に入らんから、捕まえてきたやつが最優先で注文できる。

 銅貨40枚と高いが、味は保証する」


 ロールパン1個、銅貨2枚。ウィンナー3本と目玉焼き1つ、銅貨2枚。果物のジュースコップ1杯、銅貨1枚。計銅貨5枚。これが朝食によく注文される品と値段である。


 朝食は軽くすますので、思いっきり食べる場合は倍の銅貨10枚を使う事がある。明らかに森うさぎの香草とじゃがいも詰め丸焼きは高い。メインの森うさぎ1匹に、銅貨15枚なんて使っているからしょうがないのだろうが。


「では、頼もうか」


 飲まず食わずでもクトセインの体調は問題無いが、流石に怪しまれそうなので頼む。稼ぎの半分以上がとぶが、特に気にしない。


「時間が掛かるから、酒場でてきとうに座って待っていてくれ。おお、そうだ。報酬と、完了の木札だ」


 銅貨75枚を詰め込んで膨れた小袋と木札をを受け取ると、厨房を出て木札を言われた通りに狩人証と一緒に組合のカウンターに提出する。受け取った受付嬢は「少々待っていてください」と言うと、裏に引っ込んでしまう。


「はい、これで正式に依頼は完了になりました」


 なぜかホクホク顔の受付嬢から狩人証を受け取ると、成功の欄が0から1になっている。変化はそれだけなので、クトセインは何も言わずに酒場の隅のテーブル1つ占拠して料理がくるのを待つのだった。


――――――


「相席いいですか?」


「…好きにしろ」


 料理が来るまで手持無沙汰のクトセインはあくび混じりで待っていたのだが、料理の代わりに女が来た。女とは受付嬢のことである。栗色の髪を腰まで伸ばしたソバカスのある、狩人組合インセニア支部の受付嬢兼看板娘である。


「……」


「……」


 互いに話題を提供などしないから、2人の間に沈黙が支配する。


「えっと、森うさぎの捕獲御苦労さま」


「簡単な捕獲だった」


 打てば響くと判れば、受付嬢の次の言葉は早かった。


「知っていると思うけど、受付嬢をやっているメイ。ここを中心に活動するなら、よく顔を合わせる事になるからよろしくね」


「無論知っているだろうが、肩書が暗殺者のクトセインだ。こちらこそよろしく」


「貴方、森うさぎの香草とじゃがいも詰め丸焼きを頼んだでしょ」


「正解。森うさぎを捕まえてきた奴は皆して頼むか?」


「3匹以上捕まえてきた人はだいたいそうね。だけど、判った一番の理由はずっと待っていたから。待ち合わせなら出入りがある度に扉を見たりするけど、貴方は気にも止めてなかったから判ったの」


「よく観察しているな」


 公私を別けているのか砕けた口調になっていたメイに一切興味がなかったクトセインであったが、観察されていたと知って微妙に意識を向ける。


「あ…ごめんなさい。受付嬢って今みたいにお昼頃は暇で、人間観察くらいしかできる暇つぶしがないの」


「見るだけならタダだしな。

 で、なんで俺に話掛けてきた?席なんて他にも余ってるだろ」


 そもそもと思う疑問、それがわざわざメイが相席をするかが謎である。その質問で、メルの雰囲気が真面目なモノへと変質する。


「……フフ、私の目的を察したのは貴方で14人目よ」


(結構いるんだな……。というか、わざわざ数えているのか)


「私の目的、それは……森うさぎの私への安定供給の為よ。一ヵ月に1度でいいから、森うさぎの捕獲を私が森うさぎの香草とじゃがいも詰め丸焼きを注文できる数だけ捕獲して欲しいのよ」


 わざわざ溜めて言われたのは、耳を疑うモノであった。森うさぎの安定供給―――しかも個人への―――などどうでもいい。非常にどうでもいい事を聞いて、クトセインは料理が遅いと考えながら脱力する。


「ソレは依頼か?」


 一応は狩人なので、依頼なら条件によっては受けてやろうととりあえずクトセインは聞いた。


「まさか、依頼にしたらお金が掛かるじゃない!これは個人的なお願いよ!」


「余所をあたれ」


「それが出来たらとっくにやってるわよ!

 いい、森うさぎの捕獲なんて受ける奴なんてほとんどいないの。受けるのはかけだしか熟練の狩人くらい。

 だけど、かけだしが受けたら捕まえるには捕まえるんだけど、大抵はボロボロで森うさぎは虫の息で丸焼きに適さなくなってる。そうなったのはウィンナーの繋ぎとかに使われちゃう。報酬と苦労が釣り合わないから、ほとんどの場合は2度と受けない。

 しかも、熟練が受けたら自分達が食べる分しか捕獲してこないから、森うさぎの香草とじゃがいも詰め丸焼きは他の人は食べられない。

 で、偶に貴方みたいに森うさぎに全然苦戦しないような人が1人で複数捕ってくる。そういう場合だけ、私は大好物の森うさぎの香草とじゃがいも詰め丸焼きを食べられるのよ!」


 森うさぎの香草とじゃがいも詰め丸焼きの実情など語られても、脱力するばかりだ。なにか揺さぶられる事情でもなければ、熱く語られると逆に冷めてしまうというものだ。


 正直、実情なぞ語られるのなら、どう美味いかを語られる方がマシである。誇張されたのを聞いて、実物を食べたら残念感ができてしまうとしてもだ。


「森うさぎは鳥肉に近いんだけど、そのボリュームは段違い!

 この辺には大型の鳥は森蜘蛛に食べられるのかいないし、鶏は目的は卵だから早々食べられない。鳥肉を沢山食べようと思ったら、食べる部分の少ない小鳥を沢山捕まえなきゃいけないから現実的じゃないのよ」


 1人語りが森うさぎの香草とじゃがいも詰め丸焼きの実情から、食糧事情の脇道へと突き進もうとした時点でクトセインは話に意識を向けるのをやめた。いくら自分に向かって言葉が来ようとも、意識が向かなければ自分の中では雑音とかわらなくなる。


「森うさぎの香草とじゃがいも詰め丸焼き、お待たせしました」


 何やらまだ雑音が続いている気がしたが、クトセインはようやく運ばれてきた料理にナイフを入れる。膨れている部分を切ると、そこから肉汁と一緒に小さめのじゃがいもが転がり出てくる。切れ込みを広くすれば、香草とポテトの詰め丸焼きの名に違わずに香草も出てくる。


 形状からして、切り開いた場所が内臓が詰まっていた腹の部分だろう。皮ばかりだが、肉は太腿にたっぷりと付いているのでそこから切り崩せばいい。


 とりあえず、転がり出たじゃがいも頬張る。肉汁がこれでもか!と言わんばかり纏わりついていて大雑把な味に感じるが、触感は柔らかく、ホクホクというのが合っている。皮つきでなければ、舌を使って潰せそうだ。


 次は太腿にナイフを入れて、肉を切り取る。口に近付けたところで、フォークが止まる。土と雑草のような臭いが少ししたからだ。食欲が減退される程ではないが、森うさぎのくさみというやつだ。しかし、一度気にすると結構気になるので、腹に詰められていた香草も一緒にしてみると森の中にいて感じる程度になったので、くさみ消しで入れられていたのだろう。


「たまには、食べたい味だったな」


 概ね満足したクトセインだが、量は多いが味の変化に乏しいので毎日食べるようなモノでないと判断した。何はともわれ、完食したクトセインは、料金を払うと声が追いかけて来るのを無視して酒場を後にするのだった。

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