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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
蟲の森編
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準備

「コレが狩人証です」


 出された金属製のカードをクトセインは受け取る。名前、肩書、依頼の成功・失敗数を書くための欄、所持している魔具を書く欄。後ろの2つは当然空白だ。


「これで晴れて狩人というわけか」


 狩人など、縦12cm横6cmの金属製のカード一つで証明される簡単になれるものだ。そんな訳で特に感慨も湧かずに、クトセインは早々に無くさないようにと懐にしまう。


 用紙に必要事項、それも簡単なもの書くだけでなれる狩人だが、名を上げたり、狩人だけで老後まで食っていけるだけの貯えを稼ぐとなると一転して難しくなってしまう。


 魔物を狩れば、命懸けに見合うだけの収入は手に入れられるが、それだけのリスクが当然あるのだ。骨折だけでもまともに狩りを行えなくなり、下手すればそのまま食い扶持を稼げなくて装備を手放さなければならなくなることもある。そうなってしまえば、怪我が治っても魔物を狩るのが難しくなる。


 長期に亘って組んでいる仲間がいればまだ可能性は残っているが、その狩りだけで組むような事をしていれば1人で行動しなければならない。装備が貧弱とあって新参者に交ぜてもらえば良いと思うかもしれないが、ほとんどの新参者は登録前に仲間を見つけておくのだ。その繋がりが幼い頃から付き合いだとか、兄や姉などの身内を頼りしたりと赤の他人が入りにくい。


 そうなると、似たような境遇の者同士で組む訳だが、仲間を作れなくてそうなった連中だ。協調性が欠けているなどよくあることなので、意気投合でもしなければ1回だけ組んでお終いの場合が多い。


 その様な事が実際起きているから、クトセインのように1人で登録するなど珍しい事である。


「すぐしまってしまいましたが、金属製なので壊したりしないようにして下さい。また作ることは出来ますが、次からは有料となりますのでその点はご了承下さい。

 狩人組合での注意事項はお聞きになられますか?」


「現在の狩猟禁止生物だけでいい」


 一通りの注意事項などは既に聞いておいたので、組合が随時更新している狩猟禁止にしているのだけを聞くだけにクトセインはする。


 組合では絶滅すると困る魔物や、減ったりすると人間に悪影響のある生物の狩りは禁止にする事がある。それが、狩猟禁止生物である。場所や時期によって変わるので、組合に寄ったらまず聞く事と上げられる情報だ。新しく禁止されたり、逆に解禁されたりするので聞かなければ損することもある重要な情報である。


「現在禁止されているのは灯籠熊だけです。判っていると思いますが、灯籠熊は大型の虫系の魔物を主食にしています。蟲の森に一番近いこの場所では、狩猟禁止生物から外れる事はないので絶対・・に、狩らないようにご注意を」


 絶対の部分を強調されてクトセインは苦笑いした。一度しか生きたのには出会わなかったが、灯籠熊は虫系の魔物の天敵と言える存在であった。少しでも被害を抑えるのに利用しているのだろう。


「灯籠熊だけ、ね」


 知りたい事は知れたので、クトセインは今は用はないと組合を後にして、まっすぐギル鍛冶屋に足を運ぶ。

 店に入ってきたのが荷物を預けて行った客と判ると、ギルは荷物を顎で指す。


「大方袋に何かしておるんだろ、それを解いて狩人証と一緒に渡しな」


「よく判ってる。もし戻って来て死んでたら、新しい鍛冶屋を探す手間があったから嬉しいね」


 嗤いながら、クトセインは袋の口を開けて手を入れる。袋の中には素材だけではなく、袋蜘蛛の幼生とも言える大きさのが一緒になって入っていたのだ。


 もし、自分以外の誰かが勝手に袋を開けようものなら、そいつの手に噛み付いて消化液が注入するように命令をしてあった個体だ。人間の手の平と同程度の大きさでも、生成できる量は少なくても消化液の脅威は変わらない。噛まれれば、最低でも指一本、最悪で死である。


 クトセインは見つかれば大騒ぎになるソレを、見られないように広い袖の中に入れる。広い袖は凶器ムシを隠し持つ為の物。どんな状況でも対応できるようにと、他にも数匹隠し持っている。


「そういえば言い忘れていたが、袋蜘蛛の牙の短剣は2本だからな」


 伝え忘れていた事を渡しながら伝え、今度は狩人証と金貨の入った袋を懐から取り出す。


「そんな難しい注文をホイホイするもんではないぞ。まったく、本当に金は払えるのか?」


 鍛冶屋は技術だけで食っている職業だ。難しい仕事となれば、当然求める報酬も高くなければならない。技術の向上だけを目指している変わり者でもなければ、強力な武具を求めればそれに見合う金が必要なのだ。


「黒蛇百足の鎧は…全身鎧にするか?それで値段が変わるが」


「兜はいらん。全身鎧の兜無しでいい」


「それでは、鎧は金貨20枚。短剣は2本で金貨20枚だ」


「ぼったくり?」


 その値段に思わずクトセインは言ってしまった。流通している硬貨は銅貨、銀貨、金貨の3種類。銀貨は銅貨の100倍の価値があり、金貨は銀貨の100倍の価値という価値基準が設けられている。金貨など一般人なら日常生活ではまず使わない硬貨だ。普通の買い物であれば銀貨さえあれば足りる。


「ぼったくりなわけあるか。扱いの難しい素材で鎧を作り、繋ぎなどは全て此方持ち。その上何日も係りっきりになるんだ。それくらいは貰わんとやっておれん」


 クトセインが持ち込んだのはメインとなる素材だけで、その他の―――短剣なら鞘に使う―――素材を持ちこんでいない。通常なら、一緒に渡すのだ。別に用意しなくてもいいが、少しでも良い素材でなお且つ安く済まそうと思ったら自分で用意した方が良いのだ。


「では、どの位の日数で完成する?」


「ふむ…短剣は一本3日は掛かる。鎧は5日ほどだ」


「計11日。しかも前金で金貨20枚」


 予想以上の必要日数と、金額にクトセインは少し思案する。時間が掛かるのは仕方が無い。金貨の方はエルフ達が大量のハチミツに結構な値段を付けてくれたので、使わなければ一括払いでも大丈夫だ。無一文になってしまうのだが。


「ふむ…よろしく頼むよ」


 他に必要な物もないので、クトセインはそのまま頼むことにした。


「……オマエさん、肩書に暗殺者はないだろ」


 金と狩人証を受け取ったギルは呆れた顔で指摘する。金は掛かるが、申請すればいくらでも変えられる部分でも暗殺者としているのは今迄見たことが無かった。


「罠仕掛けたり不意打ちして殺すのは、暗殺者みたいとは思うが?」


「ソレ、他の狩人の前でいうんじゃないぞ。下手すれば袋叩きにされるぞ」


 基本的には人間より魔物が方が強い。だから罠を仕掛けるなど当然であるし、不意打ちも同様だ。肩書きを暗殺者としてたのは、狩人はクトセインからすればそのように感じられたからだ。


 それでも、狩人には魔物を狩るという普通の人間には難しい仕事にある種特別な思いがある。強さへの執着であったり、魔物の脅威から守ってやっているという優越感であったりする。


 ソレを隠れて人殺しをする暗殺者と一緒にするのは、狩人達にとっては侮辱に他ならない。


「気をつけるようにはしておこうか」


「客が減るのは歓迎できんぞ。

 そんな話は置いといて、採寸するからその上着を脱げ」


 コートの下に着ていた服を見て、ギルは目を見開いて驚く。


「オマエさん…その服はエルフの服じゃないか……?」


 木の幹の色に溶け込む茶色の長袖と長ズボンを見て、ギルはその服を言い中てる。客にエルフがいたから言い中てられ、その服を人間に見えるクトセインが着ていて驚いたのだ。


 エルフの服は見た目こそ質素であるが、その作りは丁寧で特殊な技法でも使っているのか絹のような肌触りだ。その肌触りからそこそこ価値はあるのだが、エルフが服を売るなどまずしないのだ。価値はそこそこあるが、まず入手できない品としてよく知られている逸品である。


 尤も、基本的に茶色の服しか作らないので、欲しがるのは珍しい物を集めるコレクターだったり、偶然触れる機会があってその肌触りに魅了されたような人間くらいである。


「正解。まあ、エルフとは縁があってね」


「……オマエさん、鎧と短剣も身に付けたら金貨でも着て歩いてるようだぞ」


 もの好きなら、エルフの服に金貨を出しても変ではない。そこに黒蛇百足の鎧と袋蜘蛛の短剣が加われれば、身包み剥がせばそれだけで遊んで暮らしていけそうな金になる。


「鎧の時点でそうなっている」


 何を今更とクトセインは切って捨てる。価値をしっかりと解っていなかったが、それでも不釣り合いな装備になるのは判っていた。


「ともかく、採寸を済ませるぞ」


――――――


 採寸を済ませ、狩人証に発注したと刻んで貰ったクトセインは組合に戻って来ていた。武具は飾りなのだから、素手であろうとも問題無く依頼は完遂できる。だから、暇な11日間はてきとうに依頼をこなそうかと思ってきたのだ。


(そういえば、宿も取らないといかんな)


 わざわざ街まで来たのに、野宿などしていられないので宿代を稼がなければならない事にも気付いて、クトセインは真面目に依頼を物色し始める。


 依頼は基本的に、他の狩人と競い合いである。依頼があったという事は、すぐにでも解決して欲しいのだ。だから組合は依頼を受けるのは自由として、最初に依頼を達成した人、もしくは人達を成功とする。こうする事で、狩人達はなるべく早く依頼を達成できるようにと努力して、早く依頼を消化できるようになる。


 既に誰かが依頼を受けていても、別の人も受けられるようになっているので、一番最初の狩人が失敗してもその次の狩人が依頼を達成する。次が駄目でもそのまた次がと言う風に、実力不足の者しかいない限りは迅速に依頼は達成されるようにと組合は考えている。


 そのやり方のせいで、他の狩人達の邪魔をするような輩もいたりしたが、そういう連中は実力不足であることが多く大抵は淘汰されていった。狩り以外に気を向けていては、成功する狩りも成功しないものである。

 他の狩人と依頼でかち会うのは嫌だったクトセインが見つけた依頼は4つだ。


―――納品 鳥蜘蛛の足を20本 報酬 銅貨20枚


―――討伐 群寵蜂ぐんちょうばちの群れ1つの殲滅 報酬 銀貨5枚


―――警邏けいら 夜間に防壁の外にある畑を見回る 報酬 銀貨2枚 備考 畑が荒らされたら、報酬の減額あり。また、警邏中に狩った魔物の素材は自由にしてもよい。


―――捕獲 森うさぎを生け捕りにする 報酬 1匹につき銅貨15枚 1人につき最大5匹まで受け付けます。 備考 なるべく森うさぎに傷をつけないこと。また、小さいのは受け付けません


(受けられるのは実質1つだけだな……)


 蟲以外の魔物を殺して魔力量を上げようと思っているクトセインからすれば、最初の2つはまずありえない。続いて3つ目は、こなすのは簡単そうだが、防壁の外で過ごす。つまり野宿同然でこれもない。


 深く考える必要もなく、残った1つをクトセインは受けるのだった。

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