誕生
とある密林、特定の種類の魔物ばかりが集まる世界に7つしかない魔境の1つである蟲の森と呼ばれるその場所で王が誕生した。蟲はその誕生に歓喜してざわつき、王はそれをただ受け入れた。誕生の産声をあげず、自身の状態と環境を受け入れて最初の命令を下した。
「騒がしい、静かにしろ」
無から発生するように誕生した王は、長い黒髪を後ろに流しながら蟲を睨みつけた。王のに睨むという威嚇行為に―――そもそも、そう受け取ったかすら怪しいが―――恐怖を覚えない蟲は命令通りに静まりかえった。思わず溢した言葉だったので、なんとなくだが蟲が従うと直感こそしてたが、実際に従っているのを見て王の胸に疑問が生じる。
(なぜ、従う?)
疑問はそれだけはない。自分が王だという確信や、虫に関するのや勇者や魔王といった存在が出てくるモノといった明らかに取捨選択された偏りのある知識。そういったモノはあるというのに、自分の名前など真っ先に思い出せそうなモノは無いのだ。
(名前は…今は必要無いだろう)
一先ずは本能しかない蟲を相手にしかしないのだから不必要として、それよりも必要そうな物がある。
「服を持ってこい」
必要な物は服であった。誕生したからか、生まれたままの格好つまりは裸であったのだ。しかし、服を持ってこいと命令したが、蟲は動こうとはしない。
(やっぱり、無いか……)
命令無視などではなく、元々無いので持ってきようが無いと王は覚悟していたが落胆した。
自身も虫の姿であれば裸など特に気にしなかったかもしれないが、少なくとも見た目は人間であり、裸でいると気持ち良いといった性癖は持っていない。最低でも、腰のあたりは隠したいのだ。
「蜘蛛、できれば大きい蜘蛛は前に出てこい」
今度は実行できる命令に、蟲の中からクモがゾロゾロと進み出る。小さなクモは小指の爪程もないが、大きなクモは1mを超す高さを持っている。どれもどことなく凶悪さがにじみ出ており、知っているクモとは別次元の生物そうで王の顔は曇った。
「粘液無しの糸を少し出してみろ」
クモの糸は粘着性のモノと、そうでないモノの2種類が存在するのは大抵の人が知っているが、その粘着性が粘液によってそうなっていると知っている人は少ない。知識でそうだと知っていた王は、クモの糸を使って服を作ろうと思いついたので試しにださせたのだ。
「……銀色の糸?」
各々が大きさに見合った糸を出す中に、銀色の糸を出すおかしなクモがいた。全高20cm、全長100cm、幅80cmといった具合大きさで色は茶色と緑色の斑目模様。その隣に同じようなクモがいるが、そちらは白い普通の糸を出している。
「銀蜘蛛?」
自然と、注視していたクモの種類がわかった。続けて他のクモの種類と特性までもが頭に浮かんでくるといった怪症状まで出てくる始末に、王は頭を抱えた。
普通ではない。それを今し方解ったからだ。初めから普通とは思ってなかったが、ここまで異常とは思っていなかった。
「そこのデカイ蜘蛛、糸を出せるだけだせ」
理解など出来なかったが、王は当初の目的である糸で服を作るべく袋蜘蛛と浮かんだ名前を無視して命令を下した。
いったい何を捕まえるのに必要なのか、腕ほどもある極太の糸と言うより棒の方が相応しい糸が30m吐き出された。
王はその糸の先端を掴むと、薄く裂いて包帯のように長方形に整えてミイラ男の如く体に巻いた。糸を編んで布にする技術を持たない王には、服の体裁を整えるのはそれが限界であった。
「下がっていいぞ。次に欲しいモノは……寝床だな。近くに壁も屋根もある場所を知っている奴は前に出ろ」
命令をできても虫の声など聞こえないので、判りやすくするのには行動させる必要があった。今度の命令に動いたのは、エメラルドグリーンの外殻を持つき全長2mは下らないハチと、見た目は普通のアリであった。
「……蜂、案内しろ」
ハチとアリ。どちらも一般的には巣を作ることで有名な虫だ。ハチの方は巣を作らないタイプに見えるので、巣に案内されそうには無い。というか、2m越えのハチがいるハチの巣などあったら悪夢でしかない。アリのほうは集団で出てきたので、巣に案内されるのを覚悟する必要がある。
だから、王は巣に案内される可能性の低いハチに案内を任せて寝床候補を見に行くのであった。
――――――
(洞窟か…まぁ、家なんて洒落た物はまずないだろうから妥当なところか)
ハチに案内された場所は洞窟だった。あったとしてもその程度と王は覚悟はしていたが、それでも落胆の色は隠せない。
(問題は深さだな。変なのが奥に居たら嫌だしな)
とりあえず洞窟を探検しようと入ろうとしたが、奥からガラガラと崩れる音がしたので足を止めた。数秒してから、奥の方から案内してきたハチと同じ種類のハチがでてきた。そのエメラルドグリーンの体に砂埃を纏って。それで悟った。なぜこのハチが縁のなさそうな洞窟に案内できたのかを。
虫には、捕食寄生という相手に寄生してなお且つ宿主を喰い尽す体系を持つのがいる。ハチはその一種であった。知識には親がゴキブリなど卵を植え付けて無事に成虫になれるように、卵を植え付けた相手を閉じ込めてしまうハチがいた。今度は意識してハチをみると、似たような事をする種というのが王には解った。おそらくここで成虫になったから、ここに案内できたのであろう。
「蟻、今度はお前等が案内しろ」
とりあえず、王はハチの羽化洞窟を寝床にするかは保留にした。百鬼夜行もかくやといった状態で付いてくるアリに新しい命令をだした。なにもいない洞窟に案内されるという希望を懐いて、アリに案内させるのだった。
――――――
「これはなかなか趣きがあるというか……いや、正直家に向いているのか?」
微妙に期待を裏切られた王が案内されたのは、木々が鬱蒼と茂っていたのに突然開けた場所にある遺跡であった。蔓系の植物が我がもの顔で絡み付いて緑色にし、蔓の隙間からは黄色に近い茶色の石が顔を覗かせている。形は三角形の屋根に、長方形の簡単なモノである。入口らしき場所は柱が列を成し、風化してよくわからないが模様などが彫ってあったのを見て取れてらしさがでいる。中は柱があるだけで窓や穴が開いていたりはしない。
その遺跡が祭壇なのかそれとも倉庫なのか判断がつかなかったが、確かに屋根も壁もある。文化を感じさせるが、家としては微妙なところである。
(羽化洞窟に比べれば幾分かはマシか)
風化によって石で造られた遺跡は何処となくジャリジャリと砂っぽいが、洞窟も似たような状態であったので許容範囲として王はそこを住居として決めた。
そうと決まれば王の次の行動は早かった。少しでも寝床の環境を改善せんとまずはベッドの確保に掛かった。石でできた床に直に寝るなど到底許容できないからだ。またしてもクモに役立って貰おうと、ハンモックのようにクモの巣ベッドを考えたが王はすぐに思い直した。いくら雨風の心配が無いにしても、糸の粘着力が落ちたり、糸が切れたりして寝ている時に床に落とされたらたまったものではない。
それに、寝相が悪くて自分から落ちないともかぎらない。一番の理由は、糸というどこか不安定は物に支えられて空中で寝るなどどこか不安であったからだ。
次に考えたのは、草を敷き詰めるだ。それだけでは硬い床とたいして変わらないので、ガの幼虫のように糸を吐くイモムシを集合させて糸玉を作らせた。今度はそれをクモに一纏めにさせればベッドの完成であった。
「何と言うか、いいな」
フカフカとは言い難いものの、ベッドと言うより巨大クッションなそれの触り心地を堪能して王は感動していた。微妙に硬いその感触が、どこか懐かしく感じてしまったのだ。
(前は、こんな感じのモノで眠っていたのか……?)
誰にも憚れることなく一筋の線を流すと、王は辺りが暗くなってきたのを確認してからそのまま瞼を落として眠るのであった。