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「この、ど変態がぁー!!」


メアリーは左手を振りかぶり、渾身の力を込めて男を殴った。


頬に激しい一撃をくらった男は、数歩たたらを踏むと、メアリーを見つめながら自らの頬に手をあてる。


“いたい。…でも、わがきみなら ゆるす”


熱がこもった眼差しを向けてくる男もたいがい気持ち悪いが、尻尾を振りながらぱくぱく話すザッシュも、なかなか奇妙なものである。





「私のファーストキスを奪ったんだから、当然の報いだと思うけど」


ぷいっ、と顔を反らす。謝らないから、と態度で告げる。メアリーはファーストキスと自分で言いながらも、無かったことにしようと思っていた。犬に噛まれたと思い込むのだ。別に初めてに夢を持っていた訳でもない。案外と冷めている女だとは自覚している。


“しっている。われがはじめて うれしい。かわいい。わがきみ”


学院で色々と魔術を習っていたメアリーは、犬が話したくらいでは驚かない。

しかし、興奮した様子のザッシュが口にした言葉に、メアリーはぎょっとする。ザッシュが、まるで自分とメアリーがキスをしたかのように話している。キスをしたのは男となのに。しかも、何故メアリーが初めてだと知っているのか。…あの一瞬で、ファーストキスかそうでないかを判断できるものであろうか。もしそうなら、相当経験豊富に違いない。…なんだか、気持ち悪い。

先程から絶妙にリンクした様子のザッシュと男を見ていると、ふとある考えが浮かんできた。もしや、ザッシュと男は繋がっているのか。一体、どういうことなのだろうか。


「あの、ザッシュとあなたって…いや、えっと…ザッシュに何をしたの?」


男が何かの術をかけて、ザッシュを操っているのでは?そう考えると、自然と男を見る目が険しくなる。昔とはいえ、それなりに可愛がっていた犬を害する者は許せない。


男は何も答えない。黒い目でメアリーを見つめるだけだ。メアリーも負けじと見つめ返す。改めてまじまじと観察するが、やはりとんでもない美形だ。およそ今までの人生の中で関わったことがない程の美形。


美形にきゃあきゃあ騒ぐメアリーではないが、それでもあまり見つめられると、居心地が悪い。


しかし、ここで視線をそらしたら負けだ。何も勝負はしていないが、負けず嫌いのメアリーの性分が顔を出す。1分ほど見つめあって(睨みあって)いると、男がやっと目をふせた。頬が若干赤くなっている気がするが、メアリーの気のせいだろう。


男が口を開くのかと思いきや、ザッシュがまた口を開けて、




“われは、ざっしゅ。わがきみが なをつけてくれた”



「はい?」


(なんでまたここでザッシュが話すのかな…それより、この男なんでさっきから話さないの?)


いかにも胡散臭い、とメアリーがザッシュと男をちらちら見ていると、


“これは かたしろ”


男がザッシュの頭にぽん、と手をのせた。


(かたしろ…形代?そんな言葉を授業で聞いた気がするけど…なんだっかなぁ)


“われと かたしろは 同じ。ひとつのそんざい”


何を言っているんだ。メアリーはこの男の頭をかち割って、中身を覗いてみたくなった。ザッシュとこの男が同じだと言われても、到底信じられない。第一、以前にザッシュはメアリーと会っているのだ。その時はザッシュは普通の犬だったはずだ。


「ちょっと待って。ザッシュはおじさんに飼われてたし、その頃は正真正銘の犬にしか見えなかったけど」


首をかしげて、疑問を投げ掛ける。男はこくり、と首を縦に振る。



“あのとき、かたしろは にんげんかいの いぬ といういきものに にせていた。これは いぬ と せいたい を おなじくした わが まりょくのかたまり”



「えっ…」


たどたどしい口調で語ってはいるが、内容はとんでもない。ザッシュは普通の犬じゃなかったのだ。それどころか、こちらの世界(人間界)の者ではなかったのだ。


「じゃあ、ザッシュはあなたの使役獣だったの…?」


まさか、という思いで口にした問いだったが、


“かたしろは われとおなじ。われのいちぶ 。かたしろがみたもの われも みれる ”


(我の一部?そう言えば、さっき形代とこの男は同じって言ってたかも。この男が魔力の欠片で(ザッシュ)をつくって、ザッシュを通して人間界の様子を見ていたってことかな)


ザッシュにそんな秘密が隠されていたとは。メアリーは昔可愛がっていた犬がまさかの魔獣だったという事実に、かなり衝撃を受けていた。あんなに無邪気にじゃれついてくれてたのに。どことなく、寂しさを覚えてしまった。


“わがきみが なをつけてくれた。そのときから われは ざっしゅに なった”


ザッシュがハニカミながら言った言葉に、メアリーは、ん?と疑問を持った。


(今までの会話からすると、私がわがきみ…我が君?っていうことかな。でも、ザッシュはもともとザッシュだったはず…)


「ちょっと待って、私ザッシュに名前なんてつけてないよ。ザッシュはザッシュだった。初めて会った時から!」


メアリーが慌てて言うと、男は眉を下げて、悲しそうな目でメアリーの手をとり、自分の手とメアリーの手を合わせた。


「わわっ、ちょっと…!」


流れるような自然な動作で手をとられたため、メアリーは一瞬反応が遅れてしまった。


振りほどこうとした時、ふっ、と脳裏をよぎる光景と覚えのある手の感覚。


(あの時とおなじだ!)


あの眩しい光と凄まじい衝撃波。強く握られた手の温もり。守るように抱き締めてくれた、誰かの暖かさ。











「あなたが、助けてくれたの…?」


メアリーが呟くと同時に、なにかのイメージが頭に流れ込んできた。




真っ白な空間。メアリー以外に誰もいない。恐らくここは、男が作り出した空間なのだろう。


メアリーがきょろきょろとしていると、メアリーの目の前の空間がぼんやりと何かを形づくった。やがてハッキリとしてきたそれは、大人と子供の人影のようだ。それと、もうひとつの黒いかたまり。


「あれは…おじさんと、私?ずいぶん昔のようね」



現れたのは、メアリーの近所に住んでいたおじさん。しかし今と違って、お腹の辺りが引っ込んでいる。髪も豊かで、現在よりも若々しい。そしてメアリーもいた。今よりもだいぶ短い背丈で、傍らの黒いかたまりに笑いかけている。


(ずいぶん昔の映像みたい。私5才くらいかな?だとすると、もう12年も前の映像だわ)


楽しそうに笑うメアリーとおじさん。メアリーは黒いかたまりにしきりに話しかけている。


あの黒いかたまりはザッシュだ。大人しく、メアリーに頭を撫でられている。ザッシュがあの男だったということは、メアリーはあの男を撫でて可愛がっていたということになるのだ。その事実に思い当たると、メアリーはがくりと肩を落とした。



“このわんちゃん、お利口さんね!撫でても噛んだりしないもの”



唐突に声が響いて、メアリーはハッと二人と一匹に視線を移すと。


幼いメアリーが満面の笑みで、ザッシュを両手でわしゃわしゃと撫で回しているところだった。


(あぁっ!やめて!それ本当は犬じゃないの!)


羞恥のあまり顔を真っ赤にして、幼い自分をザッシュから引き剥がしたくなり、手を伸ばすが、足が動かない。

大人しく見ていろ、ということらしい。


(まるで罰ゲームじゃないの…)


上気した頬を両手で押さえながら、メアリーはしぶしぶといった様子で映像を見ることにした。


“賢い犬だろう。昨日森に散歩に行ったら、家まで着いてきたんだよ。ちょうど犬が欲しかったから、飼おうと思ってね”


嬉しそうに笑うおじさんを、羨ましそうに見る幼いメアリー。


“いいなぁおじさん。私のところは、お父さんが犬嫌いだから飼えないの”


残念そうにうつむくメアリーの頭を撫でて、優しく笑うおじさん。


“誰にでも好き嫌いはあるからね。こればっかりは仕方ないね。”


“うん。わんちゃんは諦めたの。だからね、今度シェパードをおねだりするの!”


キラキラした目で語る幼いメアリー。おじさんの生暖かい目がぐさりとメアリーを射ぬく。


(あの頃、犬種とかよくわかってなかったんだよね…わんちゃんとシェパードが全く別の生き物だと思ってたし)


男はメアリーに何を見せたいのだろうか。ただ自らの恥を思い出させるためにしては、手が込んでいる。


“シェパードか。あれもかっこよくていいね。”


おじさんが頷きながら肯定してくれて、メアリーは嬉しそうに微笑み、よりいっそう手の中のザッシュを撫でくりまわした。


“おじさん、このわんちゃんはなんていうの?”


首をかしげて、おじさんをのぞきこむメアリー。


“うーん…こいつは雑種だよ”


“ザッシュ?ザッシュっていうのね。かっこいい!!”


キラキラと目を輝かせるメアリーを見て、おじさんは、おや、と思ったことだろう。

第三者の立場から見ていたメアリーは、幼い自分の勘違いがよくわかった。メアリーの問いに対して、おじさんはザッシュの犬種を教えたのだ。それなのに、メアリーはザッシュの名前を教えてもらったと思い込んでしまった。


“ザッシュ!あなたの名前はザッシュね!かっこよくて似合ってる!!”


“名前?…ああ、まだ昨日飼ったばかりだから決めてなかったんだが…ザッシュ、でいいか”


嬉しくてたまらない、と笑顔満点のメアリーに、まさか違うとは言えず…おじさんは犬の名前はザッシュにしよう。と決めたのだった。


(わわゎっ、本当にザッシュの名前をつけたのは私だったんだ)


メアリーはとてつもない恥ずかしさに、顔から火が出そうであった。

もう見ていられない、とメアリーが目をそらそうとした時、




“ざっしゅ…このむすめが… めありーが なを くれた”


(これは、ザッシュの声?)


ハッとザッシュを見ると、ザッシュは黒く丸いつぶらな瞳を、とろん、と潤ませてメアリーを見ていた。おじさんと幼い私には聞こえていないらしい。何も反応がない。


“めありー… ほしい。めありー を わがきみ に したい。 めありー、われと ちのけいやく を…”



ザッシュはメアリーの手をなめ回す舌を休め、手の平をじっと見つめる。まるで獲物に狙いを定める狼のようだ。


(まさか、噛みつこうとしてる!?…おかしいな、ザッシュに舐められたことはあっても、噛みつかれたことは一度もなかったはずなのに)


メアリーが不思議に思っていると、ザッシュが牙をむき、手の平に牙を突き立てようとしているのが見えた。


(大変!逃げて私!)


触れられないただの映像だとわかっていても、どうにかしたくてやきもきしてしまう。


(おじさん、あなたの飼い犬がいたいけな少女に噛みつこうとしてますよ!!)


「ああもう、殴ってやりたい!」


メアリーが拳に力を込めた時、幼いメアリーの手の平にザッシュの牙が触れたのが見えた。噛まれるっ…と思ったその時。


“ザッシュ、いっぱい舐めてくれたね!私こんなになつかれたの初めて!いいこのザッシュには、ごほうびをあげるねっ!”


そう言いながら、幼いメアリーは今にも噛みつきそうだったザッシュの口をガシッとつかみ、自分の唇をザッシュの口に押し付けた。




「ぎゃあぁああぁぁあーーーっ!?」




自分のしでかしたことに、赤を通り越して青くなったメアリーは、頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。


二人の人影と黒いかたまりが徐々にぼやけていき、どこかで聞いたような“くちびる、やわらかぁあー!”という叫び声が聞こえたような気がしたが、恥ずかしさにゆでダコになったメアリーには、どうでもいいことだった。















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