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メアリーは今にも落とされようとしている爪に手を伸ばした。


なぜこんなものしか出てこないのか。こんなにも全力を尽くして呼んでいるというのに。メアリーの渾身の力を込めた召喚は、この一欠片の爪程しか価値はないのか。…もしそうなのだとしたら、いっそ爪もヒゲも現れなければいいのに。毎回ちっぽけではあるが、召喚の度に何かしらは現れるのだ。だから、次こそは完全な召喚ができるかもしれないと期待してしまう。

その期待は毎回裏切られてばかりだったが。


どうせなら、最初の召喚の時に何も出てこなければよかったのに。それなら、自分には才能がなかったのだと諦められたのに。召喚術は自分には向いていなかった。そう思って早々に諦めていれば、少なくともこんな絶望を抱いたりはしていなかったはずだ。


「失敗だなんて…言わせてたまるか!!」


メアリーは怒りで頬が火照るのを感じた。中途半端にしか出てこれないならば、私が引きずり出してやる!



メアリーは怒りに任せて、身体全体をつかって、思いっきりゲートに拳を突っ込んだ。

爪をつかむというより、その先のゲートに隠された本体をつかみ出してやろう。そんな考えだった。


これに驚いたのはメアリーを見守っていた教師たちだ。ゲートに手を突っ込むなんて、どうなるかわかったものじゃない。ゲートから先は、人間にはおよそ想像もつかない、魔のものたちが支配する世界。ゲートにちょっと指をいれたとして、その指が食いちぎられようと、骨まで溶かす毒を吹き掛けられようと、全て自己責任なのである。


メアリーは既に肘の辺りまでゲートにめり込ませている。



メアリーに拳を叩き込まれたゲートは、一瞬激しく表面を波立たせたが、直ぐに穏やかになった。

しかし、そこをメアリーがぐいぐいと腕を掻き回すものだから、また直ぐに波立ってしまう。



周囲の教師が悲鳴を上げてどよめいていても、メアリーの耳には届いていなかった。ゲートの先を探ることしか頭になかったのだ。


メアリーは焦っていた。手を突っ込めば、本体をすぐにつかみ出せると思っていた。だが、ゲートの先には何もいなかった。とかげのように、爪だけ残して去っていったのか。その爪は、先ほどメアリーが拳を突っ込んだ時に弾き飛ばされて、足元に転がっている。



メアリーも、ゲートの先の世界のことは重々理解していた。だから、このまま腕を突っ込んでいてはまずい、とわかっていた。わかっていても止められなかった。やっと突破口を見つけたと思ったのに。このまま何も収穫を得ずに引き下がるなんて。


悔しい。メアリーは唇を噛み締めた。ぷち、と唇が切れて血が口許から垂れていく。それさえも彼女をイラつかせた。

メアリーはまだ自由だった左手で口許の血を拭い、その手をもゲートに突き立てた。


後ろの方で、もうやめろっ、と彼女を止める声が聞こえた。しかし、メアリーはやめる気はない。何かをつかむまでは。


メアリーが左手を突き立て、探るようにさ迷わせると。



ぱしっ、と何かに左手をつかまれた。


(……きたっっ!)



メアリーがそれをつかんですぐに引き寄せようとすると、それはメアリーが手に力を込めるよりも早く、手を握り返してきた。


「わわわっ」


おかしい。てっきり振り払われるか、腕をざっくり落とされるかの最悪の事態を予想していたから。だから、一刻も早くこちらに引きずり込もうと思っていたのに。


とにかく、逃げないなら好都合。このままこちらに――


メアリーが再度手に力を込めると、その手を何者かに撫でられた。滑らかなものが手の甲を撫で付けたあと、湿ったものが手の甲を這うような感覚がした。



ぞわわわわっ


メアリーは頭の先から、足の先まで鳥肌がたつのがわかった。この感覚は知っている。信じたくない。嘘であってほしい。


動きを止めたメアリーに、大丈夫か、と声がかけられる。



(いや、大丈夫じゃない。これは大丈夫じゃないぞ全く。これ、知ってるし。近所の犬に散々やられたから知ってるし)



メアリーを遠巻きに見つめていた教師たちも、様子のおかしいメアリーを心配し、おずおずと近寄ってくる者がちらほらと出始めた。



メアリーは鳥肌が未だにおさまらなかったが、この自分の手をとる何者かが大人しいうちに、引き込もうと決意した。


「こっちに来て!お願いだから力を貸して!!」


何者かを両手でがっしりとつかんでぐいぐいと引っ張る。

冷静に考えれば、魔界に住まうものを、人間の…しかも少女の細腕でこちらに引きずり込むことなど不可能なのだ。しかしメアリーは必死になるあまり、それに考えが及んでいなかった。

とにかく、せっかくつかんだチャンスを無駄にはしたくない。その考えしかなかったのだ。





その時。メアリーの頭の中に声が響いた。




“名を”


「はっ?」


突如響いた声に、メアリーは一瞬呆けて引っ張る手を止めた。


“名を呼べ。血の契約は成された”


「血の契約…?え、何のこと?」


ぽつり、と口にした言葉。




それに驚いたのは、ふんぞり返ってにやけていた理事長だった。


メアリーの呟きをその地獄耳で聞き取ると、サーっと顔を青ざめさせ、みるみるうちに脂汗を滲ませ始めた。


「なっ!?まさか、そんな馬鹿な!!…やめろコリンズ!!名前を言うな!!」



お得意の上品な口調をかなぐり捨てて、よもやタックルでもしかけてくるのでは。というくらいの勢いで、理事長は巨体を揺らしながらメアリーに突進してきた。


それを見てメアリーはぎょっとし、手を離しかけたがなんとか耐えた。


「ひえっ!なになに?なんでこっちに来るの?わわわっ、早く!早く出てきて理事長をぶちのめして!」


恐怖と気色悪さから、つかんだものを両手でガクガク揺さぶるが、びくともしない。


“名を呼べ”


代わりに、また言葉が頭に響く。


「なっ、名前何て言われても…わわわ…っ」


焦るあまり、名前が浮かばない。


(そもそも、なぜ名前?誰の?あなたの?私の?)


メアリーが理事長から目をそらせずにわたわたしていると、手の甲をまた湿った何かが這うような感覚。



ぞわわわわわっ


鳥肌、再び。



この感覚と同時に、ふっと思い出した記憶がある。わんわんうるさいくせに、近寄ると急にのどをならして寄ってくる黒い毛並みの犬。




たしか、あの犬の名前は…










「…ザッシュ?」



口にした途端、ゲートがぴし、とヒビ割れた。そこから溢れんばかりの光が光線となって漏れている。


「や、なにこれっ」


メアリーは驚いて手を引き抜こうとする。しかし両手は繋がれたままで、身動きが取れない。振りほどこうと手を振り回しても、更に強く握り返される。まるで、逃がさないと言うように。


そうしているうちに、ヒビはどんどん広がっていく。


「離して!!離してよ!!」


ゲートに対する恐怖から手をめちゃくちゃに振り回す。と、突然繋がれたままだった何かの手が熱を帯びてきた。そして、チリッとメアリーの両手の平が熱くなった。まるで火傷のようにヒリヒリと痛む。

痛い、と涙を浮かべると今度は身体全体が暖かいベールに覆われたような感覚。


(これは…あの時と同じ?)


あの召喚の度に感じる違和感と似ている。なぜ、と疑問を感じていると






ガシャンッ!!




とガラスが割れる音と同時に、目も開けていられない光がゲートから放出される。



叫び声すら掻き消されるほどの凄まじい衝撃波と光の奔流。



メアリーの身体はたやすく吹き飛ばされた。






その瞬間。腕をつかまれ、暖かい何かがメアリーを抱きとめ、ぎゅう、と強く抱き寄せるのを感じた。



(誰……?)


おさまらない衝撃波と強烈な光に当てられ、この庇うように抱き締めてくれているのが誰なのか、見ることもできない。でも…



(私、このぬくもりを知っている気がする…)





でも、いつ?思い出そうとするが、霧がかかったようになって思い出せない。そうしているうちに、脳内の許容量を越えてしまったメアリーは、意識を手放した。


なんとか話を長くしてみました。展開の遅さや設定の甘さは、私のいけいけどんどん!な気持ちがいけないのかなと…けっこう、思い付くままに書いちゃってます。なので、学院とか奨学金とか、理事長の胡散臭さとか、メアリーの性格とか、ちょっとだけ読者様の眼鏡をずらした状態で読んでいただけると嬉しいです。

小心者のチキンなもので、“感想が更新されました”の表示を見る度にウホッてなります。



自分でも完成度低い作品だと思いますが、たくさんの方に読んでもらえて感激しております。ありがとうございます♪

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