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メアリーは深呼吸をした。

集中しなければ、周囲からの視線に負けてしまいそうになる。


メアリーを哀れむ視線、面白がる視線、心配そうに見つめる視線。特に理事長のギラギラとした視線は、肌にピリピリとやけつくようだ。

種類は様々だが、その込められた感情の濁流に飲み込まれそうになる。


メアリーは、そっと目を閉じた。



(集中しなきゃ。お父さんと、お母さんのことを考えよう)


母の日だまりのような優しい笑顔と、父の少しはにかんだ温かい笑顔。もう三年前の記憶のなかでしかないけれど、彼らのぬくもりは今でも覚えている。



(会いたい。…会いに行きたい。)


周囲の視線が無になっていく。ふと、温かい何かが自分を包み込んでくれていることに気づいた。




不思議と懐かしいような、優しい気持ちになっていく。



メアリーはゆっくりと息をはき、膝をついて祈るように両手を組んで額に合わせた。



この召喚で、すべてが決まってしまう。これが失敗すれば、自分で両親を迎えにいくという選択肢はなくなってしまう。ひたすらに二人の帰りを待つ日々に戻るのだ。あの寂しく殺伐とした毎日に。

あの一年を振りかえってみても、思い出すのは孤独と悲しみばかり。


もうあんな生活はしたくない。早く二人に会いたい。会って、思いっきり抱き締めて、バカッ!って怒鳴ってやりたい。



メアリーは目を開き、自分の手のひらを見つめる。まだ少し血が滲んでいるが、いつもの自分の手のひらよりも少しだけ、大きく見えた。


この手で、未来をつかんでやる!


メアリーはばちんっと両手で頬を打つと、意識を集中させ、覚悟を決めて再び目をつむった。




メアリーは<力ある言葉>を暗唱し始める。七色に光る文字が浮かび上がり、やがて徐々に小さな円を形づくっていく。



理事長が召喚獣の力の強さを指定しなかったのは幸いだった。まともに召喚できた試しがないメアリーは、仔犬一匹でさえ無事に呼び出せるかわからない。


しかし、今回こそは失敗できない。失敗など、許されないのだ。






<力ある言葉>が空中に円を描いた。メアリーはそこですかさず魔力を込める。ありったけの魔力を注ぎ、同時に祈りも込めた。


(お願い。来て。お願いだから…)


メアリーの願いに応えるように、ゲートの中心が波紋を描く。



そこで、いつも感じる違和感に気づく。


(まただ。またゲートの向こうで、たくさんの気配がひしめき合っているような気配を感じる…)


何十回と召喚をしてきたが、ゲートが波紋を描くこの瞬間は、いつも不思議な感覚がある。


その正体もわからぬまま、ゲートを見つめる。波紋が少しずつ大きくなってきた。メアリーは瞬きも忘れて、ゲートの中心に広がる波紋を見つめる。


気づけば、周囲も静まり返り、ぴんと張り詰めた空気が流れている。皆、固唾を飲んでメアリーを見守っている。呼吸すら忘れているかのように、皆一心にゲートを見つめている。

唯一例外を上げるとすれば、未だにニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている理事長くらいか。


やがて、その波紋の中心から何か小さい爪のようなものがにゅうっ、と顔を出した。



「爪…?」


ゲートから飛び出したそれを、メアリーは眉を寄せて見続ける。嫌な予感がする。



いつも、こうやってゆっくり現れ、そして爪そのものがすべて姿を現すと…ぽとりと、地面に落ちるのである。そしてゲートはお役御免、とばかりに七色の光を散らしながら弾け飛ぶのだ。それはもう盛大に。召喚術の派手さに、肝心の召喚したものが負けている。むしろ勝負にもならないほどのお粗末さ。




冷たいものが背中を流れる。もしやまた失敗パターンだろうか。失敗なんて許されないのに。これが人生最後の召喚になるかもしれないのに。今この瞬間、限りなくその可能性は高いだろう。

背後で理事長が笑いを押し殺しているのがわかる。本人は我慢しているつもりだろうが、ひっ、ひっ、とひきつったような声が聞こえるのだ。




この短足が。人が一世一代の大事な場面に、大笑いをするとは。自分の勝ちを確信しているのだろう。私が落ちぶれていくのがそんなに楽しいのか…腐ってる。人間が腐ってるんだ。

メアリーはふつふつと胸に熱い怒りが込み上げてきた。


ゲートをみると、ちょうど人差し指程の長さの爪が、今にもゲートから落ちようとしていた。


「なんで…」


それを見た瞬間、メアリーのなかで、ぶちっ、と何かが切れた音がした。

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