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メアリーは理事長の目をじっと見つめた。
「お願いです。あと一回だけ!あと一回だけでもいいんです!私にチャンスをください!!」
理事長はメアリーの必死の声に、眉を片方ピクリとあげ、
「ほう?チャンスとは…召喚をするということか?」
ニヤニヤと口元を歪める。
「はい!あと一回だけ召喚して…それで私にも召喚獣が呼び出せたら、退学を撤回してください!」
言った。言い切った。もしかしたら、ここが人生最大の山場なのかもしれない。普段の召喚でさえまともにできないのに、この場でできるかと言えば、もちろん否だろう。しかし、言わずにはいられなかった。
何もせずに、このまま両親との繋がりの糸を切られる訳にはいかなかったのだ。
理事長はメアリーの発言を受けて、再度大笑いをし、ヒキガエルのように腹を抱えてひいひいうなっていた。やがて笑いがおさまると、
「…いいだろう。最後の召喚を許可する」
愉しくて仕方がない、という笑みを浮かべて言った。濁った目でメアリーを見るその様は、さながら獲物を見つけたカエルのようだった。
「しかし、次のテストまではまだ日数があります!その間この落ちこぼれを学院に置いておくなど…っ」
そこで声を上げたのは、いつもメアリーを苛めていたあの教師である。
理事長は軽く手を上げて教師を制すと、
「召喚のテストなど、今ここでやればいい。なあに、どうせまた犬のヒゲだとかのふざけたゴミクズしか呼び出せないだろう。…そうだな、犬でいい。仔犬でもかまわん。ただし、生きているものしか認めん!再びゴミクズなど呼び出してみろ。私の顔に泥を塗った女狐として、学友たちに土下座をしてまわってもらおう。そうだな、“父親の知れぬ子供ができてしまった”とでも触れ回れば、立派な退学の理由になろう」
狂気染みた笑みを浮かべる理事長に、他の職員はおろか、メアリーを苛めていた教師ですら言葉が出ない様子だった。
あまりの下衆ぶりに周囲は言葉を失い呆気にとられている。
周りが静止し動けないなか、メアリーはゆっくりと立ち上がって、理事長を見据えた。
「わかりました。お望みの通りに致しましょう」
ひっ、と近くにいた女性職員が息を飲んだ音がした。
理事長の笑みが更に深くなる。
「ただし、私が条件をクリアしたその時には」
一端言葉を切って、再度理事長を睨み付ける。
「必ず私の望みを叶えてください」
並々ならぬ覚悟を込めたメアリーの言葉を受け、理事長は
「聞いたな、皆の者。ここにいる者が私たちの文言の証人になってもらう。約束を違うことのないよう、私たちをくれぐれも監視しておいてくれたまえ!」
声を張り、周囲をぐるりと見渡した。
理事長が手を上げると、職員室の中央から机や椅子が取り払われ、ぽっかりと空間ができた。
腐っても召喚士、といったところか。彼は手を上げるだけで風の魔獣を使役してみせたのだ。ゲートを開かないところから、普段から呼び寄せておき、自分の側につけておいたのだろう。
「さあ、舞台は整った!主役は君だよ!ミス・メアリー・コリンズ!素晴らしい舞台にしておくれ、!!」
両手を大きく広げ、舞台役者のようなセリフ運びでメアリーを誘う理事長。
メアリーは静かな靴音を立て、“舞台”の中央へ歩いていった。