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メアリーは理事長を睨み付ける。
「私、退学はしません。援助が打ち切られても、自分で学費を稼いで通います。」
メアリーは本気だった。今も学校帰りや休日はギルドに行って日銭を稼いでいた。それを更に増やして、生活をもっと切り詰めればいい。
理事長は喉からくぐもった笑いを響かせると、次第に肩を揺らして大笑いをした。
「笑わせてくれる!ミス・コリンズ。お前の両親は三年前に行方不明になっている。現在はボロ屋に一人暮らし。今ですらゴミ同然の生活ぶりをしておるくせに、どこから金を持ってくる気だ?年頃の娘らしく、体を売るとでも?」
言いながら、自分の台詞に笑いを堪えきれなくなったのか、下品な声を上げて笑いだした。
あまりの言いぐさに眉をひそめる職員も少なくない。
メアリーは悔しさに、手のひらを固く握り締めていた。あまりに力を込めすぎたのか、爪が食い込み血が滲んできたらしい。じんじんとした痛みを手のひらが伝えてくる。
メアリーがどうしてもこの学院に残りたいのは、理事長が言ったことと深く関わりがある。
三年前に行方不明になった両親。彼らは優秀な召喚士であった。だがある日、魔力が暴走を起こし、メアリーの目の前で二人は自らが開いたゲートに飲み込まれてしまったのだ。
メアリーが助けなければ、と手を伸ばした時には既に、ゲートは消えていた。
メアリーはしばらくは呆然としたが、両親が魔空間へ渡っていってしまったと理解してからは、泣き暮らすのをやめた。それに、両親は優れた召喚士であったし、あの二人なら無事に違いない。
殺しても死なないような二人だから。
それから最初の頃はひたすら両親が帰ってくるのを待った。しかし一年たってもなかなか帰ってこない両親にしびれを切らしたメアリーは、自分が召喚士になって、彼らを迎えにいこうと考えた。
そして渡りに船といった感じで、その年にちょうど入学規定の15歳になったので、学院に入学した。召喚術を学んでわかったのは、やみくもにゲートに飛び込んでも両親に辿り着くことはほぼ不可能ということ。魔空間は果てしなく広く、人間二人を探すのは、砂漠に落とした色違いの砂粒を探すのと同じことだということ。
両親を探すためには、魔空間を広く知り、かつ自分の移動手段ともなり得る優秀な召喚獣を得ること。これが絶対条件である。
そのためには、優秀な召喚獣を学院に在籍しているうちに召喚しなくてはならない。基本的に、召喚とは危険を伴うため、学院で修行中の生徒か、本職の召喚士しか行ってはいけないと法律で定められている。
学院は五年間を修業期間としており、メアリーは二年目。あと三年猶予が残されているはずだった。メアリーは成績的に本職の召喚士にはなれないと諦めていたので、入学当初からこの五年が勝負だと感じていた。
自分が天才ともてはやされた時、意外にも早く両親と会えるかもしれないと嬉しくなったが、すぐにそれは間違いだと誰よりも早く気付いた。
しかし、授業料免除は有難い。もっと頑張ろう。ラッキー。と持ち前の能天気さで今日まで過ごしてきた。何より、理事長直々に免除と触れ回ってくれて、落ちこぼれと評されても援助打ちきりの“う”の字もでない。
(まるで、あしながおじさんみたい。素敵だわ)
なんて夢見ていた昨日までの自分をぶん殴ってやりたい。実物は腹黒くそデブの短足ヤローだったわよ。ってね!
しかしそんな短足ヤローでも、本当にぶん殴る訳にはいかない。これでもこの短足は理事長なのだ。メアリーの命運は、この短足が握っていると言っても過言ではない。
メアリーは覚悟を決めて、理事長の足下にひざまずいた。
「理事長、お金は働いてなんとか工面します。ですが、退学だけは取り消してください。私にはやらなければならないことがあるんです」
頭を下げて懇願するメアリーをにやついた目で見おろしながら、理事長は唇を歪めた。
「コリンズ。お前は私にとりすがるのに必死で忘れているようだ。お前が持っていないのは金だけではない。才能もだ!金に化ける才能をこれっぽっちも持っていないのだよ」
醜い笑い声を辺りに響かせながら、理事長は心底楽しそうに笑う。
「金を産む鶏にもなれないゴミクズを学院に置く意味などない。落ちこぼれは大人しく学院を去りたまえ」
上品な言葉使いとは裏腹に下品な声音と口調。今や職員室にいる誰もが青ざめた顔で理事長を見ていた。
しかしただ一人、メアリーだけは目に熱い炎を宿していた。
ここで引き下がる訳にはいかない。メアリーは血の滲んだ手のひらを、もう一度握り締めた。
ラブコメのはずが…なんて暗い話になってしまったのでしょう。