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メアリーは、職員室で説教を受けていた。腕を組んで椅子に座り、ガミガミと怒鳴り付ける教師。その向かいには気まずそうに小さくなってたたずむメアリー。
もう何度となく繰り返されたこの光景は、他の職員には見慣れたものになってしまっていた。
呼び出された授業がこの日最後の授業であったから、教師の説教はなかなか終わらない。
(先生、よっぽど暇なのかな…)
メアリーは怒られながらも、頭のなかは能天気であった。何も、授業中に少し大きな音を立ててしまったからといって、こんなに怒鳴られるのはおかしい、と彼女は考えていた。
(そういえばこの先生、最近奥さんに逃げられたって噂になってたなぁ。…八つ当たりかなぁ)
一通り最新のネタをネチネチと攻め続けた教師は、今度は半年前の失敗まで掘り下げて怒鳴り始めた。メアリーは頭が痛くなってきて、こめかみをそっと押さえた。
(お説教長い…そもそも、私が落ちこぼれじゃなかったらこんな無駄な時間を過ごさなくていいのになぁ)
メアリーはぼんやりと空を見つめながら、ある光景を思い出していた。
あれは、この学院に入学して初めて知識のテストを受けた時。
知識のテストは、召喚についての基礎知識等を問う内容だった。紙に問いがかかれ、そこに<力ある言葉>を書き記すもの。<力ある言葉>とは、その意味の通りに魔力を持った言葉のことで、召喚士はこの言葉を用いて、こちらの世界と魔獣や魔族等が住む魔空間に干渉してゲートを開き、召喚されたものを召喚士の<力ある言葉>で従え、使役する。
いわば、<力ある言葉>とは、召喚したものを戒める鎖でもあり、意思の疎通をはかるための翻訳機みたいなものなのだ。
ちなみに、<力ある言葉>は召喚士が魔力を込めて暗唱すると七色に光って浮かび上がり、空中で輪をつくる。これが召喚獣が魔空間から出てくる時の門になる。よって、力や体が大きなものを喚ぶ際には、より強力な魔力とより長い<力ある言葉>を暗唱しなければならない。
そうしなければ、ゲートが引き裂かれ、召喚したものがこちらの世界に現れることができないのだ。
<力ある言葉>は、遥か昔から文句が決まっている。どのような力を持ったものを召喚するのかは、その召喚士の力量によってかなり差がある。長ったらしい<力ある言葉>を暗唱したとしても、そこに込められた魔力が薄弱であっては、まともなものは召喚できない。
それこそ、メアリーのように犬のヒゲだけ。という事態になってしまうのだ。
なので、召喚士は己の力量を的確に把握していなければ、召喚という特殊な技能を生かして職業にするのは難しい。
誰しもが、目指して学を修めれば成れるという職業ではないのだ。メアリーが通う学院も、召喚士を志して入学した生徒が、卒業までには3分の1も残らないのというのが当たり前といった感じだ。
中には一年目の召喚のテストの結果次第で、学院に残るか辞めるかを決める者も少なくない。一番最初の召喚で何も呼び出せなければ、その後どんなに学を積んで鍛練をしても、召喚士としての能力が生まれるということは有り得ない。それだけもともと持ち得た才能によるところが大きいのだ。
ちなみに、メアリーが最初の召喚で呼び出したのは何かの生き物の爪である。
ゲートが七色の光を放ち開いてすぐに、爪がぽと、と落ちてゲートが弾け飛ぶように消えてしまったのだ。
当時、その場にいたメアリーと試験官の教師二人を含む三人は、ぽかんとして突っ立ってしまった。
やがて最初に正気を取り戻した一人の教師は、こんなゲートの消え方は初めてだ!とか叫んでどこかに走り去ってしまうし、残ったもう一人の教師には まさかお前、不正をしたんじゃあるまいな!!と怒鳴り散らされた。
…その怒鳴り散らした教師こそ、この説教たれの教師なのだが。
その後、検証も兼ねてより多くの試験官の前で何回か召喚をした。そのいずれも、よくわからない牙だとか真っ赤なタテガミのような大量の毛だとか、ふわふわ空中を漂うどぎついピンクの綿毛だったりとか。
訳分からない、お世辞にも役に立つとは言えない代物ばかりを呼び出した。
通常であれば、まともな生き物も召喚できないメアリーは才能なし、と判断されるところである。
しかし、問題はそのゲートの閉じ方にあった。召喚士の魔力不足で<力ある言葉>が引き裂かれて消える、というのはよくある。
だが、メアリーの場合は弾け飛んでしまうのだから、ちょっと話が違ってくる。
なんとも難しい話だが、例えば魔力不足で裂ける
ゲートの効果音がぴりぴり、とする。メアリーの場合は、これがバリバリバリッ!!とビックリマークがつくほどに激しいのだ。
もしやと思い、知識のテストも受けさせてみると、またしても通常とは様子が違う。
知識のテストとは、<力ある言葉>を試験官の指示通りに答案用紙に書き出していき、最後に魔力を込めて、文字を紙から分離させ、暗唱せずとも召喚術を発動させるものである。
つまり、知識というよりも、結局は技能によるところが大きい。
たいていは無事に召喚できるのだが、メアリーは違った。<力ある言葉>を書き出していき、その文章が書き終わったところで、文字が七色に光って弾け飛んでしまうのだ。魔力を込める暇すらあたえず、ペンで最後の文字を書き終わり、紙からペンを離す。その時点で、文字が光りだしてしまうのだ。
これに喜んだのは学院である。世紀の大召喚士の再来か!?と嬉々としてメアリーをもてはやし、将来有望株として育てると決定したのだ。
しかし。
1ヶ月たち、2ヶ月たち。半年が過ぎた。それでもヒゲやら爪やらしか召喚できないメアリーに、学院は焦り始める。
(もしかして、ただの才能なしだったのでは…)
1年が過ぎ、未だに何かの一部しか召喚できないメアリーを、とうとう学院は見限った。
あれは勘違いだったのだ。長い召喚士の歴史のなかで、まれに人と異なったやり方(?)の者がいてもおかしくはないだろう…というのが学院の下した判断だった。
その判断が下った時点で、メアリーは学院を辞めてもおかしくはなかった。しかし、メアリーは諦めず、更に一年通い続けた。
その結果、まともに召喚できるようになったかというと…全く、進展はなかった。
(なんでかな…ゲートの向こうに、たくさんの魔物の気配はするになぁ)
それこそ、ゲートの向こうにやたらとひしめき合ってるような気配がするのに。いざゲートを開いてみると、ヒゲやら牙やら爪からが一つ落ちるだけ。
(なんでなのよっっ!)
それがメアリーが召喚の度に感じる感想だった。
説明ばかりの話になってしまってごめんなさい。でも書きたかったんです。