悪役転生した俺、嫌われたくないから優しくしてたらヒロインたちの愛が重すぎて詰んでる件
「……え、待って。今、なんて言った?」
豪華絢爛な学園の中庭。目の前には、この学園のアイドルであり、ギャルゲー『恋する☆エトワール』のメインヒロイン、リリアが立っている。
少し前までの彼女なら、俺――悪徳令息ヴィンセント――を見るなり、ゴミを見るような目で「近寄らないで」と言っていたはずだ。
だが、今の彼女は違う。頬を赤らめ、潤んだ瞳で俺の袖を掴んでいる。
「……だから、ヴィンセント様。あのアリシアっていう女と、さっき何を話していたんですか? もし浮気なら、私、その……おじい様に頼んで、あの女の家を潰さなきゃいけなくなっちゃう。 ねえ、そんなの悲しいですよね?」
笑顔。だけど、目が笑っていない。
あれ? 俺が知ってるリリアは、もっと清楚で「暴力や権力なんて嫌い!」って言ってた聖女系ヒロインじゃなかったっけ?
1. 嫌われ回避のつもりが……
半年前。俺はこのゲームの世界に転生した。
ヴィンセントの結末は、どのルートでも「国外追放」か「処刑」。
そんなの真っ平ごめんだ。俺は心を入れ替え、周囲に優しく接することにした。
リリア(婚約者)へ: 傲慢な命令をやめ、彼女の体調を気遣い、好きな花を贈った。
アリシア(庶民派ヒロイン)へ: いじめから助け出し、勉強を教え、奨学金の手配をした。
セレーナ(クールな生徒会長)へ: 彼女の仕事の負担を減らすため、裏で泥臭い書類仕事を片付けた。
その結果。
2. ヒロインたちの変貌
「ヴィンセント様、お茶をどうぞ。これ、私の血……じゃなくて、秘伝のハーブを入れた特製なんです。一口残さず飲んでくださいね?」
リリアが差し出してきたティーカップが妙に赤い気がするのは気のせいだろうか。
さらに、後ろから冷たい声が響く。
「あら、リリアさん。ヴィンセント様の休憩時間は、私と資料整理をする約束よ。……アリシア、あなたもそこに隠れていないで出てきたら?」
植え込みの影から、モゾモゾとアリシアが現れる。その手には、なぜか俺の脱ぎ捨てたはずの予備のネクタイが握られていた。
「ヴィンセント様……。私、あなたのためなら何でもします。例え、この学園の全生徒を敵に回しても……うふふ、死ぬ時は一緒ですよ?」
3. 詰みゲーの予感
おかしい。
俺はただ、平和に、みんなと仲良く、穏やかな老後を送りたかっただけなんだ。
なのに、なぜだろう。
「追放エンド」よりも「監禁エンド」の足音が間近に聞こえてくるのは。
「ヴィンセント様、誰を選ぶんですか? ……あ、『誰も選ばない』はナシですよ? もしそう言ったら、今ここで誰が一番あなたを愛しているか、血の海で証明しなきゃいけなくなりますから。」
三人のヒロインが、一斉に一歩踏み出してきた。
俺の生存戦略(優しさ)は、どうやら劇薬すぎたらしい。
三人のヒロインに囲まれ、背中に冷たい汗が流れる。
かつては「ゴミを見る目」で見られていたのに、今は「逃がさない獲物を見る目」に包囲されている。
「……あ、あの、みんな。一旦落ち着こうか。ここは学園の中庭だし、人目も――」
俺の言葉を遮るように、生徒会長のセレーナが一歩前に出た。彼女は生徒会で使っている鋭い裁断機……ではなく、なぜか俺のスケジュール帳を手にしている。
「人目? 構わないわ。ヴィンセント。あなたの今日の放課後、『リリアとのお茶会』は既に私が抹消しておいたから。」
「ちょっと! セレーナ様、勝手なことをしないでください!」
リリアがティーカップをガタガタと震わせながら食ってかかる。
「あら、リリア。あなたの実家は最近、我が家が融資している商会と取引を始めたでしょう? ヴィンセント様を独り占めしようとするなら、その契約……考え直してもいいのよ?」
「……ッ! それは職権乱用ですわ!」
リリアの瞳からハイライトが消え、深い闇のような色に染まる。
「いいですよ。家が潰れても、ヴィンセント様さえ私を見てくれるなら……。むしろ、私と一緒に堕ちてくれますよね、ヴィンセント様?」
逃げ場のない包囲網
二人の火花が散る中、俺はそっと後ずさりをした。
すると、背中に柔らかい、けれど逃げられない感触が当たる。
「ヴィンセント様、どこへ行くんですか……?」
耳元で囁くのは、庶民派ヒロインのアリシアだ。
彼女は俺の腕を、折れんばかりの力で抱きしめている。
「私、知ってるんです。ヴィンセント様が夜、図書室で一人で勉強していること。……私、その机の下で、ずっと息を殺してあなたの足音を聞いていたんですよ? 幸せでした……。」
「……え、あの時いたの? 怖っ」
思わず本音が漏れるが、彼女はうっとりとした表情で俺の首筋に顔を寄せる。
「ねえ、お二人とも。ヴィンセント様を奪い合うのは勝手ですが、彼が最後に帰るのは、私が用意した『秘密の部屋』ですよ。 もう鍵もかけて、窓も塞いでおきましたから。」
勘違いの果てに
どうしてこうなった。
俺はただ、前世の記憶を頼りに「攻略対象外のモブにも優しく」「ヒロインには紳士的に」接しただけだ。
リリアへ: 彼女の誕生日に、前世の知識で「枯れない花」を贈った。
結果:「永遠の愛の呪い」だと解釈され、彼女はそれを神棚に飾って毎日拝んでいる。
セレーナへ: 過労で倒れそうな彼女に「たまには休んでください」と膝枕をした。
結果:「この膝は私だけの聖域」と認定され、他の女子が俺の半径1メートルに近づくと、彼女の権力で停学届が飛ぶようになった。
アリシアへ: 腹ペコだった彼女に、俺のお弁当を半分分けた。
結果:「私の血肉は半分ヴィンセント様でできている」という謎の理論が完成し、彼女の主食が俺の食べ残しになった(らしい)。
「さあ、ヴィンセント様。選んでください。」
三人が同時に、俺の腕や服を掴む。
リリアは「純愛という名の呪縛」を。
セレーナは「権力という名の監禁」を。
アリシアは「献身という名の執着」を。
「……誰の手を取るのが、一番『生存ルート』なんだ……?」
俺は天を仰いだ。空はあんなに青いのに、俺の未来はどす黒いピンク色に染まっていた。
三人のヒロインが火花を散らす一触即発の事態。俺は心の中で「誰か、助けてくれ……!」と、かつてないほど切実に願った。
その時だった。
「――あらあら。皆さん、そんなにヴィンセント様を困らせては可哀想ですよ?」
修羅場の中心に、鈴を転がすような涼やかな声が響く。
現れたのは、学園の図書委員であり、原作ゲームでは「攻略対象外」のサブキャラクター、エルナだった。
眼鏡をかけ、いつも地味な制服を着ている彼女は、この狂ったヒロインたちの包囲網を、まるで散歩でもするかのような足取りで割って入ってきた。
「エルナ……! 助かった、君なら話がわかるはずだ!」
俺は藁をも掴む思いで彼女の背後に隠れた。エルナは原作でも「物静かで理性的」なキャラクター。狂ったヒロインたちの毒気に当てられていない唯一の希望だ。
だが、セレーナが忌々しそうに目を細める。
「……図書委員のエルナ。あなた、何のつもり? これは私たちが解決すべき『愛』の問題よ。部外者は去りなさい。」
リリアも、手にしたティーカップを握りしめながら睨みつける。
「そうですよ。ヴィンセント様との『永遠』を邪魔するなら、容赦はしませんわ。」
しかし、エルナは動じない。それどころか、ふふっと小さく笑って俺を振り返った。
1. 完璧な「聖域」の正体
「ヴィンセント様。私が用意した図書室の奥の『禁書庫』なら、誰も入ってこれません。そこにはふかふかのソファも、美味しいお菓子も、そして……私の手書きの『日記』もありますよ?」
「……日記?」
俺が首を傾げると、彼女は眼鏡を指先でクイッと上げた。その奥の瞳が、ゾッとするほど澄んでいる。
「はい。ヴィンセント様が転生してから、今日までに私に掛けてくれた言葉、私に見せてくれた微笑み、そして……あなたが眠っている間に私が数えた、あなたの睫毛の本数まで。 全て一字一句漏らさず記録してあります。」
……待て。今、聞き捨てならない単語が混ざっていなかったか?
2. 「無害な観察者」が一番危ない
「転生……? エルナ、君、今なんて……」
「あら、気づいていなかったんですか? 私、あなたの『前世の独り言』、全部聞いていたんですよ。あなたが夜の庭で『なんで悪役転生なんだよー!』って叫んでいたあの日から、ずっと。」
エルナの細い指が、俺の頬を撫でる。その指先は氷のように冷たい。
「他の方々は、あなたの『今』を愛しているようですが……私は違います。私は、あなたの『中身(魂)』が入れ替わったその瞬間から、あなたの全てを観察し、記録し、愛でてきたんです。」
「…………」
「つまり、あなたの正体を誰よりも知っているのは、私だけなんです、ヴィンセント様。」
3. 三つ巴から四面楚歌へ
「ちょっと待ちなさいよ! その地味な女が一番タチが悪いじゃない!」
セレーナが叫ぶ。
「ヴィンセント様を『観察』していたなんて……不潔です! 盗聴、盗撮、ストーキング! 庶民のアリシアさんより質が低いですわ!」
リリアが激昂する。
「……負けません。観察してた長さなら、私のほうが……!」
なぜかアリシアまで対抗心を燃やし始める。
エルナは俺の手を優しく引き、耳元で吐息を漏らした。
「さあ、ヴィンセント様。私を選んでくれれば、正体をバラしたりしませんよ? その代わり……一生、私の管理下で『記録』され続けていただきますけど。」
地獄の四択。
逃げ場を求めた先は、俺の最大にして唯一の「秘密」を握る、一番ヤバい女の懐だった。
四面楚歌の状況で、俺の頭にひとつの「希望」が浮かんだ。
そうだ、このゲームの本来の主人公――光り輝く第一王子、カイル様なら。
彼は正義感が強く、悪を挫き、弱きを助ける完璧なヒーローだ。今の俺は(自業自得とはいえ)完全に「ヒロインたちに精神的に追い詰められている弱者」……!
「悪いが、みんな! 俺、王子に呼ばれてるんだ!」
俺はエルナの手を振り切り、全力で生徒会室の奥にある王子の執務室へと駆け込んだ。
「カイル様! 助けてください! ヒロインたちが……いや、婚約者たちが怖すぎて死にそうです!」
ドアを勢いよく開けると、そこには金髪をなびかせ、優雅に書類に目を通すカイル王子がいた。
彼は俺を見るなり、パッと顔を輝かせて立ち上がった。
「おお、ヴィンセント! ちょうど君のことを考えていたところなんだ。……どうした、そんなに息を切らせて。顔色も悪いじゃないか」
カイル様は俺の肩を抱き寄せ、椅子に座らせてくれる。
ああ、なんて温かいんだ。この安心感。これだよ、これこそが友情だ。
「……実は、彼女たちが。俺のちょっとした親切を勘違いして、なんだか執着心がすごいことになっていて……」
「……ああ、なるほど。君のその『無自覚な優しさ』か」
カイル様はふっと目を伏せ、悲しげに微笑んだ。
1. ヒーローの「独白」
「ヴィンセント。君は、自分がどれだけ罪深い男か分かっていないようだね」
「えっ……?」
カイル様の手が、俺の肩から首筋へと滑る。
「半年前、君は僕に言っただろう? 『王子という立場は孤独かもしれないが、俺だけはあなたの味方だ』と。……あの傲慢だった君が、泥臭い政務を代わってくれて、僕の隣で笑ってくれた」
……あ。
確かに、王子のルートが激務すぎて彼が闇堕ちするのを防ぐために、攻略知識を使ってサポートしまくった記憶がある。
「あの時からだ。僕の目に映る世界は、君という光で満たされてしまったんだよ」
2. 王子の「王道」な暴走
「カイル様……? 冗談ですよね? あなたにはリリアとか、他のヒロインたちが――」
「ヒロイン? ああ、あの女たちのことか」
王子の声が、一瞬で零下まで冷え込んだ。
「君を囲んで悦に浸っている連中だろう? 安心するといい。王族の権限で、彼女たちには遠方の領地への『視察(追放)』を命じておいたよ。……今頃、兵士たちが向かっているはずだ」
「……はい?」
「これで、もう邪魔者はいない。君は僕と一緒に、この王城の最上階で暮らせばいいんだ。国政は僕がやる。君はただ、僕の隣で笑っていてくれればそれでいい……」
3. 窓の外からの「殺気」
その時、ガシャン!! と執務室の窓ガラスが割れた。
「王子。……私のヴィンセント様に、汚い手で触らないでくださる?」
窓枠に立っていたのは、屋根を伝って現れたセレーナと、その影に潜むアリシア。
「王族の命令? ふふ……。王家を支える我が公爵家が本気を出せば、クーデターなんて造作もないことですわよ?」
庭からリリアの声が響く。
「王子の秘密……隠し持っている『禁断の魔法具』の使用履歴、全て記録済みです。公表されたくなければ、そこから離れてください」
いつの間にか部屋の隅にいたエルナが、冷たく告げる。
「……ヴィンセント。君は、誰が一番『力』を持っているか、分かっているよね?」
王子が俺の腰を引き寄せ、腰の剣を抜く。
窓の外からはヒロインたちが魔法を構え、影からはストーカーたちがナイフを煌めかせている。
俺は悟った。
このゲームに「安全地帯」なんて最初から存在しなかったんだ。
ついに、ヴィンセントは覚悟を決めた。
このままでは学園が、いや国が滅ぶ。これ以上、彼らの「重すぎる愛」をぶつけ合わせるわけにはいかない。
俺はカイル王子の腕をそっと解き、割れた窓から身を乗り出しているヒロインたち、そして影に潜むエルナを真っ直ぐに見据えた。
「みんな、やめてくれ! 俺のために争うのは、もう終わりだ!」
その場にいた全員の動きが止まる。
カイル王子は剣を引き、リリアは魔法の杖を下ろし、セレーナとアリシアは窓枠で固まり、エルナは手帳を閉じた。
「ヴィンセント様……? それはどういう意味ですか? 私だけを選んでくださるということですよね?」
リリアが期待に満ちた、しかし底の知れない瞳で問いかける。
俺は深く息を吸い込み、前世のギャルゲー知識(全ルート攻略済み)を総動員して、一番「危険で、かつ甘い」解決策を口にした。
1. 「全員が俺の特別だ」という暴論
「……選べないんだ。俺にとって、君たちは全員、かけがえのない大切な存在なんだよ」
その瞬間、場に冷気が走る。
「……つまり、二股……いえ、五股をかけるということかしら?」
セレーナの声が低く響く。
「違う! 股をかけるんじゃない。俺が、君たち全員を『平等に、全力で』幸せにするって言ってるんだ!」
俺は一人一人の目を見て、その「弱点」を突くような甘い言葉を並べた。
リリアへ: 「君の純粋な愛を、俺が一生かけて受け止める。だから、そのハーブティー、毎日一緒に飲もう(毒味は覚悟の上だ)。」
セレーナへ: 「君の激務を、俺が隣で支え続ける。君の権力は、俺たちの平和を守るために使ってほしい。」
アリシアへ: 「君がどこに隠れていても、俺が必ず見つけ出す。だから、もう隠れなくていい。俺の隣が君の居場所だ。」
エルナへ: 「俺の正体も、魂の行方も、全部君に記録させてあげる。君だけが知る俺を、もっと増やしてくれ。」
カイル様へ: 「王子の孤独は、俺が埋めます。国を背負うあなたの、一番の理解者で居続けさせてください。」
2. 狂愛の調和
沈黙が流れる。
彼らの頭の中で、高度な計算がなされているのがわかる。「独占できない」不満と、「ヴィンセントを失う」恐怖、そして「他の誰かに独占されるよりは、共有の方がマシ」という妥協点。
「……ふふ。面白いわね。私を満足させる自信があるのかしら、ヴィンセント?」
セレーナが不敵に笑う。
「毎日、私の日記をチェックして、判子を押してくださるなら……妥協してあげてもいいですよ?」
エルナが眼鏡を光らせる。
「僕の隣に君がいるなら、他の雑音は……まあ、許容範囲内だね」
カイル王子が剣を鞘に収める。
「……じゃあ、月火水木金土でローテーションですね? 日曜日は、みんなでヴィンセント様を囲む日にしましょう!」
アリシアが恐ろしい提案を笑顔でぶち上げる。
3. 終わらない修羅場(ハッピーエンド?)
こうして、悪役令息ヴィンセントの生存戦略は、「全員の愛を正面から受け止める」という、世界で一番ハードな多重婚(予定)へと着地した。
数年後。
そこには、国王の側近として辣腕を振るいながら、公爵令嬢の夫であり、聖女の守護者であり、大富豪のパトロンであり、謎の賢者の観察対象である、過労死寸前のヴィンセントの姿があった。
「……俺、優しくしなきゃ良かったかなぁ……」
豪華な馬車の中で、四方向から腕を絡められ、正面に座る王子に足を絡められながら、ヴィンセントは遠い目をして呟く。
だが、隣で幸せそうに微笑む彼女たちの顔を見ると、彼はどうしても突き放すことができない。
彼の「悪役転生」は、嫌われるどころか、愛されすぎて逃げ場のない「永遠の監禁」へと続いていくのだった。
【完】




