なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
だから婚約破棄とかしないでください! ~これがハッピーな選択ですわ!~
いつもの。婚約者同士の空疎なお茶会。
で、いきなり爆弾発言。
「実は……君と婚約破棄しようと思うんだ」
すまなそうに婚約者が言いましたわ。
よっしゃ!
これで慰謝料ゲットですわ!
「たはっ」
ボンクラ付きのメイドが頭を押さえて天を向いています。呆れてるのでしょう。
ですが、変ですわね。
このメイドこそが、ボンクラの『真実の愛(笑)』のはずですけど。
こっちを見て勝ち誇ったり、いやしい笑いを向けてくると思っていたのですけど。
まぁいいですわ。
わたくしは、あっさりと、
「あ。そうですか。承りました」
未練?
あるわけありませんわ!
お顔は確かに整っていらっしゃるけど、それだけですもの。
その顔だって、4ランク(わたくし比)上の美しい顔を毎日見ているので、惜しくもなんともありませんものね!
「だが、両家の約束だから、公衆の面前で婚約破棄でもしないと出来ないと思うんだ」
「なるほど。了解しましたわ」
今度の卒業式のパーティで。ということですわね。
で、このかた、廃嫡ですわ!
ですが、こちらには好都合。
わたくしはわたくしで、賠償金をがっぽり毟り取って、めくるめく愛の生活へ突進させていただきますわ!
まずは、彼が冤罪で潰された侯爵家の落胤である証拠を使って――
「あの発言してもよろしいでしょうか?」
とボンクラの斜め後ろに控えたメイドが言うから、
泥棒猫が何をほざくか少しだけ興味がわいて。
「どうぞ。あなたも当事者のひとりですもの」
さぁさぁさぁ!
醜い勝ち誇りだのを見せて一時の勝利にひたってくださいませ!
あとで酒の肴、もといお茶会の話題の種になりますわ!
すっかーん。
メイドはいきなり、ボンクラの頭をはたきました!
「ほぐぅっ!?」
ええっ!?
しかも伝説のハリセンで!
「この、スットコドッコイ!
あたしは、そういうことは絶対にやめろって言いましたよね!
気の迷いにでも言うなって言いましたよね! 何度も何度も何度も! 今朝も!」
「だ、だって、こうしないとキミが遠慮し――」
「遠慮じゃないです!
念をおして念をおして言いましたよね遠慮じゃないって!」
「もういいんだよ遠慮しなくても」
「人の話を聞け! あたしは愛人でいいって言いましたよね! というかそれくらいが丁度いいって!
口を酸っぱくして繰り返し繰り返し言いましたよね!
このひととぼっちゃんは何の愛もないんだから、あたしが愛人で何も問題がないって言いましたよね!」
ボンクラは傷ついたような顔で。
「そ、それは、だって、キミだってほんとうは正さ――」
「あのですね。あたしは平民ですから、愛人で十分なんですよ!
そりゃ、あたしは、そういうバカだけど真面目でかなりお花畑で頼りないぼっちゃんがだーい好きですよ!
でも、現実と妄想は切り分けないといけません! 腐って破滅です!」
わたくしは思わず口を挟んでしまいました。
「あ、好きなんですのね。その割には随分と辛口ですけど」
「愛ゆえです。
それに正直、婚約者様から見てどうです?
ぼっちゃんって庶民になってやっていけると思いますか?」
「思いませんわ」
「食い気味に断言された!」
「ですよねー。
あたしは、まぁ、普通に仕事があればこの宿六を養えなくはないと思うんですよ。
一応、メイドを務めさせていただきながら翻訳家もやってますし、他にもいろいろ」
あら意外に知的ですわ。
報告書にもそんなことは……。
「そうなんですの?
どんなものを訳していらっしゃるのかしら?」
「いろいろやってますよ。
一番最近出版されたのだと『ラブロマンスは突然に』とかいうのを」
「あ、それ知ってますわ!
でも、翻訳者は確か男性だったような」
「女性が翻訳してると、それは間違ってるとか、ここは解釈違いとか、うざい手紙がいっぱい出版社に来るんで」
わたくしは思わず立ち上がり、
「あ、それはなんか判りますわ!」
後ろで執事が、わざとらしく咳をしております。
はいはい、おしとやかにね。判っておりますわ。
わたくし、あなたの前以外では、おしとやかですわよ!
「え。婚約者様もですか?」
「ええ、男の仕事と同じくらい大切な仕事をしていても、女がやっている仕事を軽蔑する殿方はいますわ!」
「自分でやってみろ! ですよね!」
「まったく!」
あら、いけませんわ。
このままだと、泥棒猫(?)と意気投合してしまいそうですわ。
わたくしは席に座って、紅茶をひとくち。
そうですわいくらあの作品を翻訳しているからと言って――
「!」
ということは――、
「あの作者様の作品を全部訳していらっしゃるとか!?」
「ここ3年ばかりは」
「も、もしかして作者の方に会ったことは?」
「その辺はビジネスなんで、語句の解釈とかを問い合わせたことがあるくらいです。
それに、ああいう話、あたしはあんまり興味がないんで」
「なぜ!?」
「婚約破棄された会場で、いきなり大国の王子に求婚されるとか、ありえないですよね。
絶対に裏があるでしょうし、国内国外とも解決すべき問題が大量発生してしまうはずです。
それがどうも引っかかってしまって……ああいうの何が楽しいんでしょう?」
……すいません。
わたくし,結構、あの方の作品好きなんですけど。
「ほかには?」
「先月出た『天体の運行についての覚書』とかですか」
「!」
最新の天文学の知見が書かれた本ですわ!
すごいですわこの方!
なんでこんなボンクラのメイドとかやってるんでしょう? 謎ですわ。
わたくしの彼、ではなくて執事も優秀ですけど、わたくしも優秀ですもの! つりあいが取れてますわ!
「……でも、婚約破棄の元凶になったら、まず、どこも雇ってくれませんよね……」
「まぁ……そうですわね」
うちの父が絶対に何かしますし。
こんな才能を潰すのは惜しいですけど。
このボンクラが勝手に滅びるのは自業自得ですが、この人を巻き込むのは惜しいですわ!
メイドさんは、溜息をついて、
「あたしが働けなかったら、一瞬で最低生活ですよ!
あたし、さすがに好きでもない方にカラダを売るとかはやりたくないんで」
ボンクラは、ジトっとした視線を浴びて、さも心外だというふうに、
「ぼ、ボクはそんなことさせない! 愛するキミに迷惑はかけない!」
「すでにかけようとしてます!
ぼっちゃんがこういうことをしでかすと、いやでもそういうことになるんです!
わかったかこのスットコドッコイ!」
「は、はい」
わたくしは思わず、
「あの……このひとが働くというのは?」
「働けると思います? 生まれてからここまでちやほやされまくってヨシよしされてばかりの純粋培養ぼっちゃんが!」
「思いませんわ!」
「ま、また食い気味に言われた!
それに、ちょ待ってよ!
どうしてボクが廃嫡になる前提に! 真実の愛なんだよ!」
あまりのお花畑加減に、かえって憐みが湧きまして、
「そちらの方はよくわかっていらっしゃるようですし、懇切丁寧にその風通しのいい頭に言い聞かせたみたいですが、わたくしからも言いますわ。
両家の経済的な結びつきを保証するこの婚姻。
それを破棄したら損害は莫大なものです。その責任は何らかの形でつけねばなりませんよね?」
「しかも、ぼっちゃんの家のほうが大損害ですから。旦那様が発狂即激怒するのは目に見えてますよね!」
「うっ。で、でも、だって」
「デモデモダッテじゃありません! あたし『婚約破棄をしでかしたらぼっちゃんの未来はこうだ!』ってレポートも渡しましたよね!」
あ、ちょっとそれ見たいですわ!
ボンクラ婚約者はモゴモゴと、
「そ、それはキミが身分差に遠慮してるから、その口実だと……」
「まだ言うか!」
「あの、さっきから凄く疑問なんですけど。元婚約者の――」
後ろの執事が、そっと耳元で囁く。
「正式に解消されたわけではないので、お嬢様は、まだ婚約者でございますよ」
「そうです! ぼっちゃんもまだ婚約者です!」
囁きと、勢いに思わず気おされて、
「あ、はい」
と返事してしまったわたくしは、咳ばらいをひとつして気を取り直し、
「わたくしから見ても、あなたは彼に勿体ないんですが」
いきなりボンクラが目を輝かせ、
「そうなんだよ! すごいだろ彼女――」
なぜかメイドさんは胸を張り――あら、わたくしよりちいさいですのね――
「先程も言いましたが、あたしは、ぼっちゃんのそのお花畑思考が嫌いじゃありません!
この人にはあたしがついていないとダメですね! という使命感がもりもりわくんですよ!
例えるなら生まれたてで小雨に濡れている子犬を見ているような!」
わくんかい。小犬かい。
「子犬……ですか……」
「嫌いじゃありませんがっ。
そんなもの現実の危機の前には、犬に食わせるほどの価値もありません!
ですよね?」
「まぁ……そこまで言うのもどうかと思いますが、経済的に見ればそうですわね」
「そうなんですよ! なにがなくてもお金なしには食っていけませんから!
ぼっちゃん。あたしのこの、ぐいぐいと歯に衣着せないところがいいとおっしゃってくださいましたが、だったら、あたしの言葉もちゃんと聞きなさい!
ぐいぐいいう奴が遠慮とかするかボケぇ!」
ボンクラは、メイドさんに一喝され、しゅん、
「は、はい」
「婚約破棄はしない。いいですね?」
「あ、はい」
これであの作家様が翻訳されるペースが落ちることもなくなって。
めでたしめでたしですわ――あら?
これはまずいのでは?
わたくし、ボンクラ婚約者はともかく、この方のことはどちらかというと好ましいですけど。
ですが、わたくしの希望が叶わなくなるのはいやですわ。
慰謝料がっぽがっぽのち、めくるめく愛とラブの生活が!
「ちょっと待って下さいませ!
貴族ともあろうものが口に出した言葉を撤回するのですか?」
わたくしの後ろの執事がそっと、
「お嬢さま、ここで波風をもう一度わざとらしく立てるのはいかがかと……」
メイドさんが、
「うまくいきそうなのに水ささないでください! このぼっちゃんにそんなプライドがあると?」
「あー」
確かに。子犬ですものね。
「ぼ、ボクにもプライドくらいはある!」
「ないとは言ってません。どんなに小さくてもプライドはプライドですから」
わたくしは、ちょっと興味が湧いて、
「それって、どのくらいの大きさを想定しているんですの?」
メイドさんは、ほほに手をあてて小首をかしげて、
「うーん。そうですね。ペンケース程かと。持ち運ぶのに便利ですし、いらない時はしまっておけますし」
わたくしの執事まで、
「納得で御座いますね。その大きさなら、一時的になくしたふりをするにも便利で御座いますから」
「……確かに、今こそいらないから、しまっておくべき時ですわね……」
あれ? なんだか子犬、もといボンクラが、ぷるぷる震えていますわ。
「み、みんなひどい! ひどいじゃないか! これでもボクは、跡取り息子なんだ! 貴族なんだぞ!」
「ぼっちゃん。誰もそれを忘れてはいません。ただ今は脇に置いておくか、どこかへ忘れたふりをしろ、と言ってるだけで――」
ボンクラは立ち上がって絶叫した。
「ボクは断固として撤回しないぞ!」
おお! 言った!
ペンケースがあふれましたわ!
「たはっ。ペンケースより大きなプライドあったんかい!? 撤回しなさい! 今すぐ即刻! そんな身の丈にあわないものはドブにでも捨てて!」
「し、しない。ボ、ボクだってのぶれすおぶりーじゅだ! いくら愛するハニーのいう事でもそれはできないっ!」
ボンクラがやってくれましたわ!
これで相手の有責で婚約破棄。
しかもわたくしの希望も叶う。
メシウマですわ!
「おほほ。では、のちほど婚約解消の手続き――」
わたくしが立ち上がろうとした瞬間。
メイドさんが、ぼそっと呟きました。
「温室でのあいびき」
「!」
ピキっとわたくしの身体がフリーズしました。
ど、どうしてこの方が知ってるんですの!?
「そして、お嬢さまの側に控えている執事。本当は冤罪で族滅されたどこぞの侯爵家の隠し子なんでしょ」
「な、なんで知ってるんですの!?」
い、いけませんわ。
余りにも予想外な角度からの攻撃に、自白してしまいましたわ!
「え? あ? は? かくしご? え、えと」
ボンクラは目を白黒。
「んで、ぼっちゃんと婚約解消できれば、そのひとに乗り換えるつもりなんでしょ!」
「ぎ、ぎくぅ。な、なななななな」
「そして、ふたりだけ幸せになるつもりなんでしょ! ふふふ。そうは問屋がおろしません!」
「でっでっ、でたらめですわ!」
背後の執事から盛大な溜息が漏れました。
「申し訳ありませんお嬢様。そのあたり、先方はとっくの昔からご存じなので」
「なっ」
「私ども、立場が似ているというか、同病相憐れむというかで……。愛人同士というか……」
「………」
ボンクラは、更に積み重なっていく情報に完全フリーズしています。
メイドさんは、やれやれ、という感じで、
「お嬢さま、そのひとを責めちゃいけません。
うっかりなぼっちゃんが忘れ物をして、あたしが取りに戻った時、おふたりのことを見てしまったんですよね」
「な、なにをですの!?」
「言うんですか? 言ってもいいんですか?」
「言わないと判らないでしょう!」
大したことないかもしれないじゃありませんか!
例えば、顔合わせが終わったんで、緊張が解けて、大股広げてクッキーを齧っていたくらいかもしれませんわ!
「おふたりが熱いべーぜを交わしているところを。何年何月何時に見たかも言いましょうか?」
「!」
うわぁ。クリティカルですわ!
「まぁ、だから、あたしには余り罪悪感とかないんですよね。というか親しみさえ湧いたといいますか」
「み、見られた!? アレ見られたの!?」
思わず執事を振り返ると、
「はい。何度か見られております」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! ちょ、ちょっとなんでそんなに冷静なのよ!」
「失礼ながらお嬢様はお頭が切れる癖に、あちこち抜けております。婚約者さまも頭の中が南国のパイナップル畑感があるので、いつかこうなるかと」
なぜか、メイドさんとわたくしの執事はうなずきあい、
「あたしと彼としては」
「おふたりが結婚して、互いに愛人付というのが」
「「一番穏当で平和です!」」
いけません!
ここで何とかしないと、わたくしの将来が凄くややこしそうなことに!
「い、いやちょっとそれは、そ、そんな爛れた関係は――」
メイドさんが、にやり、と笑い、
「婚約者がいるのに、堂々と浮気して、まぁ結婚してないからセーフとしても、いや、お貴族サマだからセーフじゃないか」
執事が、いつもの口調で、
「セーフではございませんね。限りなくアウトかと。黒に限りなく近いホワイトかと」
「それって黒ですわ!」
「つまりですね! ここは全員で破滅するか」
「とりあえずお互い愛人付きで結婚するかの二択でございますね」
有能な執事と有能なメイドさんの間で、未来が勝手に進んでる!
わたくしとボンクラが主人なのに!
「ちょっ、ちょーっとお待ちになって! どうしてわたくしまで破滅に!? あちらだけですわ勝手に破滅するのは!」
「そのお付きの彼のことをばらします。ふたりは出来てると言います」
「ふ、ふーん。も、目撃だけじゃ足りないんじゃないかしら? おほほ」
「お嬢さま、先方は既に証拠を握っておられます」
「は?」
メイドさんは、ひどく悪い顔をして、
「それに、お嬢さぁん、もうバージンじゃあありませんよね? あたしはそういうのどうでもいいですが、お貴族サマでは問題じゃあないですか?」
執事も重々しく
「由々しき問題でございますね。ああ、私の仕える主人にそんなスキャンダルがあったなんて! かなしうございます」
って、わたくしのバージン奪ったの貴方でしょうが!
あのめくるめく夜。甘い甘い賞賛、いやらしくも繊細な手つき……ああん。
たくましい腕、知的なささやき、愛情に満ちたまなざし……。
って、何をわたくし思い出してるんですの!?
「うー」
頭を抱えて苦悩するわたくしに、更なる追い打ちが、
「ぼっちゃんちは脇があまくて影もいませんが、そっちはあたしが愛人ってことを知ってて、しかも、放っておいたんですから、それもちょっと、ねぇ?」
「知っていて放っておいた。黙認していた。と解釈されかねませんね」
「うっ」
「それと、翻訳とかしてると、いろいろと普通の人が知らない情報が入ってくるんですよね……誰とは言いませんが、外国向けの文章の翻訳とかしてるので……」
「!」
わたくし、執事の方へ思わず振り返り、
「もしかしてパパって……外国相手に何か後ろ暗い事とか、してませんわよね!? してないっと言ってくださいませ!」
執事は、肩をすくめながら首を振る、という器用な動作と共に
「旦那様は、お嬢さまのお察しの通り、かなり後ろ暗いことをしていらっしゃるようで」
メイドさんは、にいやり、と笑い、
「くくく。あたしが、牢屋にぶちこまれたら」
「用意された文章が多方面に送付されるようになっている、かと。そうなったら大変で御座います。我が由緒ある侯爵家はお取り潰し、旦那様は牢屋へ、お嬢様はあいまい宿へ」
「あいまい宿ってなによ!」
「連れ込み旅館兼娼館のことで御座います。もちろん、他の男の毒牙にかかる前に、わたくしがお救いして、どろどろに溶けるほど愛してさしあげますが……おいしいお菓子や料理や観劇は流石に無理かと」
「うちのぼっちゃんも生活能力ないけど、そっちにもないよね」
「遺憾ながらその通りで御座いますね。それに、この方が語学に堪能なのは、お嬢様にとっても悪い話ではないかと」
「わ、わたくしだって、ちょ、ちょっと3か国語は喋れますわ!」
「あたしは5か国語読み書きできて、話すだけなら10か国! それにあの作者の次回作、あたしが翻訳することになってるんですよね」
メイドさんは意味ありげにわたくしを見ました。
「!」
もしかしてわたくし、あの方の神作を真っ先に読める読者に!?
「つまり現状維持こそが、双方にとって最大のメリットが期待できるので御座いますよ」
なんかそれがいい気がしてきましたわ。
確かに……損がないどころか、得しかありませんわね。
わたくし少々語学が。三か国語と言っても、文章を書くのはちょーっと苦手な言語も……このメイドさんに手伝ってもらえれば……。
……。
いや、ちょっと待て。
「貴方方、結託しているのではなくてっ!? 息が合いすぎですわ! パパのヤバイ文章だって、なぜ流出――」
「ですから。同病相憐れむというか、愛人候補同士というか」
「まさか! さっきの証拠とやらも、貴方がメイドに提供した分があるんじゃないんですの!?」
なぜか執事は、さわやかな笑みを浮かべて、
「我らが手を組めば、お嬢様もそこのボンク……もといぼっちゃんも無敵では御座いませんか」
「いや、だって、貴方侯爵家の隠し子でしょ! 証拠だってもってるじゃない! このボンクラと手が切れたら、わたくしと堂々と結婚できるでしょう!」
「……」
え? 今、執事。面倒くさそうな顔しましたよね!?
「お嬢様。確かに私は滅びた侯爵家の落胤。なかなか浪漫的な出自でありますし証明も可能ではありますが……よく考えてくださいませ」
執事はうやうやしい態度で、わたくしを諭してきやがります。
くぅ。噛んで含めるこの口調。すずやかな声。
真摯な瞳。
ああ、こんな顔をされたら聞いてしまいますわ!
「ま、まぁ聞くだけ聞きますわ」
「滅びた侯爵家が復興する。ですが、その領地は? 貴族家同士の力関係は? 更に我が侯爵家を滅ぼした相手の処罰は? しかもその侯爵家とお嬢様のご実家が結ぶとなれば……」
「大変なことになるでしょうね。政治的に。結婚どころじゃなくなるんじゃないかな」
「ですから、正直に言えば、侯爵家を復興させるなど、労多くて害ばかり多いかと」
「……貴方、単に面倒なだけですわね」
「お嬢様を愛する時間が減るのは、耐えがたいことですので」
なにその理性では出まかせだと判るのに、魂にグッとくる理由!
しかも、このクールな澄ました顔。
この顔と口調に、わたくしやられ続けているのですわ! 昼も夜も!
「……ひとつだけ確認しておきたいのだけど」
「なんで御座いましょうか?」
「わたくしのこと、愛しているのよね?」
執事は全くためらいなく、
「もちろんでございます」
ここまできっぱり言われてしまうと。
これでいいか……という気がしてしまいますわ。
愛のせいかしら? 愛って安易ですわ!
でもでもだって、このアイデア、わたくしにとっての損が見当たりませんわ!
「……ボクからひとつ聞いてもいいかな?」
元……あ、いえ今でも、それどころかこれからも婚約者が恐る恐る手をあげました。
ようやく情報を飲み込め終えたのかしら?
「いいですわよ」
「つまり……君にも真実の愛がいるということ……でいいのかな?」
真実の愛。
なんかその言葉はいやですけど!
金貨が金紙で包まれたチョコレートになってしまうみたいですけど!
偽物っていうわけでもありませんから……。
「まぁ……そう解釈なさっても、それほど間違いではないと思いますわ……」
「おお! つまりボクらは愛する相手はちがうけど、魂は同じってことだね! この4人がこうして集ったのは運命だったんだ! これは奇跡だよ! ボクらは4人で結婚する運命だったんだ!」
うわぁ。
ボンクラに喜ばれると、なんか複雑ですわ!
しかも同じとか!
運命とか奇跡とか! よくも恥ずかしい単語をペラペラと!
ですけど、執事とメイドさんはうなずきあって、
「つまり、あたしたち4人はみんな同志ってことです!」
「利害関係が美しいまでに一致した運命共同体でございますね。麗しい友愛の始まりで御座います」
なんか美しい言葉で強引にパッケージングされてますけど!
すごく爛れまくってますわ!
しかも、その中のわたくしもひとりですわ!
「あたしはぼっちゃんと、執事さんはお嬢様となんだから、健全ですね!」
「そうでございますね。相手をとっかえひっかえする、というようなディープな性癖ではございませんし」
そ、そう言われればそんな気がしてきましたわ!
爛れていない……え……なんか、え、ええっ!?
「お嬢さま。眉間にしわを刻み続けますと。その美貌にいささかのダメージが蓄積されるかと」
「貴方達のせいですわ!」
「では、どうすればよろしいでしょうか?」
「……じゃあ、それを解消するために、わたくしをずっと愛しなさい」
「もちろんでございます」
あ、だめ。
やっぱり、この爽やかな口調に転がされてしまいましたわ!
「そ、そこまで貴方に言われたら……そのアイデア呑み込んであげてもいいですわ!」
そして。
合理的で誰も損をしない選択の結果。
2カ月後、わたくしとボンクラは結婚しましたわ!
ふたりとも素敵な愛人付きで。
めでたしめでたし……ですわ!
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




