二人きりの異文化交流
はじめまして。
この作品は、京都を舞台にある青年と留学生との出逢いをきっかけに、青年の心情や見える景色が変化・成長する物語です。
言葉や文化の違い、恋を通じて、物語は進行します。
筆者の大学生活の経験を背景に脚色した物語ですが、最後まで読んでいただけると幸いです。
世界はいつから黒と白の世界になったのだろうか。
そんなことを考えながら、僕は大学構内を歩いていた。
まだ、桜が五分咲きにも満たない枝先が、冷たい風に揺られている。春は確かに来ているはずなのに、僕にその実感はない。
文学生として京都で迎える四年目の春。
周囲は就職活動や新入生のこと、恋愛のこと、春休みのこと、いろんな話題で満ちていた。
「初任給はいくらがええんやろ」
「一年生に可愛い子おるかなぁ」
「休みは、インターンばっかしとったけん、全然遊べてないんよー」
そんな会話が、当たり前のように構内を歩いていると耳に入ってくる。
誰もが楽しそうに自分の将来や過去について語っているはずなのに、どこかちっぽけな言葉ばかりが並んでいるように感じた。
まるで、誰かに用意された答えを、順番に読み上げる、型のような学生生活から、僕はこの世界が心底嫌いになっていた。
四月八日、新学期が始まった。
「おーい、かい、元気か」
そういって声をかけたのは、友人の熊本だった。一年生の頃に、第一選択言語の中国語クラスで出会った数少ない大学の友人だ。身長も体格も小柄だが、態度だけは一人前に大きいやつだ。加えて、大阪出身でゴリゴリの関西弁で話してくる。
「うん、まぁ、ぼちぼちかな」
そう答えるほかなかった。
「ぼちぼちって、お前なぁ、就活はどうやねん、もう本選考は始まっとんねんで」
「一応、受けてはおるけど.....」
歯切れの悪い返事に、熊本は「ふーん」とだけ言って、肩をすくめた。
「まあ、お前はなんやかんやちゃんとやれるやろ」
「そう見えるだけやって」
自分でも驚くくらい早い速度で言い返した。熊本は一瞬だけこちらを見たが、それ以上はなにも言わなかった。
「とりま、このあとの駒見先生のやつ、一緒にいこや」
「うん」
二人で並んで、講義があるクラスへと歩き出した。
こうして隣に人がいるだけで、少しは「普通の大学生」に見えるのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていた。
講義室に入ると、すでに何人かが席についていた。
後ろの方の席に二人で腰を下ろす。
14:40分、チャイムが鳴り響く。4限目の駒見先生の講義が始まった。
この講義は、中国の古典文学についての講義で、主に唐代の漢詩を分析したりする。加えて、楽に単位が取れる授業として学生の中で認知され、人気の授業でもある。
駒見先生が、少し遅れて教室に入り、息を整えることもなく発言した。
「今年度も、この講義を担当する駒見です。よろしくお願いします。あ、それと、今期から留学生の方も参加するので、よろしくお願いします。それでは、レジュメを...」
すると突然、後ろの扉から数人の学生が列をなして入ってきた。
その中に、一人、どこか空気の違う学生がいた。長い艶のある髪を下ろし、白すぎるともいえるその肌の持ち主が教卓の方へ歩いていくのをみて、目が釘付けになってしまった。
「高松、あれが留学生みたいやな」
熊本が、真剣そうな表情で僕に小声でいった。
「みたいだね」
短かく答えながらも、視線は自然とその人を追っていた。
クラスに突然入ってきた数人に、クラスはどよめいていた。なにか先生と話した後、一人ひとりが教卓を背に並び始めた。
「え~、レジュメを配る前に、今期から一緒にこのクラスで授業を受ける留学生を紹介するので、みなさん前を向いてくださ~い」と軽い感じで先生は発言した。
留学生による日本語での自己紹介から講義はスタートし、数人が順番ごとに発言したが、どれも似たような内容で、頭には残らなかった。
そして、あの人の番が来た。
「.....しています。彭長玉、です。中国の東北の方から来ました」
最初の内容は、声が小さくて聞こえなかったが、名前だけは聞き取ることができた。
短い自己紹介ではあったが、彼女の声と容姿だけは強く記憶に残った。
彼女と他の留学生は僕らと同じ列の後ろ側の方に座り、授業を受けることとなった。
必死に先生が説明していることをレジュメにメモする留学生と、スマホでInstagramばかりを見ている熊本や他の日本人学生は、面白いほど対照的だった。
時間が進むにつれ、僕は、春の暖かい気候と駒見先生の柔らかい声のせいで、意識を飛ばしてしまった。
起きたときには、17時00分を過ぎていた。講義が行われていた建物の4階、402号室にはいつのまにか、ほとんどの人が消え、僕と一人の女性だけだった。
それが誰なのかを確認する前に、僕はスマホを見ることを優先した。
熊本からのメッセージがインスタにきていた。
「めっちゃねてたな。今日バイトあるから、先に帰らしてもらうで。ほなまた」と残して、跡形もなくクラスから消えていた。
僕もとっさにクラスを出ようとした瞬間、外からの風で誰かのプリントが飛び散った。
その時、僕は初めて一人残っていた女性の目を見た。
彭長玉、彼女だった。
外の桜色と色白の彼女の姿は、まるで西洋美術にでも出てきそうなくらい絵になっていた。
ほんの一瞬、世界がカラーに包まれた気がした。
気のせいかもしれない。
そんなことを想いながら、すぐに彼女のプリントを拾い上げた。ギッシリと日本語でメモが書かれ、もうこれ以上書く隙間もないんじゃないかというぐらいのレジュメ。彼女は、授業後も翻訳機を使いながら、先生の言葉を必死に残そうとしていたのだ。
「す、す、すいません」と慌てる彼女に対し、「大丈夫ですよ」と冷静に答えた。
「すごい量のメモですね、全部理解してるんですか?」と好奇心から、聞いてしまった。
「あんま、り分かってないです」「翻訳機は難しい」とゆっくりと彭さんは答えた。
すると、お互いになんと答えるといいかわからない絶妙な気まずい空気が流れた。
僕は、その空気に耐えかね、「また、来週の授業で」と言って、去ろうとした。
次の瞬間、僕の人生を変える言葉が彼女の口から飛んできた。
「よかったら、ここの日本語教えてくれません..か?」
「うん」と答え、二人きりの異文化交流がここから始まったのだ。




