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どうなってるんだ……?

「まさか……木箱が……!」


 大家さんの蔵から、家まで歩いて二分……

 走れば一分かからないよな?

 間に合ってくれ!

 木箱の中にいるのは麦多の母親のはず。

 ウメちゃんを引きずり込まないでくれ!

 自分勝手でわがままだけど寂しがりやの優しい人なんだ……


「はぁ……はぁ……ウメちゃん!」


 靴を脱ぐのも忘れて家に入ると……

 居間の襖が全開だ……

 誰が開けたんだ?

 さっき閉めたよな?


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 息を切らしながら居間を見ると……


 ……え?

 どうして……?


 麦多……

 大家さんの家でおやつを食べてたんじゃなかったのか?

 どうして木箱に引きずり込まれそうになってるんだ?

 木箱から伸びる腕に髪を引っ張られて痛そうに顔を歪める麦多と、脚を引っ張って助けようとするウメちゃん……?


 あの時のノドカと同じだ。


 頭が回らない……

 こんなの変だ。

 木箱の中には麦多の母親がいるんだろ?


「もう限界だ……兄ちゃん……早く麦多を……」


 引きずり込まれそうなのはウメちゃんじゃなかった……?

 って……

 今はそうじゃないだろ!?

 麦多の両脚を引っ張りながら俺を呼ぶウメちゃんの声で現実に引き戻される。

 しっかりしろ!

 絶対に麦多を助けるんだ!

 

「ウメちゃん! 俺が脚を引っ張るから麦多の髪を切って!」


 右手で麦多の片脚を引っ張る。

 骨折したのが利き腕じゃなくてよかった。

 でも……

 ダメだ。

 どんどん引きずられる。

 このままじゃ二人揃って木箱の中に……

 

「麦多、待ってろ! すぐ助けるからな! 兄ちゃんハサミはどこだ!?」


「待て! そんなんじゃダメだ!」


 え?

 この声は……

 大家さん!?

 手に持ってるのは……斧!?


「大家さん! このままじゃ麦多が! 早く髪を!」


 ……!?

 大家さん!?

 斧を振り上げたけど……

 まさか斧で髪を!?

 失敗したら麦多が大怪我するぞ!?


「この化け物めぇ!」


 ……?

 化け物?

 髪じゃなくて木箱に斧を振り下ろした!?

 

「ダメです! 木箱を攻撃したら引きずり込まれますよ!」


 ダメだ。

 俺は麦多の脚を離せないから大家さんを止められない。

 終わった……

 皆引きずり込まれて死ぬんだ……


 ごめん……

 ノドカ……

 もう迎えには行けないよ……

 

 木箱が壊れる音と同時に、中から高音と低音の混じった悲鳴が聞こえてくる。


 人じゃない……?

 何の生き物なんだ?


 それに……

 何度も斧を振り下ろす大家さんの姿……

 普通のお年寄りには見えない……

 

 ……!?

 

 麦多の髪を掴む赤黒い腕が炭のように黒くなっていく……

 肉が焼ける匂いに背中が寒くなる。

 ダメだ……

 身体が震えて力が入らない……

 

 あ!

 麦多の髪から手が離れた!

 

 震える腕で慌てて麦多を抱き寄せる。

 身体に力が入ってない……

 気絶したのか?


 顔を覗き込むと……

 

 あぁ……

 病室にいた時のノドカと同じだ。

 感情がないように見える。

 

「もう大丈夫……もう大丈夫だからな……麦多……」

 

 話しかけても反応がない……

 どうしてこんな事に……

 木箱の中身は麦多の母親じゃなかったのか?

 

「化け物め! 死ねぇ! 娘を殺した化け物め!」


 大家さんの声が家の中に響いたけど……

 娘を殺した化け物?

 じゃあ麦多の母親は事故死じゃなくて木箱に引きずり込まれたのか?


「兄ちゃん! 麦多と外に来い!」


 ウメちゃん!?

 いつの間に外に出たんだ!?

 でも……

 大家さんを残して外に行くのは……


「兄ちゃん! 早くしろ! そこにいても何の役にも立たねぇぞ!」

 

 ……ウメちゃんの言う通りだ。

 いや、むしろ邪魔になってるかもしれない……

 

 麦多を抱いて外に走る。


 「……え?」


 火がついたドラム缶の周りに大家さんの奥さんと集落のおばあさん五、六人がいるけど……

 家の庭にドラム缶なんてなかったよな?

 どこから持ってきたんだ?


「ついに現れたか! 化け物め!」

「死ね!」


 え……?

 今の声は……

 家の中から聞こえたぞ?


 ……!?

 いつも一緒にお酒を飲むおじいさん達が斧や鎌を木箱に振り下ろす姿が見える。


 大家さんだけじゃない……

 集落のお年寄りは皆、普通じゃない……

 この集落は一体……


「麦多!」


 麦多の名前を叫ぶ声……?

 今の声……

 聞き覚えがある……

 あ!

 やっぱり長谷川だ!

 八メートルくらい離れた所に長谷川がいる!

 

 え……?

 

 隣にいるのは……

 

「ノドカ!?」


 ノドカ……

 もう会えないかと思った……

 でも……

 何の感情もない表情だ。

 やっぱり俺が分からないのか?


 一か月前……

 母親を心配するノドカに『母親殺し』なんて酷い言葉を……

 その事を謝らないまま一か月が過ぎてしまった。

 病院でどんな風に過ごしていたんだろう……

 ごめん……

 本当にごめん……

 ノドカ……


「麦多!」


 長谷川が麦多の名前を叫びながら走って来てるけど……

 大家さんは長谷川が麦多の父親だって言ってたよな?

 

 俺の腕で呆然とする麦多を見つめながら、膝から崩れ落ちる長谷川の姿に胸が苦しくなる。


「麦多! パパだよ? 分かる? もう大丈夫だ」


『パパ』……?

 やっぱり長谷川が麦多の父親なんだな。

 

 長谷川が優しく麦多を抱きしめたけど……

 麦多は感情をなくしたようにピクリとも動かない……

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