消えた隣人と赤黒いシミが増えた木箱
「待って! 鍵は!?」
木箱しかなくても閉めないと!
外に出た隣人を追いかける。
「あぁ……ずっと開いていますよ? 鍵なんて意味がないですから」
「……え?」
背中が寒い……
この女……
変だろ……
風に揺れる黒髪のせいでさらに気味が悪い……
女が歩きながら話を続ける。
「ふふ。いつでも会いに来てください」
「……え? あなたに?」
「いいえ。でも……あなたが会いに来なくても大丈夫。勝手に会いに来ますから」
「……勝手に? 何の話……あ……」
まだ話の途中だったのに嬉しそうにタクシーをとめた……
「あなたが家に帰っても奥さんがいなかったら……私の部屋はいつでも開いていますから」
「……?」
「さようなら……私は多くのヒントを与えました。前任者よりかなり優しいですよ」
「前任者って……?」
変な女……
気持ち悪い……
綺麗でスタイルも良いけど……
得体の知れない怖さがある……
「運転手さん。とりあえず出してください」
え!?
本当に行くのか!?
鍵は!?
開けっ放しだろ!?
「あ! ちょっと! まだ話は終わってな……」
うわ……
ドアを閉めたタクシーが走り始めた。
嘘だろ……
あの様子だと、もうあの部屋には帰らないんじゃ……
でもノドカを謝りに行かせないと警察に被害届を出されそうだった。
はぁ……
さすがに一人じゃ行かせられないな。
仕事は抜けられないし、お義母さんに付いて行ってもらうか……
お義母さんも腕を骨折してるけど……
電話したら来てくれるかな?
二十時___
家に帰るとノドカが出迎えてくれる。
「タカちゃん、おかえり」
「ノドカ……謝りに行ったか?」
「うん。お母さんに来てもらって一緒に行ったんだけど留守だったよ」
「留守? ノドカが訪ねる時間を伝えておいたのにな……」
「引っ越したみたいだよ? 荷物が何もなくて鍵も開いてたし」
「……え? 引っ越した?」
「うるさくしたから居づらくて引っ越したんじゃない?」
「……変だな」
「タカちゃん……もう忘れよう?」
「……まだ鍵は開いてるかな?」
「どうだろうね。二時間経ったし。管理会社が閉めに来たかもよ?」
一人で隣の部屋の鍵を確認しに行くと……
嘘だろ……
本当に鍵が開いてる。
朝からずっと開いてたのか?
確かに開けっ放しだとは言ってたけど……
ん?
何の匂いだ?
朝とは違う匂い……
生臭い……?
……!?
……え?
誰かが背後にいる気配……?
振り向くのが怖い……
隣の女が帰ってきたのか?
あの女は変だった……
いきなり刺されるかもしれない……
「……タカちゃん? どうしたの?」
……!?
なんだ……
ノドカか……
「あぁ……本当に鍵が開いてるよ」
何を怖がってるんだ?
はぁ……
隣の女が気味悪過ぎて過敏になってるのか?
「うん。いくら荷物がないからって無用心だよね」
「……木箱は置いてあるから引っ越したわけじゃないのかも」
「え? 木箱?」
「ほら、部屋の真ん中に半分赤黒い大きい木箱が……」
あれ?
赤黒い部分が大きくなってるような……
通路の明かりしかないからよく見えないな。
「……? どこに?」
「え? ほら、部屋の真ん中に……」
「……?」
冗談じゃなさそうだ。
まさか本当に見えないとか?
そういえばあの女も『木箱が見えるのか』とかそんな感じの事を……
「……帰ろう……急ぐんだ!」
こんなのおかしいだろ……
絶対に変だ!
心臓がグッと握られたみたいに苦しくなって、あり得ないくらい速く動いているのが分かる。
息が苦しい……
部屋に戻りソファーに座る。
ダメだ。
目が回る……
「タカちゃん? どうしたの?」
「……見えたんだ」
「何が?」
「隣の部屋に木箱が……」
「……? 何もなかったけど」
「絶対変だ……俺には見えるのに……どうしてノドカには見えないんだ?」
「……本気で言ってるの?」
「隣の女が言ってたんだ。木箱が見えるのかって。ノドカも見えたら独りで苦労する必要がないって」
「……? 何それ。あ……でもお母さんも木箱があるって言ってたよ?」
「え? お義母さんが?」
……!?
なんだ!?
テーブルが突然振動し始めた!?




