新しい我が家
「はぁ……」
やっと着いた。
電車とバスを乗り継いで……
何時間かかったんだ?
途中から電車もバスも一時間に一本しかなかったし……
地図にはこのバス停の地名に印がしてあるけど……
バス停以外何もない。
建物もなさそうだし……
うーん……
どこまでも木しか見えない。
涼しい……
鳥のさえずりと風に揺れる木の葉の音……
神奈川とは違う時間が流れてるみたいだ。
それにしても何もないな。
バスの窓から二十分くらい外を見てたけど、民家もお店もなかった。
乗客も俺しかいなかったし。
今は十六時か……
この時間なら学生が乗ってるはずだよな?
近くに学校もないのか?
夏だからまだしばらくは明るいだろうけど。
これからどうすればいいんだよ……
このままじゃ野宿になるかも……
あ……
軽トラが走ってきてる。
この辺りに泊まれる場所があるか教えてもらえないかな?
でもどうやって走ってる車をとめるんだ?
……あれ?
軽トラが俺の真横にとまった?
「あんたが田村さんかい?」
……え?
軽トラに乗ったおじいさんが話しかけてきたけど……
「あ……はい」
どうして俺の名前を知ってるんだ?
「今朝電話をもらって慌てて掃除したからあんまり綺麗じゃねぇけど……」
「……え?」
何の話をしてるんだ?
「ほれ、乗れ乗れ。夕飯は家で食えばいい。今日はごちそうにしたからなぁ」
「……え? 乗るんですか? え? 俺が?」
今初めて会ったのに?
「ははは! 都会もんは軽トラなんて知らねぇか!」
「え? あの……え?」
「ははは! 普通にドアを開けて乗りゃいいんだ!」
「え? あ……はい……?」
悪い人じゃなさそうだし……
大丈夫……だよな?
大丈夫……なのか?
もしかして木箱の事を知ってる悪い奴……
そんなはずないか……
どこからどう見ても善良そうなおじいさんだし……
軽トラに乗り込むとゆっくり走り始める。
うわぁ……
手で回して窓を開ける車だ……
初めて見た。
回してもいいかな?
「ははは! 都会もんには珍しいか? 回してみろ! 確か神奈川で仕事してるけど、リモートなんとかってやつで田舎暮らししたくなったんだよなぁ? ははは! 田舎暮らしは田舎暮らしだけどなぁ……ど田舎だぞ?」
「……え?」
もしかして……
俺……
人違いされてる?
あ!
じゃあ違う田村さんが今頃さっきのバス停で待ってるんじゃ……
「あの……俺は田村貴司ですけど……」
「ん? そうか。挨拶がまだだったか。俺は大家の小犬丸だ」
こいぬまる?
丸い小犬?
「……こいぬ……え?」
「ははは! 珍しい名字だろ。子犬が丸いで小犬丸だ!」
「名字? あ……小犬丸さん……ですか」
「かわいいだろ? 集落の奴は皆『小犬丸』なんだ! ははは!」
「あの……そうなんですか……えっと……俺……たぶん人違いされてます。確かに家を探してるけど今朝電話をしてないし……」
「ん? あはは! 長谷川さんの言う通り恥ずかしがりやさんだなぁ」
「……? え? 長谷川さん?」
また長谷川?
「田村さんの親戚の長谷川さんって人が『引っ込み思案の恥ずかしがりやだからよろしく』って電話を寄越したんだ」
「……え? そんな簡単に……電話だけで決めたんですか? 俺が悪い奴だったら……」
「悪い奴? ははは! こんな田舎で悪さなんかできねぇさ! ……それに……長谷川は……」
「……え?」
呼び捨てにした?
「あぁ……いや……ほれ、着いたぞ?」
「……着いた? うわあぁ!」
すごい……
雑草だらけではあるけど広い庭……
何部屋もありそうな大きい平屋……
「築五十年の木造平屋……古いがまだまだ住めるぞ?」
「すごい……広い庭……縁側まである! 本当に俺が住んでもいいんですか?」
「ははは! 都会もんは、こんなおんぼろが好きか?」
「今の家は壁が薄くて隣の音が丸聞こえなんです……うわあぁ……広そうな家だなぁ……でも高いですよね?」
「ん? いくらだと思う?」
「うーん……これだけの庭と家……でもバス停からは距離があったから……十一万……とかかな?」
「は? 十一万? 残念! 十二万だ」
「十二万? それでも安いですよ。かなり部屋数もありそうだし……家賃は引き落としですか?」
「ん? 毎月持ってくりゃいい。家は、そこに見えるだろ。茶色い屋根の」
「あ、はい。見えます」
「歩いて二分だからいつでも遊びに来い。麦多も喜ぶだろ」
「むぎた?」
犬……とか?




