全ての居場所を失った……
逃げた方がいいのは事実……だよな?
でも……
突然辞めたら会社に迷惑をかけるし……
「あれ? 田村じゃないか」
「あ……課長……」
いつの間に……
毎朝早く出勤してるのは知ってたけど……
あれ?
コーヒーしか持ってない。
荷物を置いてからコンビニに行ったのか。
……?
すごく嬉しそうに俺を見ている?
「大変だったなぁ。奥さんの実家が火事になって、里帰りしてた奥さんが入院したんだって?」
「……え? 誰から聞いたんですか……?」
「長谷川さんだったか? 親戚の方からさっき会社に連絡があったんだ。しばらく会社には来られないって聞いたけど……奥さんに付いていなくて大丈夫か?」
「……長谷川?」
親戚の……長谷川?
どうなってるんだ?
同じアパートに住んでる『長谷川さん』が……
『病院の事務』で『俺の親戚』……?
それだけじゃない。
どうして俺のスマホと会社の電話番号を知ってるんだ?
「田村……有給が残っているだろ? 奥さんに付き添ってやれ」
「……課長?」
「火事の後始末は大変だしな。ほら、早く病院に行って奥さんに付き添ってやれ」
変だな……
こんなに優しかったか?
いつもはもっとネチネチ嫌みを言うような人なのに……
「あの……課長……?」
「……で? 木箱にいくらもらったんだ?」
「……え?」
今……
木箱って言った?
「会社の事は俺に任せろ。それでなんだが……いくらか融通してもらえないか?」
「……!? どうして木箱の事を?」
「なんだ。知らなかったのか?」
「……え?」
「タクシー運転手の投稿だよ」
「タクシー運転手?」
「すごい閲覧数だぞ? 奥さんの実家から聞こえる悲鳴と田村の姿がしっかりドラレコに映っていたぞ。モザイクが薄くて見る奴が見ればすぐに田村だと分かるだろうな」
「……そんな」
あいつめ!
もうこの辺りには住めない……
逃げるんだ……
今すぐ!
「おい! 田村!」
慌てて走り始めた俺に課長が叫んだ。
金の亡者め……
とりあえずマスクを買って顔を隠すんだ。
コンビニ……
セルフレジだからバレずに買えるはずだ。
でも……
疲れた。
もう走れない……
とりあえずあの狭い路地に入って休もう……
「はぁ……はぁ……はぁ……」
こんなに走ったのは学生の時以来か?
壁に向かってしゃがみ込んでいると……
背中に硬い物が当たった?
……?
いくら狭い路地でも背中に反対側の壁がぶつかるなんて事は……
ん?
チラシ?
しゃがみ込んでいる俺の手元に地図のコピーが……
さっきまではなかったよな?
あれ?
赤く印がしてある。
北関東の……
どこだ?
聞いた事がない場所だな。
地図の下にも何かある……
……え?
個包装のマスク?
……まさか……木箱!?
また消えるんじゃないか?
本当は振り向きたくないけど……
色々してくれるし実は良い木箱なんじゃ……
でもお義母さんを……
……しっかりしろ。
今は木箱が背後にいるか確認するんだ……
瞬間移動なんてあり得ない……
このマスクも地図も木箱が出したんじゃないのかもしれない……
でも……
でも……
今俺が欲しい物を出せるなんて木箱しかないよな……
勇気を出すんだ!
ゆっくり振り向こう……
あぁ……
怖くて身体が震える。
いきなり木箱に引きずり込まれたりして……
でも……
振り向いてどうするんだ?
本当に木箱がいたとして、それからどうする?
話しかけてみる……とか?
でも運転手が話しかけたら引きずり込まれるって言ってたよな?
とりあえず……
いるかどうかだけ……
それだけ確認しよう……
もし木箱がいたら走って逃げるんだ!
これって何か意味があるのか……?
……深く考えるな!
よし!
振り向くぞ!
……え?
何も……ない?
でも……
絶対にいたよな……
どうして姿を見せずに俺を助けるんだ?
あ……
また現金が落ちてる……
帯がついてるから百万か?
……どれだけ金持ちの木箱なんだよ。
金銭感覚が狂いそうだ。
とりあえず……
北関東に向かえって事か……
今の俺に帰る場所はない。
木箱に逆らえば……
お義母さんみたいに引きずり込まれる……のか?
行くしかないか……




