長谷川さんは何者なんだ……
「あ……詐欺じゃないですよ。俺です。同じアパートの長谷川です」
「え? 長谷川さん?」
どうして俺の番号を?
それに非通知って……
「はい。実は昨日ノドカさんが入院した病院で事務をしているんです」
「え? 事務?」
事務なのに非通知?
変だろ……
病院の電話じゃなくて個人のスマホからかけてるのか?
それに長谷川さんは毎朝アパートを出る時間が一緒だよな?
俺はいつもより一時間以上早く家を出たんだぞ?
どうして今日は、こんなに早いんだ?
「はい。ノドカさんのご実家の近所の方が『火事になったから知らせて欲しい』と警察に電話したらしくて。警察からノドカさんに連絡がきたんですけど……とても聞かせられる状態ではないので……」
……実家の近所の人?
昨日の人達か?
嘘ではなさそうだけど……
「ノドカ……どんな様子ですか?」
「眠らずにずっと独り言を……」
「そうですか……」
「コロナ以降、面会も付き添いも制限していますし……会えないから心配ですよね」
「……はい」
「保険会社に連絡して欲しいそうです」
「火災保険ですか?」
「はい。幸い延焼しなかったらしいですよ……」
「……そう……ですか……」
「あの……すぐに耳に入るでしょうから話しますが……」
「……え?」
「火元は二階の部屋らしいです」
「……二階の部屋? 変だな……お義母さんは独り暮らしでノドカが結婚してからは一階でしか生活してないはずなのに」
「それが……近所の方が『留守のはずの家に誰かがいる』と通報した直後に、すごい勢いで燃え始めたらしくて」
「……え?」
昨日、あの場にいた人なら木箱が火をつけたと思うよな……
警察にそう通報したのか?
いや……
もしかしたら木箱の事を知った誰かが現金を探しに来たのかも……
五、六人いた近所の人の誰か……か?
まさか、タクシーの運転手!?
そんなはずないよな……?
「田村さん……大変な事に巻き込まれたみたいですね」
「あ……はい……」
「とりあえずすぐに引っ越した方がいいですよ」
「……え?」
「木箱の話をタクシーの運転手にしませんでしたか?」
「あ……はい」
「すごい勢いでその噂が広まっています」
「……え?」
「運転手が『箱守がこの家に住んでいる』と客に話したらしくて……妙な奴らがアパートの周りをウロウロしていましたよ」
「……そんな」
全然気づかなかった……
「田村さん……ノドカさんの事は病院に任せれば大丈夫です。とにかく今は逃げてください」
「逃げるって……どこに?」
「全ては木箱が導いてくれますよ」
「……え?」
なんだ?
長谷川さんの言葉に違和感が……
「すみません……もう切らないと」
「あ……長谷川さん?」
「では……あとはよろしくお願いします」
「……あとはよろしく? え? 何の話……あ……」
本当に切られた……
『逃げる』……か。
通帳しか持ってこなかったけど……
もうアパートには戻れないか……
あ、しまった。
このまま逃げるとしてもノドカの入院費……
振り込み先を教えてもらわないと。
今かかってきたのは非通知だから……
病院のホームページから電話するしかないか。
長谷川さんが出てくれればいいけど……
「あ、お世話になります。田村と申しますが、事務の長谷川さんをお願いします」
「事務の長谷川……ですか? 当院の事務に長谷川という者は……」
女性か……
長谷川さんじゃなかった……
あれ?
今『いない』って言わなかったか?
「……え? 長谷川さんはいない? ……妻が昨夜入院しまして……先程までその件で電話を……」
「……そうですか? ですが……今朝は私が一番に出勤しましたし……今も事務室には私だけしか……」
「……え? あの……じゃあ……長谷川に似た名字の男性……いませんか?」
「大変申し訳ございませんが……長谷川に似た名字の者も……」
「そんな……! あ……申し訳ありませんでした……失礼します……」
電話を切ると身体が震え始める。
……どうなってるんだ?
長谷川さんは病院の事務で、警察から電話をもらったから俺に連絡してきたんだよな?
俺の番号は昨日の入院手続きの時に書類に書いたから知ってても不思議に思わなかったけど……
病院関係者じゃなければどこで知ったんだ?




