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気味の悪い隣人と木箱

「うるさい……こんな時間まで……」


 ベットでタオルケットにくるまりながら妻のノドカがため息をついている。


「またか……毎晩毎晩よくこんなに騒げるよな」


 壁が薄いアパートではあるけど……

 さすがにうるさ過ぎるだろ。


「注意したいけど男性の声だし、何人かいるみたいだから怖いよね」


「隣に越してきたのは一週間前だよな? 挨拶もなかったしどんな奴なんだろう」


「私達の時も管理会社が挨拶しなくていいって言ったからしなかったけど……一度もどんな人か見た事がないよね。引っ越しの物音もしなかったし」


「洗濯機とかテレビとかを運び込んでもいなかったよな。これから買うのか?」


 ……?

 あれ? 

 テレビがついたのか?

 賑やかな音が聞こえ始めた。

 ……洗濯まで始めたみたいだ。

 まさか今の話を聞いてわざと?

 でも……

 いつ運び込んだ?

 昨日まで洗濯機もテレビもなかったはずだよな?

 今日は日曜でずっと家にいたのに……


「明日手紙を書いてドアポストに入れようか。これ以上うるさいと管理会社に連絡するって」


「一応匿名にしておくか」


「そうだね。はぁ……変な人でいきなり刺されたりしないよね?」


「……このままうるさくされても困るし……仕方ないよな」


 こうしてノドカが手紙を書き始める。



 毎晩うるさくて困っています。

 深夜に洗濯をしたり大音量でテレビを観たり複数の男性が大声で話したり、本当に迷惑です。

 このまま続くようでしたら管理会社に連絡します。



「これでどうかな?」


「見るからに女性の字だけど……俺は字が汚いからな……」


「うーん……女性の字の方が柔らかく伝わるんじゃないかな?」


「それもそうだな。はぁ……この手紙を読んで静かになればいいけど」


「向こう隣の人はうるさいと思わないのかな?」


「うーん……確か長谷川さんだよな。いつも出勤時間が同じだから訊いてみるよ」


 もしうるさいと思ってるなら一緒に苦情を言いに行ってもらえるかも。



 翌朝___


 よかった。

 やっぱり同じ時間だ。


「おはようございます。あの!」


「あ……おはようございます」


 突然話しかけられた長谷川さんが驚いた表情をしている。

 普段から挨拶程度の関係だしな。


「あの……一週間前にお隣さんが越してきましたよね?」


「え? そうだったんですか? 静かだから気づきませんでしたよ」


「……静か? この一週間毎晩うるさくて……」


「……え? そうですか? 二時まで起きていたけど何の音もしませんでしたよ?」


「……そうなんですか? おかしいな。洗濯機とか……テレビも大音量で……」


「……? ワンルームだからそんなにうるさければ家にも聞こえそうですけどね」


「そうですよね……」


 ……疲れてぐっすり眠ってたとかで聞こえなかったのかもな。

 はぁ……

 一緒に苦情を言いに行ってはもらえないか……




 二十時___


「……え? なんだこれ」


 仕事から帰ると共用部分の掲示板にノドカが書いた手紙のコピーが貼ってある。


『匿名の手紙がドアポストに入っていました。誹謗中傷が酷過ぎます。女の独り暮らしなのに複数の男性の声が聞こえるだなんて貞操観念がないと言われているようにしか思えません。洗濯機もテレビもありませんし、このアパートは物置として使っているので夜に騒ぐだなんてあり得ません。このような嫌がらせには耐えられませんので管理会社に連絡しました。二日以内に名乗り出なければ警察に被害届を提出します』



「……なんだこれ? 被害者はこっちだろ……」


 慌てて家に入るとノドカが困ったように話しかけてきた。


「見た? あの貼り紙」


「見たよ。どうして俺達が警察に?」


「夜はいないって書いてあったけど今もずっと騒いでるよ?」


「……よし。今から行こう!」

 

「……でも……さっき管理会社から電話がきてね。苦情の手紙の文字が、アパートを契約した時の私の文字と似てるって言われたの」


「は? 隣の奴、本当に連絡したのか?」


「私達の方が迷惑してるって言ったんだけど……昼間管理会社の人が隣の部屋を確認したらしくて。本当に洗濯機もテレビも、冷蔵庫すらなかったって。お隣さん……かなり怒ってるらしいよ」


「……どういう事だ? まさか管理会社を呼ぶ為に家電を運び出したんじゃ」


「分からない……でも女性の独り暮らしなのも本当らしいよ」


「どうなってるんだ?」


「名乗り出なければ被害届を出すって書いてあったし、とりあえず隣に行こうか。でもタカちゃんは骨折してるから心配だよ」


「大丈夫。利き手は動くから……ノドカは待ってて。変な奴かもしれないから一人で行ってくるよ」


 本当は嫌だけど仕方ないよな。

 ノドカは俺が守るんだ!


「はぁ……」


 外に出てため息をつく。

 嫌だな。

 いきなり殴りかかってきたりして……


 でも、なんとかしないと……

 

 インターホンを鳴らそうと腕を伸ばすと……


「あれ? どうかしましたか?」


 うわっ!

 背後からいきなり話しかけられた!?

 まさか隣の奴か!?


 ゆっくり振り向きながら考える。

 笑顔……は変だよな?

 怒った顔は絶対ダメだし……


「……? 田村さん?」 


 え?

 どうして俺の名字を……? 

 って……

 この声……

 あぁ……

 長谷川さんか。

 全く気配を感じなかった……


「あの……それがお隣さんがまたうるさくて……」


「え? でも……貼り紙を見ましたよ。女性の独り暮らしで夜はいないって。それに外からお隣さんの部屋の電気を見ましたけど真っ暗でしたし……」


「真っ暗? ……遮光カーテンでも使ってるのかな」


「あの……こんな事……言いたくなかったんですけど」


「……? なんですか?」


「田村さんの声も聞こえてくるんですよ」


「……え? 家の声が? 二部屋隣なのに?」


「……あぁ……あの……夜の声が……」


「夜の声?」


 うるさくした記憶はないけど……


「……聞こえると気まずくなる声……ですね」 


 え!?

 まさか……

 アレの音!?


「あ……すみません……」


「壁が薄いですから……家だけじゃなくて……以前隣に住んでいた方もそれが原因で引っ越したんですよ」


「え!? あ……そう……でしたか……」


 うわ……

 気まずい……

へき』がバレてたなんて……


「……だから……今回の苦情の手紙っていうんですか? あれ……早く剥がした方がいいですよ。この棟の住人は田村さんの夜の声を聞いていますから」


「……そんな」


 ……今の言い方だと俺とノドカがいない所で住人達がその話をしてたって事だよな?

  

「『どの口が言ってるんだ』と思っているはずですよ」


「……!」


 本当にその通りだ……


「疲れて帰ってきたら毎晩あの声……勘弁してください。やっと伝えられてよかったです」


「……すみません」


 これ以上住み続けられないよな……

 引っ越すしかないか。

 ノドカに聞かれなくてよかった……


 長谷川さんが家に戻ると、恥ずかしさと気まずさで頭がフラフラする。


 はぁ……

 ノドカには絶対に話せないよな。

 

 この精神状態でお隣さんに出てこられたら倒れるかも……


 隣のインターホンを鳴らすと……

 やっぱり誰も出てこない。

 電気もついてないし本当に留守なのか?



 翌朝___


 ノドカは『夜の声』の事を何も知らずに出勤した。

 このまま何も知らせずに引っ越さないと。

 玄関の鍵を閉めると隣の扉が目に入る。

 隣の人……

 インターホンを鳴らしても出てこなかったけど明け方までうるさかった……

 結局居留守だったんだよな?


 出て来ないとは思うけどインターホンを鳴らしてみるか。


 軽い気持ちでボタンを押す。


「……はい?」


 え!?

 いた!?

 うわ……

 心の準備ができてないのに!


「あの……手紙を入れた者……です」


「……ああ」


 扉が開くと……


 腰まで伸びた長い黒髪……

 マスクをしていても色白だと分かる。

 二重の大きな瞳……

 百七十センチはありそうなスラリとした体型。

 モデルだと言われても納得するような綺麗な女性だ。

 腕を骨折したのか?

 俺と同じアームホルダーだ。


「あの……手紙を……入れた者ですが……」


 あの貼り紙……

 かなり怒ってるはずだよな。


「……あり得ない内容でした」


「……でも……洗濯機とかテレビとかの音が昨夜も……」


「部屋を見てください」


「……あ……いいんですか?」


 さすがに女性の独り暮らしの部屋に上がり込むのはよくないよな。

 玄関から覗かせてもらおう。


 ……え?

 どうなってるんだ?

 テレビも洗濯機もない?

 って言うより何もないじゃないか。


「酷い内容でした。まるで複数の男性と同時に関係を持っていたかのような……」


「すみません……」


「女性の字でしたが……」


「妻です……」


「奥さんがあの手紙を?」


「……すみません」


「奥さんは謝罪には?」


「……すみません。もう出勤してしまって」


「……謝罪の気持ちがないという事ですね」


「あ……いや……」


「とりあえずこの足で警察に行こうと思います」


「……でも……本当に騒音が……」


「……またそれですか? 反省していないようですね」


「……すみません」


 それにしても……

 テーブルもソファーもない。

 物置らしいけど木箱がひとつしかないし。

 なんだろうな。

 何もない部屋に一メートル四方の木箱……

 気味が悪い……

 木箱の下半分が血を連想させる赤黒い色だからか?

 何かのシミ?

 変な物でも入ってるんじゃ……

 

「……何か?」


 しまった。

 見過ぎた……

 また怒らせたら大変だ。


「あ……すみません……物置というわりに荷物がひとつしかないので」


「……え?」


「あ……すみません」


「……いえ」


「ジロジロ見てすみません。妻には後ほど謝罪に……」


「……そうですか。……それなら……被害届を出すかどうかは奥さんの謝罪を受けてから決めます」


「……! ありがとうございます!」


 どうしたんだ?

 急に軟化したような……


「……あの」


「……はい?」


「私の荷物……どんな物に見えますか?」


「……え? どんな物? 下の方が赤黒い一メートル四方の木箱……です」


「……! そうですか……」


 なんだ?

 違和感しかない……

 それに……

 備え付けのクーラーはあるけどコンセントは抜けてるよな?

 どうしてこんなに涼しいんだ?

 寒いくらいだ。

 さっきまでクーラーをつけていて、ついさっき消した……とか?

 それにしても寒い……


「……涼しいでしょ?」 


「……え?」


「ふふ。電気もガスも水道も契約していないんです」


「……え?」


「私は住みませんから」


「……()()?」


 なんだ?

 気味が悪い……


「では……私はもう行きますね」


「あ……出勤の邪魔をしてしまいましたね」


「……いえ。仕事はしていないんです」


「……え? あ……そうですか」


 骨折してるからだろうけど……

 詳しく訊いたらよくないよな。


「……働ける状況ではなくて」


「それなのに物置を借りてるなんて……余裕があるんですね」


「余裕……ですか? 私は……そうでもないですね」 


「……え?」


「あなたもすぐに分かりますよ」 


「俺が……ですか?」


「ひとつだけ……前任者から聞いた内容を話しておきますね」


「……前任者?」


「『箱を開けてはいけない。常に箱を優先し望みを叶えろ』」


「……は?」


「すぐに分かりますよ。ついにこの日が訪れました。大丈夫ですよ。全ては箱が教えてくれます」


「……何を?」


「では私はこれで……夕方には奥さんが謝罪に来ますか?」


「あ……連絡するので……十八時くらいには……」


「……そうですか。では……あなたも一緒に?」


「俺は……二十時を過ぎてしまうので……」


「……仕事を整理した方がいいですよ。私は前任者から詳しく教えられなかったので会社に迷惑をかけてしまって……」


「……さっきから何を?」


「これは優しさですよ。忘れないでください。箱に逆らってはいけません」


「だからさっきから何を……」


 気味が悪いな……

 

「奥さんも同じだといいですね。そうだとしたら独りで苦労する必要がありませんから」


「……独りで苦労?」


「私がそうでしたから」


「……遠回しに言わないではっきり言ってください」


「すぐに分かりますよ。あなたは私の救世主です」


「……は?」


「では、私はこれで」


「え?」


 どうなってるんだ?

 さっきまで木箱しかなかった床に札束が置いてある?

 帯がついた束が五つ。

 五百万……か?

 どこから出てきたんだ?


 女性が、床に置いてある札束を拾いながら鼻唄を歌っている。

 いきなり現れた札束なんて気持ち悪くないのか?

 軽く会釈をすると部屋から出て行った……


 ……え?

 鍵!

 開けっ放しだぞ!?

 いくら木箱しかなくてもダメだろ!


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