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アラフォーだけど異世界召喚されたら私だけの王子様が待っていました  作者: 温井 床


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8

 里菜の行動を目で追っていたオーガストもそれに気付いたが遅かった。

 その赤子の拳大の黒いものは里菜のドレスの裾に張り付いていた。

「わっ、何これ!」

「リリエナ様!」

 人の身長程の距離を一瞬でドレスの裾まで飛び移ったのだ。

 驚いた拍子に後ろに倒れそうになった里菜をオーガストが背中から包み込むように腕をお腹と鎖骨辺りにまわし支えた。

「あ、すみません。ああっ、這い上がってくる」

 何これ、気持ち悪い。Gでもここまで禍々しさは感じない。

 思わず手で払い除けようとしたがオーガストに止められた。

「触れてはいけません」

「ど、どうしたら」

「炎で焼きます、ドレスを焦がさぬよう集中しますので少しの間我慢して下さい」

「へ、焼く?」

 それってどの位待つの、駄目、気持ち悪すぎる。見た目とかじゃない、存在そのものが、私の中の何かが駄目だと言っている。

 それはモゾモゾと動き膝の辺りまで来て、どす黒い空気を放っていた。

 いや、いやいやいや。無理!嫌!

 胃の奥底から得も言われぬものが迫り上がってくる。

「来ないで!」

 感情が昂り叫んだ瞬間、里菜の中の何かが弾け溢れた。

 全身が熱くなり、純白の光に包まれる。それは里菜の身体から発せられていた。

「リリエナ様っ」

 オーガストは踏ん張り、発動しかけた魔法を無理矢理ギリギリのところで押し留めた。

「ぐっ……」

 里菜には何が起こっているのか、この光が何なのか分からなかったが、禍々しいものが消失すると同時に光も空気に溶けて無くなった。

「リリエナ様、いえ、聖女様。貴女は本当に聖女様です」

 背後でオーガストが掠れる声で呟く。

「今、何が起こったのでしょうか。光が」

 里菜は震える声で問いかけ、ゆっくりと振り返った。

「聖女の祓いの力と思われま……。リリエナ様、部屋へ戻りましょう」

「え、はい。ひっえ」

 気付くとオーガストの腕に横抱きにされており、そのまま運ばれてしまう。

「少し急ぎます、お許し下さい」

 里菜を抱えたまま足早に移動し、部屋まで戻るとソファに座らせ、扉の前の衛兵に何か指示を出してから里菜に手鏡の場所を尋ねた。

「それでしたら、確かそこの一番上の引き出しに」

 オーガストは言われた場所から手鏡を取り出すと、鏡面を伏せた状態で里菜に持たせる。

「落ち着いて、ご自身のお顔をご覧下さい」

 一体何なのか、顔に怪我でもしてしまったのか、痕が残るようなのは嫌だなぁと思いながらゆっくり手鏡を持ち上げ、自分と同じ顔の全てを捉えた時、その瞳が信じられないと言いたげに大きく開いた。 

「あ、あり得ない」

 里菜は鏡から目が離せない、日本人の遺伝子的にもおかしい事象が起こっていた。

「オーガストさん、これは……魔法の鏡でしょうか」

「いいえ、普通の鏡です。リリエナ様の瞳の色は聖なる金色、聖女様の証です」

 黒かった瞳が金色に変化しキラキラと揺れていた。

「なんで、どうして急に」

「先程祓いの力を放っておられました、恐らく聖女様の魔力が覚醒したと思われます」

「祓いの力って……。オーガストさん?何を」

 突然オーガストが里菜の前で両膝をつき、右手の指先でドレスの裾を足が見えない程度に持ち上げ顔を近づけた。

「この命ある限り、貴女の剣となり盾となる事を誓いましょう。私は騎士故に忠誠は王家にありますが、リリエナ様を全身全霊でお守りします」

 そう言うと唇でドレスに触れた。

「あのっ、オーガストさん?」

「騎士の誓いです。今度こそリリエナ様を守らせて欲しいのです、許す、とおっしゃってください」

 オーガストの声は凛としていて、里菜の耳に心地良く届いた。

 今度こそって言ったわね、私が一度ここに来ていた時にこの人も近くにいたのかしら。

 オーガストの縋るように懇願を無視する事が出来ず、守って貰えるのならと頷いてしまう。

「ゆ、許します。こちらこそお願いします。それと、教えて欲しい事があるんですが」

 と、その時。

「リリエナッ!」

 ドンと激しい扉の開く音でリナの言葉を遮り勢いよく現れたのは、昨日より上質の金と銀の飾り刺繍が襟と袖に施された上衣に、肩より斜めに着けられた鮮血色のマントを翻しながら駆け込んで来たヴァイツェンだった。

「闇の気配アームが出たと聞いたが、大丈夫か?オーガスト何をしている」

 報告を聞いて慌ててやって来たのだろう、きっちり整えられていたであろう髪を乱したヴァイツェンは里菜の前に跪いたオーガストの距離が近い事に気付き、問いただす。

「鏡をお渡ししました」

「鏡?それがどう……、何があった」

 里菜の変化に気付いたヴァイツェンに、オーガストは事の次第を伝えた。

「城の中ならと油断致しました、申し訳ありません」

「これまで城の結界を超えて侵入して来るなど無かった事だ、何事か起こっているのかもしれない。調べてみよう、オーガストは引き続きリリエナの護衛を頼む」

「かしこまりました」

 報告がひと段落したところで、ヴァイツェンが表情を和らげ里菜に近づいた。

「怪我が無くて良かった。色々と驚いたかい?安心して、と言うのも違うかもしれないが五年前も君の瞳はその美しい色だったよ」

「え?」

「我々の瞳の色は、その者の待つ魔力の属性に左右される。何故かは分からないが、こちらの世界の理がリリエナの身体に影響を及ぼしているのかもしれないな。以前は出会った時にはもうその瞳だった。そうか、瞳の色については気になっていたが、こちらに来てから変化したものだったか」

 ひとりで納得しているヴァイツェンを横目に、里菜は溜息をついた。

 とうとう瞳の色まで変わってしまったわ、さっきの白い光も私の中から出たってのは自分でも理解している。

 これで聖女では無いと言えなくなってしまった、これもう魔王倒さないといけない流れよね。

 いや、無理だと思うんだけど。

 もう一度深い溜息をつく。

 責任重大じゃない、オーガストさんなんて騎士の誓いとか言ってるし、そう言えばヴァイツェン殿下も似たような事やってたっけ。

 ただ両者の台詞の意味は全く違うが、里菜は気付いていなかった。

「リリエナは魔法の指導が受けたいのだな、わかった、許可しよう」

 里菜が心の中で悪態をついてる間にオーガストが魔法の指導について話をしてくれたようだ。

「はい、ありがとうございます」

 そうだ、魔法もそうだけど魔物についても、この世界についても私は何も知らないわ。

 逃げ道が無いのならせめて情報を得る必要があるわね。

「あの殿下、ついでと言ってはなんですが、この世界で生きていく上で必要な知識も教わりたいので、それもお願いできますでしょうか」

 里菜の淡々とした申し出が意外だったのかヴァイツェンもオーガストも驚いた顔をする。

「そうか、分かった手配しよう。その、大丈夫かい?闇の気配アームに襲われて、瞳の色も変わって、君は今疲れてると思うのだが」

 困惑顔の美形二人は里菜の切り替えの早さに驚いているようだ。

 確かに疲れてはいるが、先の事を考えて必要な行動を起こすのはリスクマネジメントとして大事な事だ。

 人生の約半分を社会人として過ごした里菜にとっては当たり前のことである。

「心配して下さってありがとうございます。少し驚いてますが、大丈夫です」

「そうなのか、いや、大丈夫ならいいんだ。君自身を守る為にも魔法やこの世界について学ぶのも良いだろう、だが無理はしないでくれ。オーガスト、私は戻らねばならないが何かあれば知らせてくれ」

「かしこまりました」

 心なしか足取り重くヴァイツェンは去って行った。

「殿下はどこかを抜けて来て下さったのでしょうか」

 そういえば髪の毛も乱れてはいたが、きちんと撫でつけてセットしてあったような感じだったと思い出す。

「王妃様のお茶会へ参加されておりましたが、気になさらないで下さい」

「あ~、さっきのご令嬢が言ってたお茶会なのね」

「はい、あのような程度の令嬢が参加のお茶会など気にする必要はありません」

 わ、オーガストさんが毒吐いてる、よっぽどあの子が嫌だったのね。

 けど王妃様主催なのよね、不敬に当たらないのかしら。

 胡乱げな視線を送っているとオーガストは一瞬悪戯っ子のような表情を見せた。

「今言ったこと内緒にして下さいね」

 里菜が吹き出して、オーガストも笑った。 

 


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