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ヴァイツェンのエスコートで馬車を降りると、甘い香りを乗せた風が吹き抜け癒してくれる。
「いい匂い」
「気に入ってくれたかい、リアンという花の匂いだ。これだけの群生地は他にないよ、ここで休憩時間が取れて良かった」
道の片側が草原となっており、白い小さな花が一面に咲いていた。
そこに十歩程踏み入った所に大きな布が敷かれてお茶とお菓子が用意されている。
若い男性が膝をついてセッティングしており、あと二人敷物からそれぞれ五メートル位左右に離れて立っていた。
服装はシャツとズボンに黒の外套を羽織っている、腰に剣があるから騎士さんかもしれない、がたいが良いし。
出発する時、すぐに馬車に乗っちゃったから見てなかったけど、オーガストさん以外にも護衛の人がいたのね。
「おいで、ティータイムにしよう」
紅茶とコックさん達から貰ったクッキーが置かれている。
なんて優雅な時間だろうか、隣には王子様がいるってどこのお伽話だろうかと思う。
そうだ、それよりさっきの事謝った方がいいかな、いや、お礼を言うべきかしら。
「あの、さっきは肩を貸してくださってたみたいで、その」
「ああ、あのままだと倒れて怪我などしてはいけないと、つい近づいてしまった。寝心地は悪くなかっただろうか」
太陽の下でキラキラの笑顔を向けられ、まぶしさに目が眩んだ。
「うっ」
「う?」
「あ、いえ。大丈夫です、ありがとうございました。でも殿下に枕の代わりをして頂くなんて畏れ多くて」
「私は役得だったよ」
どうしてくれようこの王子様。
はぁ、本当に綺麗な顔をしてるわね、馬車の中で聞いたら二十二歳って言ってた。
私の身体的年齢より年上だったのね、中身がアラフォーだからかな年下に感じてた。改めて見ると理想の王子様よねぇ。
とはいえ、本当なら息子でもおかしくない年齢だなと思う。
ヴァイツェンを直視するのが耐えられず目を逸らすと、オーガストさんの肩に毛虫のようなものがくっついているのが見えた。
あれ、刺されたら大変だわと声を掛けようと口を開けたら、サクッとした物が口内へ突っ込まれた。
「どこを見てるのかな、君は今、私といるのだけれど。クッキーは美味しいかい、私にも食べさせて欲しいな」
口に入った物はクッキーだった、美味しい。そして私は今、強制あーんのご返杯を強要させられようとしている。
王子様が傍若無人になってる。まあ、でも少し可愛いかも。
クッキーをひとつ掴むとヴァイツェンの口へ運び、満足そうに咀嚼するのを見届けてから、さっきの毛虫が気になりオーガストさんの肩をチラリと見やるとその姿は消えていた。
ん、どこかに行ったのかしら、それとも見間違い?
気が付いて取り除いたのかもしれないし、まあいいかと紅茶をひと口飲みクッキーに手を伸ばした。
サクサクとしてドライフルーツが練り込まれたクッキーは美味しくて、作ってくれたコックさん達に感謝した。
夜は天幕の中に簡易ベッドを作ってくれていた、大きいクッションをいくつも重ねて割と立派なベッドになっている。
ただ、天幕は一つしかなく私だけが使い、他の男性陣は焚き火の周りで夜を明かしていたようなので恐縮してしまった。
この世界ではこれが当たり前だから気にするなと言われたけど、こんなに丁寧に扱われた事など無かったのだから余計に気にしてしまう。
とはいえ、キャンプなどもした事がない里菜にとってこの状況は有り難かった。
その後休憩を取りながら進み夕景の頃にやっと王都に辿り着いた。
そのまま王城に入ったが国王との謁見は翌日とされた為、里菜は用意された部屋で休む事となった。
翌朝、起こしに来てくれたのは侍女長をしているレスリさんで、テキパキと動いている。
お風呂に入りたいと言ったら服を脱がそうとしたのには驚いたが、自分で出来る事は自分ですると伝え、使い方だけ教えて貰い湯浴みは一人で入る事にした。
他人に身体を洗って貰うなんて、うん、無いわ。
と思っていると、全裸のままマッサージされオイルを全身に塗られてしまった。
国王に謁見するというので、新しいドレスを着せられ、髪をツルツルになるまで梳かしてくれる。
鏡の前に立たされた時には良いとこのお嬢様が出来上がっていた。
アリーも凄かったけど、レスリさんは何と言うかロイヤル感を出してくれているわ。
「とてもお可愛らしいですわ、きっと殿下もお喜びになるでしょう」
「え、殿下って」
「はい、先程から応接室でお待ちになっておられます」
私に用意された部屋は寝室と応接室が別になっており、支度は寝室で行われていた。
「あの、お待たせして申し訳ありません。おはようございます」
どれだけ待たせたか分からないが、とりあえず謝っておいた。
ソファに座っていたヴァイツェンが立ち上がり、里菜に向かって二、三歩進んでから足が止める。
何も言わずにじっと見つめられ居心地の悪さを感じていると、ヴァイツェンがはっと息を飲んだ。
「いや、すまない。おはようリリエナ。良く似合っている、見惚れてしまったよ」
「え、あ、レスリさんのおかげだと思います」
褒め言葉を素直に受け止めるには恥ずかしすぎる台詞だなと思う。
「謁見の間までのエスコートをさせて貰うよ、いいね」
どうやら迎えに来てくれたらしい、一人では心細かったので正直ホッとした。
謁見の間、その玉座に居たのはヴァイツェンに似た厳しい表情の国王陛下だった。
やっぱりイケメン、大人の色気と威厳が伴って神々しくもあるわ。
扉を開ける前に教えて貰った通り両膝をついて頭を下げると、「立ちなさい」と頭上より声が響く。
姿勢を戻し、隣にいるヴァイツェンの顔を見ると、それでいいよと頷いてくれる。
「陛下、聖女様をお連れしました。リリエナ・ドゥーベ嬢です」
「よく来てくれた。急かすようだが魔物の発現が頻繁になっておるのだ、魔王の復活もあるやもしれん。今一度其方の力を借りたいのだ、討伐に加わってはくれまいか」
え、いきなり?魔物の討伐って言っても私は普通の人間だし、何も出来ない、無理よ。
勝手に聖女って言われても、剣も魔法も使えないのに何言ってるの王様、この王子様もだけど。
ここで嫌ですって答えたらどうなるんだろう、牢屋に入れられたりしないわよね、どうしよう身体が震えてきた。
王様も、このずらっと並んだ人達も、そして隣の王子様も全員が私を見てる、私の返事を待ってるけど「はい」も「いいえ」も言いたくない。
「陛下、聖女様は再度の召喚に戸惑われております。加えて十分な休養をお取り頂けないまま強行にお連れしてしまいました。私が浅慮でありました。今一度休養を取りながら考えて頂くのが最善かと」
ヴァイツェンはそう言うと里菜に微笑みかけた。
「そうか、あまり猶予は無いが、認めよう」
「ありがとうございます、では」
助けてくれた?とりあえず今すぐの返事はしなくていいって事かしら。
里菜の震える手をヴァイツェンが握り、引っ張るように謁見の間から出してくれた。
部屋に戻り椅子に腰を落ち着かせた里菜の正面に、ヴァイツェンはゆっくりと片膝をついた。
「さっきは父がすまなかった、魔物の件で城内も落ち着かず、聖女召喚が成功したと証明する必要があった。嫌な思いをさせて本当にすまない」
「いえ、そんな」
助け船を出してくれたのに素直にお礼を言えない程、都合を押し付けられる事に腹を立てていたが、ヴァイツェンは気にしていないようだ。
「討伐についてはゆっくり考えてくれていい、いやむしろ安全な所に居て欲しいくらいだ、あんな思いはもう」
後半はぼそぼそと口籠っていた為、聞き取れなかった。
「え?すみません聞き取れなくて」
「いや、いいんだ。心配しなくて良い、討伐に参加しようとしまいと私はリリエナを守るつもりだ」
ブルーグリーンの瞳が強く光り、真剣な眼差しが本心であると伝えてくれる。
この人は、この人の瞳は聖女とは関係なく私自身を見てくれている気がする。
ヴァイツェン殿下は、信用してもいいのかもしれない。
里菜も見つめ返していると、恭しく左手の指先をやんわりと掴まれる。
「貴女は私が守る。この命ある限り、生涯の忠誠と愛を誓う」
指先に触れた柔らかく温かい感触に、身体が震えた。




