30
「約束を守れるかどうかもわからなかったけど、五年もかかってしまったのね。今度こそあなたを助けるわ」
守れるかどうかもわからないのに、その場しのぎに約束をしてしまっていた。よくも無責任な事をしてくれたわね十六歳の私。
「リリエナ?約束とは何だ?」
「ごめんなさい、後で話します。リンガル騎士団長、その子を私に」
「全く、君は。帰ったら全て話して貰うよ、リンガル渡してやってくれ」
ヴァイツェンは口を尖らせながらも承諾してくれた。
依然として抵抗を見せないカワウソを掴んだままの騎士団長は、それでいいのかと王子に目配せをし、頷いたのを確認してからそれを里菜に渋々渡してくれる。
「ねえ、あなた可愛いから一緒にいてもいいわ。ただし、私について来るならね」
小さく「キュウ」と鳴いた。
魔物や魔獣が現れないのもこの子に攻撃の意思が無いからだろう、けれどこれからしようとしている事を実行すると、どうなるかわからない。
「ヴァイツェン殿下、今からこの子と闇を繋ぐものを切ろうと思います。この子を光で包むと闇の力が、魔物や魔獣が暴走するかもしれません」
「分かった、何があっても君を守るよ」
さっきから腰に回っていた腕にさらに力が込められる。
こうやって腕の中にいると、心が落ち着いて魔力のコントロールがしやすい気がする、大丈夫できるわ。
カワウソの両脇に手を差し入れて向かい合い、自分のおでこをカワウソのそれにコツンと合わせ、そこから魔力を送ると次第に両者の輪郭に沿うように白い光が現れた。
そうすると弾かれるように黒い霧が勢いよく散り、コントロールを失ったかのように周囲で渦巻きだし、暴れだした。
そして何処からともなく魔獣も魔物も里菜達を囲むように現れた。
「構えろ!来るぞ」
リンガル騎士団長が騎士達に号令を出すと同時に魔物達が襲いかかって来る。
「くそ、ちと多いか」
魔王と切り離されたせいか、一匹一匹はそんなに強くないが数が多すぎる、騎士達は苦戦を強いられ、ヴァイツェンは腕の中の大切な人に向かって来る敵を薙ぎ払っていたが、この状況にどうしたものかと思案する。
「これではキリがないな」
その独り言は里菜にも聞こえていた。
力を分散すると弱まってしまうが、この空間すべてに祓いの光を。願いを込めると隅々まで行き渡らせる。
その効果は動きを鈍らせるだけになったが、ヴァイツェンにはそれで十分だった。
「リリエナ、ありがとう。リンガル!皆を集めてくれ、私がやる」
「全員集まれ!」
騎士団長の声で騎士達は最初の円陣の形に戻ると、ヒヤリと冷気が漂い、瞬きした次の瞬間には全て氷柱が貫いており、あっけなく終息した。
その光景は容赦がなくまるで地獄絵図のようで、リンガルはどちらが残虐なのかと思わずにいられなかった。
里菜も元魔王の浄化を成功していた。カワウソは大人しく里菜に抱かれている。
ともかく、これで魔王討伐は終わったのだ。
里菜はクタクタで、今なお自分の腰を掴んでいる男の胸に寄りかかった。
「大丈夫かい?」
この人はいつも私を支えてくれる。十六歳のあの時、プレッシャーに負けそうになって飛び出した日も、この人だけが側にいてくれた。
そして、こう言ってくれたんだわ。
「今からリリエナだけの唯一となる」
「私だけの王子様」
ブルーグリーンの瞳がまん丸に見開いた。
「思い……出した、のか?」
あ、口に出してしまっていたのね。
「やだ……はい、ご心配をおかけしてすみませんでした」
「いや、謝る必要はない。リリエナ、愛している」
突然の告白に、真っ赤になって固まってしまう里菜が捻り出した返事は。
「殿下、帰ったらおにぎり食べたいです」
ククッと笑って頷いて、よし帰ろうと号令をだした。
背を向けて見てないフリをしていた騎士達の存在に気付いた里菜は、羞恥のあまりカワウソを抱き締める手にぎゅうと力を込めてしまった。
ぎゃっ、と鳴き声がした気がした。
無事に帰城を果たした討伐隊にはそれぞれ褒美が貰える事になり、里菜も例外なく希望を聞かれたので、カワウソを飼う許可を貰った。
後で禍根を残さないよう正直に説明したら渋られたけれど、私が一生首輪を付けるからと押し切り、今は私の部屋でへそ天でスヤスヤと寝ている、やはり大物だわ。
そして首輪には、私から一定の距離しか離れられないという魔法をかけた。
こちらの家族にも心配させてしまって、レイニード兄様が家族だけのお茶会をしようと計画してくれている。本当にいい人達だわ。
私はといえば、目の前のテーブルにおにぎりが置かれ、向かい合う形でヴァイツェン殿下が満面の笑みで座っているが、手をつけられないでいる。
「どうしたの?どうぞ召し上がれ」
促されるが、手を出す前に里菜には言わなくてはならないことがあった。
魔王との約束の事ではない、その件については既に説明は終わっている。何故なら帰城の途中、馬車の中で問い詰められたからだ。
それについては、早く相談して欲しかったとショボンとされて、気付けなくて悪かったと謝られてしまい、こちらもごめんなさいと頭を下げたら苦笑いで抱き締められた。
それよりも、クリアしなければならない案件がひとつ残っていた。
「あの、私、言わなきゃいけないことがあるんです」
「うん?」
ヴァイツェンの綺麗な顔が右へ十五度傾き、きょとんとする。
ずっとアプローチされていたのは分かってるし、洞窟でもハッキリと告白もされた、だから返事をしなければいけないのだけど、無視できない事があったのだ。
「私、本当は四十歳なんです!」
「うん?」
表情は変わらないが、ヴァイツェンはしばらく動かなかった。護衛として部屋の隅にいた騎士も動揺したのか、腰に履いた剣がガチャンと音を立てる。
「どういう事だい?」
こちらとあちらで時間の経過が違う事、こちらに合わせて身体が若返っていた事全てを説明した。その上で、それでもいいか聞いてみたら。
「私が愛しているのは目の前の今の君だ、今というのは姿形だけではなく中身もという事だ。だから例え四十歳の姿であろうと、中身がリリエナ、君であるなら私の気持ちは同じだよ」
徐に立ち上がるとリリエナの前で跪き、その左手を掬う。
「貴女は私が守る。この命ある限り、生涯の忠誠と愛を誓う」
そう真剣な眼差しで告げると、ちゅっと掲げた指先に口付けをした。
「この誓いの言葉の意味を知っているだろうか」
「は、はい」
この世界の常識やらは少しずつ学んでいた、一度目に言われた時は意味が分からなかったのだが、今なら意味を知っている。
まさかプロポーズだとは……。
「どうか返事を」
うっ、そりゃ教えて貰ったけど、いきなりプロポーズされるなんて思わなかったし、心の準備が……。
とはいえ、返事はもう決まっているし、返事の文言も知っている。
元の世界に帰れなくても、もし帰れるとしてもこの人がいないと嫌だと、そう思っている。
「この命あるかぎり、私の愛と忠誠を捧げます」
ヴァイツェンは目を瞠り、幸せそうに微笑んで里菜を抱き締め、その頬に手を添え戸惑う唇を塞いだ。
「愛しているよ、リリィ」
「私も愛してます、ヴァン」
完結です。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。いかがでしたでしょうか。
アラフォーで異世界転移とかしても恋愛どころじゃないよね。
という疑問から書き始めた物語です。
楽しんでいただけましたら幸いです。
よろしければ評価、リアクションをポチッとお願いします。とても喜びます。




