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アラフォーだけど異世界召喚されたら私だけの王子様が待っていました  作者: 温井 床


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 リンガルは地下牢から出ると、王太子の執務室に向かった。

 殿下の様子に違和感を感じる。

 オーガストが目覚めたら早々に聖女殿の魔力封じを解除させるだろうと考えていたが、殿下はそれを命じなかった。

 何故だ。

 明日からまた討伐の予定がある。この度の討伐は殿下と騎士達だけで完了したと聞いているが、決して無事に済んではいない、重症の者もいたのだ。

 聖女の癒しと祓いの力は必須、首輪の解除は必須のはず。

 殿下は何を考えておられるのか。

 騎士団長として聞かねばならない、騎士達は使い捨てではないのだから。

 大きく深呼吸をしてから王太子の部屋の扉をノックした。 

 

 

 執務室に通され開口一番に問うた。

「恐れながら殿下、明日から討伐の予定では?」

 ヴァイツェンは感情が読めない表情で執務机に肘をつきリンガルを見る。

「そうだな」

「聖女殿は連れて行かれないので?」

「そうだ」

 ヴァイツェンの返事には迷いが無く、やっぱり、とリンガルは胸の中でため息をついた。

 この王子が異世界からやって来た聖女を大切に想っている事は周知の事実だが、籠に閉じ込めようとする程とは。しかしリンガルも団長として騎士達の命を預かる身、言うべき事は言わねばならない。

「聖女殿の力は討伐に必須、騎士達の命をかけても良い程の理由がおありか?」

 ヴァイツェンは一瞬目を逸らしてからリンガルに鋭い視線を向けた。

「次の討伐予定の東の森だな、私が先陣を切る」

「殿下、それは……」

 陣を組んだ際、まず先遣隊を出して様子を見るが、それをヴァイツェンがすると言っているのだ。

「魔王の存在は確認された、私も本気を出すだけだ」

 ここまで言うのなら、もう変える気はないのだろう。

 この王太子は剣の使い手として優れており、風の魔法を使いこなしているが、本当に得意なのはもう一つの属性魔法であり、それは公表されていない。

 王族のみだが、二つ以上の属性魔法が備わっている場合に優れている方を隠すというのが昔からのしきたりとされている。

 ここ最近は戦など起こっていないが、もしもの時に少しでも有利になるようにと先人達が定めたことだ。

 とは言え、属性は瞳の色を見れば予測は可能であるが、どの程度使えるかを知っているのは国王陛下くらいだろう。

 騎士団長である自分にも殿下の隠された属性は明かされていないそれをこの討伐で解禁するという事だろうか。

「オーガストはまだ目覚めていない、そういう事だ。まだ異論があるか?」

 自分がそう言っているのだから従えという権高な言い方だ。

 ヴァイツェンが王族然として家臣に権力を誇示する姿を里菜に見せた事はない、脅えさせて逃げられたくないからだが、そもそも普段からこういった態度を見せる事は少なく接する機会の多いリンガルでさえ見た事がなかった。

 普段からわがままを言わない我が王子を諌めるのをリンガルは諦めた。

「いえ、仰せのままに」

 リンガルはうやうやしく礼をし、踵を返した。

 騎士団長であるリンガルには王城に執務室が与えられている、そこに向かいながら思案する。

 殿下の気持ちは分からなくはないが、魔王の存在が確認されたとあれば討伐先で何があるか分からない。

 騎士達の為にも聖女は必要だ、殿下に何かあった時に壁になる騎士達が動けないなんて事態は避けたい。前線に出なくとも後方支援として、また騎士達の士気を高める為にも聖女殿はそこにあるのが望ましい。

 殿下があのように言っている以上、聖女殿を同行させるのは難しいがあの首輪を解除しておく必要はあるだろう。 

 あそこに借りは作りたくはないが、仕方ない。

 はぁ、と息を吐き騎士団第六騎士隊の隊長執務室へ足の向きを変えた。

 

 

 翌朝、壁の向こうから忙しなく行き交う足音に里菜は目を覚ました。

「……何かしら、ふぁあ」

 大口を開けて欠伸をしていると、寝室のヴァイツェンの部屋に通じる扉が叩かれた。

「ひぇっ」

 驚きで変な声を上げてしまい、聞かれてしまったかと恥ずかしくなる。

 少し間があり、抑えているが凛とした響きを持った声が扉越しに聞こえてきた。

「リリエナ、起きているか」

 殿下だ、何かあったのかしら?

「は、はい」

「一週間程留守にする。が、出来れば外に出ないで欲しい、ここが一番安全なんだ」

「はい、わかりました。あのっ、オーガストさんはまだ目覚めては」

「まだだ」

「そうですか」

 まだ首輪は外して貰えないという事か、殿下が傍にいないと考えるだけで何だか不安になってくる。

「リリエナ」

 ヴァイツェンが躊躇いがちに言葉を続ける。

「はい」

「あいつと、オーガストと行かなかったのは何故だ」

「え?」

「いや、今はいい。すまなかった。帰って来たらゆっくり話をしたい、時間をくれないか」

「はい、あのもちろんです」

「ありがとう、……行ってくる」

 先程まで硬かった声色が和らいで里菜の耳に心地良く届いた。

「い、いってらっしゃいませ」

 返事を待ってから扉の向こうから気配が消えた。

 び、びっくりした。

 一週間もいないのもだけど、何だか今、甘い空気になってなかった?

 昨日あんなに怒ってたのに、もう機嫌直ったの?

 あのもやもやした時間は何だったのか。

 それより話ってどんな事なんだろう、あ、これってば気になって結局もやもやするパターンだわ。

 しかも一週間か……、どこへ行くのかしら。

 もうほんとに説明足りないわよね、あの王子様は。と改めて思う。

「そっか、一週間いないのか……ッ」

 寂しいな、と続けてしまいそうになり慌てて口を閉じる。

 いつから自分はこんな事を言うキャラになってしまったのか、あの一人きりのアパートにいた頃には考えられない程甘えた台詞だった。

 ヴァイツェンの存在は確実に里菜の中で大きくなりつつあり、それは少しずつ自覚をも促して頬と胸の奥に熱をもたらしていた。

 

 

 ヴァイツェンが率いる討伐隊は馬で二日走り、東の森の入り口までやって来た。

 灰の森と呼ばれるこの森の奥は魔物の巣がいくつもある。

 魔物が多いせいで禍々しい空気が澱み、まるで森に灰が降り積もっているように見えて灰の森と呼ばれるようになった。

 時折討伐隊を派遣していたが、このところ予測以上に増えていると報告があり、予定を早めての遠征となった。

 ヴァイツェンは宣言した通り、先頭で森を睨みつけながら慎重に進んでいる。

 聖女の祓いの力を発動すれば騎士の仕事はかなり楽なものになるだろう、だが怖い思いをさせてしまったすぐに討伐に連れ出すなど、ヴァイツェンには出来なかった。

 いや、そうしたくなかったのだ。

 リリエナには安全で守られた場所にいて欲しい、いっそ閉じ込めてしまいたいとさえ思う、行き過ぎた過保護だと自覚はある。

 当のリリエナ自身はそんな事は考えもしていないだろうけれど。

「殿下、間も無く奴らのテリトリーかと」

 すぐ後ろから声をかけてきたのは騎士団長リンガルだ。

「うん。リンガル、テリトリーに入ったら私から皆を遠ざけてくれ。手加減なしで魔法を放出するつもりだが、味方を全て避ける余裕があるか分からないんだ」

「は、承知しましたが、下がるのは殿下のお姿が見える範囲とします。日々鍛錬を重ねた猛者達に心配は無用、存分に披露なされよ。俺は楽しみです」

 リンガルの少しおどけた顔にヴァイツェンも身体の力を抜いた。

「そうか、では少し森を駄目にするかもしれないが、後を頼む」

「それは……仰せのままに」

「では、行く」

 馬の蹴り、ヴァイツェンは一人駆け出した。

「ようし、お前ら!殿下を視界にいれつつ広がれ!」

「「はっ」」

 リンガルの号令で騎士達も魔物を薙ぎ払いながら駆け出し、リンガル自身はヴァイツェンのすぐ後ろで馬を走らせる。

 気付くと眼前にキラキラしたものが漂って頬にチクチクと当たる。

「冷たい、……雪?氷か」

 すると一気に冷気が襲ってきた。

 リンガルは自分を包む炎の膜を作ったが、魔力が弱い為追いつかない。

 一瞬の事だった、見渡すと周囲の奥まった木々まで氷漬けとなって魔物と思われる物体がそこかしこに凍って転がっていた。

 リンガルの露出している部分も瞬間的に氷ついたが、鍛え上げた筋肉が溶かしていく。日頃の鍛錬の賜物だった。

「さすがにお前は大丈夫なんだな」

 馬を止めたヴァイツェンがリンガルを振り返る。

「これが殿下の、本当の力ですか」

 初めて本気の力を目の当たりにし、その威力に誇らしさと同時に畏怖の念を感じた。

 有効範囲は相当広いだろう、それだけの魔力を放出してもヴァイツェンはけろりとしているのだから、この王子の潜在能力は如何程なのか。

 リンガルは改めてヴァイツェンが王太子であり、自分の主である事を誇りに思うのだった。

 今回の討伐は主に剣術、魔法ともに秀でた第二騎士隊を中心に選りすぐりの隊員で構成されており、ヴァイツェンの放った広範囲の魔法に巻き込まれ負傷した者はおらず、リンガルはほっと胸を撫で下ろした。

「全員無事だな、まあ、当たり前だが」

 剣術特化の第四騎士隊の者もいたが、魔法が得意な騎士や魔導師が上手くカバーしたようだ。

 リンガルはそんな騎士達も誇らしいと思うが、森はまだまだ深くまだ先は長い、褒めてやりたい気持ちをぐっと堪え先に進む号令を出す。

 氷の森と化した一体を抜けると、またヴァイツェンが先に駆け出し魔法を発動をするというのを繰り返すこと数回、一行は悪臭を放つ沼に辿り着いた。

 澱みが濃く水も黒い、魔物にとっては居心地が良さそうな所だ。

 ヴァイツェンが手をかざし容赦なく沼を氷つかせる、これで此度の討伐は終了するかに思われたその時、ズンと氷を下から突き上げるような振動響き、氷はひび割れ、次の瞬間には何かが氷を突き破り氷上に飛び出した。

 思わぬ出来事に全員が息を呑み、それを凝視する。

『なんだ、聖女はいないのか。ねえ、聖女はどこ?』

 それは形を伴わない黒い影、そこから聞こえてきたのはまるで無邪気な子供のような声だったが、森にいた魔物とは比べ物にならないくらいに昏く禍々しい気配を漂わせている、間違いなく魔王の影だろう。

 誰もが動けない中、最初に反応したのはヴァイツェンだった。

「魔王の影よ!お前に与える答えはない!」

 ヴァイツェンのブルーグリーンの瞳が瞬間的に濃い光を纏い、全身からそれと同じ色の魔力が立ち昇った瞬間、冷気と共に無数の氷の槍が現れ、全ての槍の矛先は魔王の影に向けられた。

 それがヴァイツェンの合図で一斉に標的である影に向かって飛んだ。

 それに気付いた影が逃げようとしたが、全ての槍は魔王の影に刺さり、至る方向から貫かれた、その威力は絶大で、聖女の祓いの魔法を使わずとも消滅させるには十分だった。

『ぐぅッ・・!』

 消滅する前に影はペッと何かを吐き出し、それはヴァイツェンの頬を掠め一筋の赤い傷を作る。

 リンガルは自分が間に合わなかった事に舌打ちをした。

「クソ、殿下!」

「大丈夫だ、さあ、魔物をもう少し減らしてから帰ろう」

 魔導師から治癒の申し出があったが、かすり傷だから城に戻ってからで良いとその場は断り、討伐を続行すべくヴァイツェンは森を進む。

 魔王の影をいとも容易く討伐したヴァイツェンは騎士達の羨望の的になっていたが、リンガルだけは簡単すぎた事に違和感を感じるのだった。



 その日、王城の地下牢で不可解な人払いが行われ、オーガストの牢屋の鍵が締め忘れられるという有り得ない事が起こった。

 その上、オーガストには次の見廻りの時間が告げられ、そして地下牢から誰もいなくなった。 

 


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