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アラフォーだけど異世界召喚されたら私だけの王子様が待っていました  作者: 温井 床


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 また寝返りをすると、今度は仰向けでぼんやりとする。

 少しだけ十六歳の私を思い出した。

 この世界での初めての記憶はヴァイツェンではなく、ドゥーベ家のお母様マリーヌの心配そうな顔だった。

 お父様も兄達も優しくて可愛がってくれたと思う。

 ホームシックになった時は兄達が食べ切れない程のお菓子を持ってきてくれたっけ。

 他にも……。

 思い出せて良かった、でも、もっと思い出したい記憶がある。

 オーガストさんは私が殿下を好きだったと言っていた、そう思う何かがあるのならそれが知りたい。

 彼ともう一度話が出来ないかしら、明日聞いてみよう。

 


 ようやく睡魔に追い立てられ、とうとう寝息を立て始めた里菜の寝室に繋がる扉を反対側から静かに見つめ、眠らずにいるのはヴァイツェンその人だった。

「あのまま口付けしてしまうところだった」

 ふぅ、と肩で息を吐いた。

 夜着にも着替えずベッドに片膝を立て腕と顎を乗せて腰掛けている。

 すぐ側に剣を立て掛け、奇襲に備えた状態で今夜は過ごすつもりだ。

 里菜が見た黒いモヤは言葉を発していたと言う、それは魔王の分身である影の可能性があった。

 魔王の影ならば聖女であるリリエナは確実に狙われる、怯えさせてはいけないと思いリリエナには言ってはいないが。

 いっそ怯えさせて寝室に押し掛ければ良かった、と不埒なことを考えてしまうが自分の存在が怯えさせてしまうのは本末転倒。

 今度こそ、私の手で守る。大切な私の愛しいリリエナ。

 あいつが、オーガストがリリエナを特別な意味で見つめていたのを私は知っていた。

 知っていたからこそリリエナの護衛を命じた。

 その想いがあれば命をかけて守るだろうと、その思惑は外れてはいなかった。

 だが、リリエナを恋慕い闇に魅入られる程心を乱すとは誤算だった。

 優秀な奴だが、あれもただの男だったという訳か。まあ、私もだが。

 見つけた時は遺体かと思ったが、リリエナを守った末の大怪我だ本望だろう。

 最終的に彼女は無事だったのだからオーガストを護衛に付けたのは間違いではなかったかもしれない。

 が、結局危険にさらしてしまった、もう誰かに委ねる事はしない。

 大事な人は自分で守る、そしてリリエナの気持ちを手に入れる。

 リリエナも少なからず好意を寄せてくれているのではないだろうか。

 必ず振り向かせてみせる、五年前のように。

 

 

 あの日、私とリリエナは魔法の訓練を受けていた。

 とりわけリリエナは魔力が誰よりも多いが故、コントロールに苦戦していた。

 それまで魔力など知らずに生きてきたのだから至極当然のこと。

 突然知らない世界に連れて来られたにも関わらず、彼女はひたむきに訓練に取り組んでいた。

 可愛らしく、やや幼なげな彼女の健気な姿に私の心は奪われていった。

 そんな日々の中、やはり辛くなったのだろう、いつもの花のような笑顔を消して訓練場から飛び出してしまった。

「も、やだッ、……ごめんなさい!」

「リリエナ!」

 可憐な容姿を裏切る脚力であっという間にどこかに隠れてしまい、護衛達と城の敷地内を探したが見つけられず、騎士団を巻き込んで城外まで捜索を広げた。やがて街外れにある植物園に隠れているのを魔導師が見つけた。

「私が迎えに行くまで安全を確保しててくれ」

 その場に待機するよう命じて、私は厨房へと走った。

 飛び出してからかなり時間が経ってしまった、きっとお腹も空いているだろうから何か持って行ってあげたいと思った。

 リリエナの好きなものが良いか、とすればアレか。

 彼女はよく厨房を借りて米を三角にして食べていた、アレを食べると元気が出ると言っていたのだ、祖国の食べ方らしいが私にも作れるだろうか。

「料理長!炊いた米はあるか」

 突然の乱入に呼ばれたガタイの良い白髪まじりの料理長が慌てて駆け寄って来た。

「で、殿下。このような所までお越しになるとは、いかがなさいましたか?まさか、お食事に至らぬ点でも!」

「そうではない。リリエナがよく作っていただろう、アレを作りたいのだ」

「はぁ、おにぎりですか」

「おにぎりと言うのか、それを今すぐ作りたいのだ」

「え、すぐにですか、米を炊くには時間がかかります。すぐと言うのは……あ、まてよ、あの方ならもしかして。心当たりがあります、すぐ戻りますのでお待ちください」

 料理長は厨房から出て行くと、しばらくしてほかほかの米が入った器を手に戻って来た。

「お待たせしました。魔導師長様から譲っていただきました」

 最近魔導師長となったソニアスも米が好きで城の敷地内の居宅で炊いているらしく、今も冷めた米が残っていたと魔法で温めてくれたようだ。 

 それを三角に固めようとしたが、なかなか難しい。

「んん、米が手に張り付くな」

「あぁ、殿下。聖女様は水で手を濡らして握っておられましたよ」

 料理長が手を出そうとしたが断り、不恰好だが何とか塊には出来た。

 包みに入れて貰ったそれを抱え、急いで馬を走らせリリエナの元へと辿り着いた。

 彼女は石造りのベンチに座り顔を伏せてじっとしている。

「君は足が早いんだね、驚いたよ」

 リリエナはビクッと身体を震わせて顔を上げ、声の主が分かると安心したような顔をした。

「ヴァイツェン殿下……」

 ヴァイツェンはリリエナのすぐ隣にゆっくり座ると、まだ温かい包みを差し出した。

「お腹すいただろう、食べるといい」

 リリエナはガサガサと細い指で包みを開き、驚いている。

「殿下、これは」

「おにぎりだ、驚け、私が作ったのだ。形が悪いのは……すまない、許せ」

 リリエナは金色がこぼれ落ちそうなくらい大きく瞳を見開く。

「で、殿下がこれを?えっ、何で」

「おにぎりを食べると元気が出るのだろう?私はリリエナに元気になって貰いたい」

 ヴァイツェンは優しく微笑んで励まそうとするが、うまく伝わらなかったようだ。

「すみません」

 リリエナはまた俯いてしまった。

「謝らないでくれ、それは私の台詞だから。私やこの国の者にもっと力があれば聖女召喚など必要なかった。けれど聖女の力を求めてしまったのは我々の弱さのせいだ。君にそれを背負わせてしまった。不甲斐ないのは私の方なんだ、王子のくせに一人の少女さえ支えられないなんて、本当にすまない」

「いえ……」

「リリエナにそんな憂いた表情をさせている理由が知りたい、聞かせてくれないかい。何か無理強いをしてしまってはいないだろうか、教えて欲しい」

「いえ、皆さん優しくしてくれます」

「そうか」

 リリエナは何か言おうとして口をはくはくと動かすが言葉にならないようだった。

「いいんだ、それより食べてみてくれないか」

 頷いて、ようやく包みの中のおにぎりに手を伸ばし、目の前に掲げ、一瞬戸惑ったように見えたが黙って食べてくれた。

「もっと練習していつか美味しいと言わせてみせるよ、食べてくれてありがとう」

 そこで肩の力が抜けたのか、ポツリポツリ話し始めた。

「みんな優しいです、大事にしてくれてると思います」

「うん」

「でも、だから辛い。みんなの期待に応えられないのが辛いんです」

「リリエナ……」

「落ち込んでたら優しくしてくれます、でも……がっかりした顔をするんです。だからみんなの前では落ち込んでられなくて。そしたら私は頑張り続けるしかなくて。でも、でも私だって……本当は甘え、たい……うっ、うう」 

 最後は嗚咽となって、大粒の涙と共に彼女の感情が解放されていく。

 気が付くと私はリリエナを抱き締めていた。

 この少女が抱える葛藤や苦悩は王子である私も幼少の頃から背負ってきたものだ。

 この小さな身体の細い肩にそれを背負わせてしまった、私と同じ苦しみを。

「リリエナ、すまなかった。私なら君の気持ちを理解出来る、だから私にだけは我慢しなくていい。甘えて欲しい。私が全て受け止めよう、今から私はリリエナだけの唯一となる」

「私だけの?」

「ああ、友であり家族でもあり、私としては恋人がいいが」

「こっ……」

「ふ、可愛いリリエナ。急がないさ、ただいつでも私は君の味方であると覚えておいて頼って欲しい。私にとっても君が唯一だ、時々でいい、こうやって触れ合いたい」

 腕の中のリリエナが身じろぎ、そろそろと自らの腕を私の背中に回しギュッと抱き着いた。

 私の気持ちに応えてくれたようだ、彼女の耳が赤く染まっていた。

「おにぎり、美味しかったです。それと、迎えに来てくれてありがとうございます」

 この時、この愛しい少女を必ず守ると決意したのだ。

 

 

「リリィ」

 あの後から呼び始めた愛称を呟いてみた。

 そして自分を呼ぶ声を思い出す、「ヴァン」とあの頃は呼んでくれていた。

「もう一度呼んで欲しいよ、リリィ」

 もうすぐ夜明けだ、今夜はゆっくり休めただろうか。

 愛しい人がドア一枚隔てて眠っている、施錠はされているが鍵は当然ヴァイツェンが持っており、開けたい衝動に駆られては理性が己を叱咤している。

 もちろん緊急時にしか使うつもりはない。

「まずは魔王を討伐せねばな」

 独りごちて朝陽を待つことにした。

 


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