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アラフォーだけど異世界召喚されたら私だけの王子様が待っていました  作者: 温井 床


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 里菜は頭から布にすっぽり包まれて、誘拐犯の腕に支えられ馬に揺られていた。

 景色は見えないが時間の経過からして蜘蛛の魔物からは大分遠ざかっているだろう。

 殿下……、ヴァイツェン殿下はどうなったの?

 目に焼き付いて離れない、振り返り目が合った瞬間その身体が飛ばされてしまった。

 また、また私のせいで。私に気を取られたから、殿下は蜘蛛の足に。

 自分の不甲斐なさに嫌気がさし、里菜の瞳から涙が溢れ出る。

 どんなに暴れても拘束する腕からは逃げられないとわかり、抵抗するのをやめてしまった。

 どこに向かっているのかも分からず不安は増すばかりだ。

 何より信頼していたオーガストに裏切られた事が里菜の心をさらに重くしていた。

 背後から襲われたので顔は見えなかった、けれど延びてきた腕が纏う制服はオーガストのものだ。

 知らない内に誰かと入れ替わったりしてないか、もしそうであればオーガストの身が心配だけど。

「あなたはもう、戦わなくて良いのです。普通の女性として生きて下さい」

 小さな声で囁かれたそれは間違いなくオーガストの声だった。

 どうしてそんな事を言うのか里菜には分からないが、少なくとも危害を加える気はないと思えた。

 しかし、油断は出来ない。何故ならオーガストからはあのアームの嫌な感じがするからだ。

 オーガストに取り憑かれる隙があったのか、訓練されている騎士にそんな隙があるのだろうか。

 人の欲望を増長するのがアーム、オーガストも人である限り欲望はあるだろうが、どんな欲望で動いているのか。

 そもそも自分を誘拐する目的すら今は不明だ。

 やがて馬が止まり、里菜は抱えられて運ばれクッションの効いた所に降ろされた。

「手荒な事をして申し訳ありません、布を取りますが騒がないで下さい」

 頷くと、ゆっくり布が解かれていき、そこにはやはりオーガストがいた。

 そこは木造の小さな家で、里菜はベッドに座らされていた。

「ここは?」

 里菜は静かに問うた。今騒ぎ立てても良い結果には繋がらないと思ったからだ。

「ここは私が時折使っている森小屋です。目隠しの魔法をかけているので見つかる事はないでしょう」

「どうして私を?」

 オーガストは熱い眼差しを里菜に向けながら手を伸ばし頬を撫でた。

 普段の彼は冷静で、こんな熱の籠った瞳などした事は無かった。

「私と一緒に遠くに行きましょう」

「え?」

「その首輪は魔力封じです、それがあれば普通の女性として生きていけます。昔の貴女は殿下に好意を寄せていた。しかし、今は少し違うように思います。聖女なんてものを押し付けられても貴女は健気に期待に答えようとなさっている、そんな貴女を殿下は利用しているのです。貴女には殿下の傍にいる理由は無いはず、今なら殿下から逃がしてあげられます。私と一緒に逃げて下さい、……貴女をお慕いしているのです」 

 そう言って里菜の手を取り顔を寄せようとした。

「やめて!」

 手を引っ込めようとしたがグッと掴まれる。

「手を離して、お願い」

「嫌です、離したくない。離さない、私と……俺と一緒に来てくれ」

 懇願がいつもの丁寧な口調を崩し、祈るように吐き出されてくる。

 オーガストの身体から黒いもやが立ち昇っている、アームに取り憑かれているのは間違いない。

 隙などなさそうなこの副団長の気持ちを揺らしていたのは私だったのね。

 けど、気を持たせるような思わせぶりな態度を取った覚えはない。出会ってからの期間も短い、自分に想いを寄せる要素などあっただろうかと首を傾げたくなる。

 四十年間彼氏など出来た事がない喪女にとって熱烈に求められるなど夢のようなシチュエーションであるが、気持ちに応える訳にはいかない。流されたかもしれないが聖女として殿下の傍にあるのは里菜自身で選択した結果だ。

 殿下の傍にいる理由が無いなど言われたくない。

 祓いの魔法が使えれば……。

 掴まれていない手を首元に当てると金属で出来た首輪に触れた。

 留め具がないか探ったがそれらしきものは無い、つまんで引っ張っても外れそうにはなかった。

 どうやって逃げようかと考えていると、その手に重ねるようにオーガストが触れてくる。

「無駄だ、それは外れない。乱暴はしたくない、俺のものに……なれ」

 トンと肩を押されて後ろに倒される。

「へ」

「大事にする、だから、俺を受け入れてくれ」

 欲を顔に宿したオーガストからは理性が消え、ベッドに膝から乗り上げ覆い被さってくる。

 やばい、オーガストさんだから酷い事はしないだろうと楽観視してしまっていた。

「オーガストさん!落ち着いてっ」

 ベッドに仰向けになった里菜を四つ這いで見下ろし、頬を指の背で優しく撫でてくる。

「リリエナ様、好きです」

 里菜はずり上がり逃げようとしたが、ドレスを踏まれ動けずとうとう両手を頭の上で纏められてしまった。

「オーガストさん、待って!正気にもどって!私が聖女でいる事と殿下は関係ないの!あなたは勘違いしてるわ!私が聖女をやってるのは私の意思よ、少ししか過ごしてないけれどこの国の人達は優しくしてくれたわ。その人達を守りたいと思ったからよ!そして守りたい人達の中にあなたも入ってるのよ!あなたとは行けない、この首輪を外して!」

「私と一緒に……」

 里菜の叫びはオーガストには届かなかったのか、ゆっくり顔を里菜のそれに近づけてきた。

「や、やめっ!」

 逃げられない。

 里菜の唇まで残り三センチまで近づいた時、誰も訪れないはずの扉が勢い良く開いた。

 入ってきたそれは暗く闇そのもの、人の身長程の漆黒で今まで感じた事のない禍々しさを纏った何か。

 空気が重力を持ったかのように息苦しい。

 説明されなくてもこれが魔王だと里菜にはわかった。

 

 

『みつけた』

 顔のパーツなどないが、それは里菜を見て発しているように聞こえた。

『それは僕のものだからね、こっちに渡して』

 まるで子供のような無邪気な声でおもちゃを返せと言わんばかりの台詞だ。

 だが、里菜には次々に起こる出来事にいっぱいいっぱいで気にする余裕は無かった。

 只ならぬ気配のそれと、自分に覆い被さる闇に取り憑かれた男、封じられた魔力、もう万事休すかと思われた。

「うぐっ……はっ」

「オーガストさん!」

 オーガストが首を数回振り、リリエナから飛び退いた。

「申し訳ありませんでした、殿下が近くまで来ているはずです。振り返らずに走って下さい」

 その唇の端から噛んだのか血が滲んでおり、その瞳はいつもの彼に戻っていた。

 返事をする間も無くオーガストは里菜を荷物のように担ぎ上げると、すぐ傍の窓を開き、放り投げた。

「ふえ、えっ、きゃあ」

 どすんと尻から落ち転がった。

「走れ!」

 オーガストはそう叫ぶと窓を閉めた。

 言われた通りに里菜は立ち上がり走った、どちらの方向に行けばいいのか分からないがとにかく離れる事を思い走った。

 振り返らずに走れるだけ走ろうと気合を入れた時、大きな爆発音と何かが崩れる音がして足を止めた。

「え、うそ」

 小屋は崩れ落ち炎が上がり、そこから黒いモヤがゆらりと抜け出てきたが、ビクンと跳ね固まってからひび割れてやがて消えた。

「オーガストさん!」

 思わず戻ろうと足を向けたその時、それは突然、何故か、ふとドゥーベ家の家族の事を思い出した。

 今の記憶の中には無い、もっと前の今の里菜が知らない記憶が走馬灯のように頭の中に駆け巡る。

「そうよ、私来てたんだわ、この世界に」

 そう、十六歳のあの日、遅刻しかけて教室に飛び込んだら白い空間にいて、やはり地面に吸い込まれ、気が付いた時には森の中の泉の辺りで倒れていた。

 そしてエドワイドに拾われ、家族にしてくれたのだ。

 あの時は義兄二人も家にいて、よく面倒を見てくれた。

 特にレイ兄様は内緒だと言ってよくお菓子を持って来てくれていた。

 とても懐かしくて温かい思い出ばかり。

「リリエナ!無事か!」

 背後から声が聞こえ我に帰る、そうだ、思い出に浸っている場合では無かったんだ。

 金糸の髪を振り乱し、走ってくる彼の姿に里菜は安堵した。

「殿下……良かった、無事だった」

 ヴァイツェンは里菜に一直線に向かって来る、その姿が等身大になった時、彼は両腕を広げ里菜を包み込む準備をしていた。

 それに気付いた里菜は自分からその胸に飛び込んだ、いつもならひと呼吸考えてから行動する里菜が、まるでそうするのが当たり前かのように無意識に己の腕を伸ばしたのだ。


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