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するとその先の回廊にお約束かのようにいつぞやの令嬢が立っていた。
「リリエナ様でしたわね、またお会い出来て光栄ですわ」
もう少し時間を潰せば良かったと思ったが後の祭りだ。
え~と、確か。
「こんにちは、え……と、マヌエリタ様」
「今、王太子の箱庭から出ていらしたのかしら?」
あ、見られてた。もしかして面倒な事になりそう?
「ええ、そうですね」
「オーガスト様だけではなく、殿下にも色目を使ってらっしゃるの?」
「え?」
「王太子の箱庭に招かれた令嬢など今まで聞いた事がありませんわ。茶会にも参加出来ない田舎娘のくせに、どんな手を使ったか知らないけど身の程をわきまえなさい!」
キッと睨んでくる。
うっ、やっぱりそうきたわね。ここで殿下から誘って貰いました、ついでにいつでも出入りOKになってます。なんて言ったら殺されそうな勢いだわ。
私が聖女だって気付いていないのなら、下手な事言えないし。
後ろにいるはずのオーガストをチラッと見ると、とてつもなく冷たい瞳を目の前の派手な令嬢に向けている。
里菜の視線に気付き、その体躯でマヌエリタとの間を塞いだ。
「身の程をわきまえるのはマヌエリタ様ですよ、ドゥーベ辺境伯の御令嬢に対してその態度が正当であるか子爵のお父上に今一度お聞きなされよ」
「オーガスト様ッ?この方は何なのですか!」
「貴女に知る権利は無い、リリエナ様行きましょう」
促されマヌエリタの脇を歩き始めた時、里菜は違和感を感じ振り返る。
彼女の周りに黒い蜃気楼のようなものが揺れていた。
え、何アレ。
オーガストさんは何も感じなかったのかしら。
部屋に戻って早々に聞いてみたが、特に感じなかったらしい。
「私も気に掛けておきましょう、あの場所に何故いたのかも気になりますし。城外の者があそこを通る事は無いはずです、茶会の場所からも離れておりますしね」
なるほど、今日もお茶会だったのね。じゃあ殿下の予定もそれって事よね。
ま、私には関係ないか。
それより王太子の箱庭ってそんなにレアだったのね、気をつけなきゃ。
「リリエナ様、申し訳ありません。またしてもあのような」
「あ、いえ、大丈夫です。ですけど、気のせいかもしれないんですが、さっきの人に黒いモヤモヤっとしたものが見えたので気になって」
「え?」
オーガストさんは顎に手をやり、黙ってしまった。何か考えているようだ。
「先日もいるはずのない所にいました、気になりますね。リリエナ様、少し外してもよろしいですか?殿下に伝えてまいりますので、リリエナ様は部屋から出ないようお願いします」
「わかりました」
オーガストは足早に扉の向こうに消えた。
一人になるとソファに深く座り、靴を脱いで体育座りの姿勢をとった。
あの黒いモヤモヤ、オーガストさんはやっぱり気付いてなかったな。
気のせいじゃないわよね、怒りのオーラのように立ち昇る禍々しい黒いもや。
私が聖女だから見えたのかしら、聖属性が強いから。
あれ、あの令嬢瞳の色が違うって気付いたのに、聖女だと思わなかったのかな。
この世界の人なら知ってるはずよね、金色がどういう意味か。
と、その時扉の向こうからうめき声とドサッという音が聞こえ、そして、コンコンとノックの音が聞こえた。
嫌な予感しかしないけど……。
諦めて足を下ろし、扉に近づくとゆっくり開けた。
全開する前にヌッと手が滑り込んで里菜の手首を掴んできた。
「えっ」
「ごきげんよう、リリエナ様」
そのまま奥に押されながら、マヌエリタが入ってきた。
「痛っ、離して」
跡が残りそうな程強い力で掴まれていて、振り解けない。
「貴女は何なの、その瞳の色は聖なる方の色。そんなのズルイ!消えて下さる?」
マヌエリタの体から、またあの黒いモヤモヤが現れ全身を包み、里菜の手首をねっとりと覆った。
ゾゾゾと悪寒が走り、暴れてみるが掴まれた手は外れない。
や、ヤバい、どうしよう。
「あなたがその瞳を持つだなんて……認めないわ!」
里菜は咄嗟に魔法を出せないでいた。その隙を突かれ、首を掴まれグッと締められる。
殺される!
そう思った時、自分を呼ぶ声が聞こえた。
「リリエナ!」
声と共に首が解放され、崩れ落ちる里菜の身体は誰かに受け止められる。
「ぐ、げほっ、ごほっ……はぁ。……で、殿下?」
「すまない遅くなった」
マヌエリタは?と見渡すと、オーガストさんに腕を背中で固定された状態で確保されていた。
「オーガストの報告を聞いて嫌な予感がした、間に合って……は無いようだ、すまない怪我をしているね」
首筋にそっと触れてきた。
「痣と少し血が出ている、……クソッ!」
きゅっと腕の中に包まれ優しく頭を撫でられた。
その温もりにもう大丈夫なんだと安心した途端、膝がガクガクと震え出した。
足から力が抜けて立っていられなくなった里菜をヴァイツェンの腕が支えてくれる。
「すみません、爪で引っ掻かれたのかも……。そ、それより扉番の人は無事ですか?倒れるような音が聞こえて」
ヴァイツェンがおや?という表情をする。
「リリエナは強いな、そして優しい。護衛の心配もしてくれるのだな。オーガスト、倒れてる二人はどうだ?」
気がつけば騎士団の人達も駆けつけており、マヌエリタは縄で拘束され連行されているところだった。さっきの黒いモヤモヤは消えている。
オーガストは床に倒れている二人の衛兵の様子を伺ってからヴァイツェンに顔を向けた。
「恐らく気を失っているだけだと思われますが、医師に診せた方が良いかと」
「そうか、運んでやってくれ。闇の瘴気にあてられたか」
「マヌエリタ嬢は拘束室へ連行し、第三騎士隊に魔術師の派遣を依頼しております」
「わかった、ご苦労。リリエナ、もうあの令嬢は来ない、安心してくれ」
ヴァイツェンは里菜を抱き上げ、ソファに座らせた。
オーガストはすかさず跪き、頭を下げる。
「リリエナ様、申し訳ありません。離れるべきではありませんでした。ご不安になられるやもしれませんが、今一度リリエナ様をお守りする事をお許しいただきたいのです、どうかお願いします」
いつも傍にいて守ってくれた人だ、今回の事は彼のせいではないし信頼が無くなった訳ではない。必死に請うオーガストを拒否する理由もないが、自分の思うように返事をしても良いのかわからない。
里菜はヴァイツェンの顔を見た。
「リリエナの意思を尊重する、どうしたい?」
良かった。
「では、引き続き護衛はオーガストさんにお願いしたいと思います」
「ありがたき幸せ、この命ある限り剣となり盾となり貴女をお守りする事を誓います」
オーガストはまたしても里菜のドレスの裾に唇を寄せた。
うっ、これ恥ずかしいからやめてくれないかな。これからは省いてくれていいよ、ほんと。
「次は無いと思え、護衛は外さんが処分は追って沙汰を出す」
「はっ」
ええっ、処分?そんな、オーガストさんのせいじゃないのに。
それが表情に出たのかヴァイツェンが顔色を悪くした里菜の顔を覗き込んできた。
「仕方ないんだ、何もお咎め無しでは他に示しがつかない。リリエナは何も気にすることないよ」
「私も処分がなければ騎士団員達からどう言われるか。護衛を継続出来るだけで満足なのです」
そう言った顔に悲壮感はなかった。
「わかりました。そういうものなんですね」
マヌエリタさんはこの後どうなるんだろう、あれがアームだとしたら祓えば正気に戻ったかもしれない。
私がちゃんと魔法を使えていたら、マヌエリタさんもあの黒いものから助けられたしオーガストさんも処分を受けることは無かったかもしれない。
たらればを言っても仕方ないけど、本当は防げていた。私はもっと本気でこの世界に向き合い魔法に取り組まなければいけなかった。
「ごめんなさい」
誰かにではなく、ただこの世界に組み込まれたことを初めて実感し、他人事のように考えていた事を恥じて呟いたものだった。
そんな里菜を二人の美丈夫は痛ましげに見つめる。
「あの子は、マヌエリタさんはどうなりますか」
少し間がありヴァイツェンが答えてくれる。
「闇に取り憑かれた者は、浄化された後裁かれる。女性であれば殆どが修道院へ送られ出る事は無い」
「そんな、……家に帰してあげる事は出来ないんでしょうか」
「それは難しい。貴女は……いや、聖女が罰を求めていない事は伝えておこう」
「ありがとうございます」
気が重い、何だか疲れたな。
「今日はもう休むといい、オーガスト頼んだ」
ヴァイツェンは部屋を出て行った。
「本日は私が一晩中扉の番を致します、何かあれば声をかけて下さい。今ご希望はありますか?」
「いえ、ありません。ありがとうございます」
「ではゆっくりお休み下さい」
オーガストさんも扉の向こうに消えた。




