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アラフォーだけど異世界召喚されたら私だけの王子様が待っていました  作者: 温井 床


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「リリエナ様、申し訳ありませんでした。講師はソニアス殿以外にお願いしておきます。まさかあのような」

「すみません、一人にして貰えませんか。少し疲れました」

 少し考えたい、とにかく今は人の気配を遠ざけたくてオーガストの言葉を遮る。

「リリエナ様……、わかりました。では扉の外におります」

 パタンと扉の閉まる音がして、気配が無くなった。

「はぁーーーーッ」

 誰にも気を使わなくていい状況になったのを確認し、大袈裟に溜息をついてみた。

 異世界召喚だものね、ほいほいと行き来は出来ないか。そんなものよね。

 うん、そんなような小説を読んだ事がある。

 でも一度は戻れてるんだから、方法はあるはずよ。

 その時何が起こったのかは私自身が知っているはずで、それなのに記憶がないのがもどかしい。

 どうして帰りたいのか……か、痛い所を突かれたなと思う。

 正直なところ、どうしても帰りたい理由など無かったからだ。

 未練が無いと言うか、一人暮らしが長かったくせに恋人もおらず、会社と自宅の往復だけで、そんな毎日に戻りたいかと言われればそうでもない。

 結果的に恋人がいなくて正解だったのかな、いたら今頃会えなくて泣いてるかも。

 あ、それより無断欠勤してしまったわ。私が担当していた仕事は大丈夫かしら。 

 職場については、まあいいか。組織なんて一人欠けたところで困らないように出来てる。

 実際、急に辞めた人がいたけど、皆で協力してどうにかなったのだから。

 それより家族だ、両親は私がいなくなったって知ったらきっと悲しむ。

 会えなくなるならこの間の休みに実家に帰れば良かった。

 関係は悪くなかった、べったりというわけでもなく、どちらかと言えば希薄だったけど。

 それでも大切な人達だ、会えなくなるのは寂しい。

 友達にももっと会えば良かった、数は少ないが定期的に会ったりしていた、心配させてしまうだろうな。

 と、止め処なく考えてはいるが、生活の基盤があちらの世界にあったというだけで絶対に帰りたいという理由にならないと自覚してしまう。

 私って案外薄情なのかしら、思い返せばいつも居場所を探してたような気がする。

 恋人にしてもそう、出会いがあってもいつも誰かと比べて、この人じゃないって感じてた。

 もしかして、それはこちらの世界に来ていたというのが原因なのだろうか。

 ふと、ヴァイツェンの顔を思い出す。

 ち、違う違う!

 あんなキラキラ王子様の隣なんて落ち着かないし、不釣り合いだわ。

 深呼吸を繰り返して、慌ててかき消す。

 そうすると、今度はソニアスの言葉を思い出して少しイライラしてくる。

 勝手に召喚するなんて誘拐と同じなのに、何であんな言われ方しなくてはいけないのか。

 いくら聖女が必要だからって乱暴すぎるわ。

 命捧げますって言われても、捧げられた方はどうしていいかわからないし。

 でも、乱暴だけど、ソニアスさんはとても真剣に話をしていたように思う。

 この国が聖女を必要としている、言い方は気に食わないが言いたい事は分かる気がする。

 聖女として生きていく対価としてソニアスの命を差し出すということだろう。それはあの人なりの覚悟なのかもしれない。

 その事を考えると、やはり気が重くなり元の世界に帰りたいと思う。

 私が嫌なのは……聖女としての責務を背負う事だけなのかもしれない。

「はぁ」

 帰りたくても帰れない、そしてこの世界で生きるという事は聖女というものから逃げられない、それだけはハッキリしている。

 なら、今出来る事をやるしかないのだ。立ち止まっていたら他の道さえ見えないのだから。

「はぁぁ」

 まずあの黒い物、アームがまたどこで出るかもしれないし、ちゃんと退治方法を知っておかなきゃね。

 気持ち悪い毛虫のようなアレ。

 あれ?前にもどこかで見た気がするけど、どこで見たのかしら。

 意外とどこにでもいるものなのかもしれないわ、気を付けなきゃ。

 憂鬱な気分になり瞼を閉じると、じわじわと身体から力が抜けていく。

 疲れからか、すぐに眠りに落ちていった。 

 

 

 ヒューと鳴ってカタカタと窓が揺れる音がする。

「ん……」

 柔らかでスベスベなものに包まれて気持ちが良い。

 無意識に手のひらでリネンの手触りを堪能しようとして手を滑らす。

「ん~」

 徐々に意識が浮上し、里菜は目を開けた。

「あれ?」

 ソファに座ってたはずの自分がベッドに入っていたことに驚いた。

 寝間着になっているって事は誰かが着替えさせてくれたのだろう、その間起きなかった自分にも驚きだ。

 カタカタとまた窓が揺れたのが気になり、起き上がりベッドから降りた。

 バルコニーへ続く一面ガラス張りの方へ行き、カーテンを開けると柔らかな乳白色の光が差し込んでくる。

 風が強いのか、そこから見える木々の枝が煽られて揺れていた。

 月に誘われるようにバルコニーへ続く扉を開け足を踏み入れた、手摺りまで近づくと少し強めの心地良い風が里菜の癖のない髪を揺らしていく。

「ん~、気持ちいい」

 空を見上げると、澄んだ闇夜に浮かぶ月が美しく輝いて光のヴェールを降ろしている。

「綺麗ねぇ、こっちの月にも兎はいるのかしら」

「月に兎がいるのか?」

 思いもよらない返事に里菜は肩を揺らした。

 声は下からで手摺りから階下を覗くと金髪の美丈夫が、ほんのり照らされた庭に立って見上げていた。

 またなの?

「ヴァイツェン殿下?そこで何を」

「そちらに行ってもいいか?」

「え、はい、まあどうぞ」

 夜に招き入れるのはどうだろうと思いながらも了承する。

 ここは二階である、里菜は当然中から入って来ると思い、部屋に戻ろうとした。

「いや、そのままいてくれ」

「え?」

 引き止められ、振り向いた時には目の前でヴァイツェンがふわりと着地するところだった。

「こんばんは、リリエナ」

「こ……んばんは、今、何をしたんですか?」

「風魔法だ、ここまで飛んで来た」

 余程驚いた表情をしていたのか、ヴァイツェンはくすっと笑う。

「すまない、見回りをしていたのだが君の姿が見えて声をかけてしまった。少し時間を貰ってもいいかい」

「はい」

 風魔法って便利なのね、と呑気に思ったがすぐに後悔する。

「その、抱き締めてもいいだろうか。君が確かにここにいると感じたい」

「え」

 彼氏いない歴年齢(四十年)のリリエナにとっては何と破壊力のある台詞だろう。

 金髪キラキラの美形王子様の形の整った唇から出たその言葉は到底現実とは思えない。

 けれど、ヴァイツェンの真剣な顔が里菜を頷かせた。

「あの日、君がいなくなった日からずっと探していた。生きて戻って来てくれてありがとう」

「ずっと?」

「ああ。あの時、私の力が及ばず危険な目にあわせてしまった、突然消えた君が生きているかさえ分からず、国外にもお忍びで何度も行ったが見つからなかった。今回召喚が行われ、リリエナを見つけた時、私は奇跡だと思った。君が、……君にとっては良くなかったかもしれないが、今だけ許してくれ」

 そう言い終わる頃には、里菜はヴァイツェンの腕の中にいた。

 語尾が弱気なのは昼間の件を聞いたからなのだろうか。

 ずっと私を探してたって、そうか、だからか。

 ヴァイツェンは優しい、私を大事にしてくれているのは態度で分かっていたけど、探し求めてやっと見つけたという執着からだったのかと、今知った。

 自分を包む腕の力が強まり、耳元で囁かれる。

「月に兎がいるのか?」

「え、あ、私の世界では月に浮かぶ影が兎に見えるのでそう言ったりします、本当にいる訳ではないのですが」

「そうか」

 兎が通じた、この世界にもいるのね。

 さらにぎゅうぎゅう締まってくる。

「ちょっ、殿下」

 細身に見えたが意外とがっしり筋肉があるようで、布越しに生々しい感触を感じると急に男性だと意識してしまう。

 やば、恥ずかしくなってきた。

 一気に顔が熱くなり、自分でも赤面しているのがわかる。

 身体から圧迫感が無くなり耳たぶに柔らかい感触と吐息がかかったと思ったら、もうヴァイツェンは離れており、固まっている里菜の手を取ると指先に口付けをし、おやすみと言って帰って行った。

「なっ、何なのあの王子様は」

 バクバクと跳ねる心臓に戸惑い、熱を持つ耳に手をやる。

 いっ、今耳にキスされた?え、たまたま偶然?というか勘違いっ?

 でも、ふにって、ふにって感触が。また手にもして行ったし。

 恥ずかしさと困惑で頭を抱えながら部屋に戻り、ベッドでもなかなか寝付けず悶々と過ごしたのだった。

 同じ頃、実はヴァイツェンも彼女への想いが溢れ悶々とし、眠れなくなっている事など知る由もなかった。

 そして翌朝、オーガストから講師は変更出来ず、ソニアスになると告げられた。

「申し訳ありません。上部の意見も伺ったのですが、この国一番の魔術師であるソニアス殿に学ぶのが妥当ということに。日常に関しては私もしくは侍女長からご説明致します」

 申し訳なさが顔に出ているオーガストが気の毒になり、分かりましたと答えてあげると頭を下げられた。

 やっぱりソニアスさんか……気が重い。


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