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逃避行。  作者: DUO APPLE
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3


あの日以来、凪咲は、より俺としてくれるようになった。

学校に来る頻度は変わらないけれど、一層距離を縮められている気がする。

「先生、昨日の授業何処までやりました?」

「昨日は、この文法まで。ちょっと難しいところだったかも。」

「そうですか…」

「やから、はい。」

凪咲に、前日作ってきた対策プリントを渡す。

普段なら絶対にしないような真似だが、何故か、今回は流れるようにやってしまった。

生徒は平等に扱わなければならないと、分かっているはずのなのに。

「えっ、ありがとうございます…」

驚きながらも嬉しそうな凪咲に俺も笑顔になってしまう。

駄目だな、こんなこと。

けれど、今回だけ…

暫く凪咲を見つめていると、僕より奥に視線が行ったことに気付いた。

「どしたん?あ、平林先生。」

気になって後ろを振り返ると、そこには、平林先生が居た。

気不味そうな凪咲とは反対に、嘘っぽい笑顔で笑っている平林先生。

間に挟まれている俺が、思わず帰りたくなるぐらいに、此処の辺りだけ深刻な雰囲気が漂っていた。

何とかしたくて、咄嗟に声を出した。

「あ、あの…」

「凪咲ちゃん、この前の話やねんけど…」

「…話したくないです。」

「そうかもしれないけど…」

「言ったじゃないですか、もう放っておいてくださいて。」

「だけど…このままじゃ、」

「どうでもいいんですって!」

投げやりになった凪咲は、この前と同じく、嫌そうな顔をした後に、校舎から駆け出した。

「追いかけへんと…!」

その後に続いて平林先生も走ろうとするけれど、僕は彼女の手を掴んで、それを防いだ。

「…そっとしといてやってくれませんか。きっと今まだ、心の準備ができてないだけなんですよ。」

「でも…」

「時間が薬になる、ともいいますしね。」

「…分かった。」

納得してなさそうな平林先生の手を離して、一礼をしてから、職員室へと戻った。

職員室前の廊下を渡ると、中庭に、苦しそうな顔をした凪咲が窓から見えた。

今度こそ駄目だ、放っておかなきゃ。

そうだと分かってるのに、また自然と体が動いていた。


――


「凪咲。」

「あっ、稲久楽先生。」

ベンチに座っていた凪咲の隣に、腰を下ろすと、凪咲は驚きもせず俺の方を見た。

「ごめんな、あの時助けてあげられへんくて。」

俺も、凪咲の方に顔を向けると、凪咲は気不味そうに笑顔を作って見せた。

「いえ、あれはどうしようもできなかったことですし。それに、私、知ってるんです。平林先生もわざとじゃないんだって。」

「でも、凪咲が嫌な気持ちになったことには変わりないやろ?」

「それは、そうですけど…」

「やから、ごめん。謝らせて。」

「…分かりました。」

納得してなさそうだが、再び見せた彼女の笑顔は、心からの微笑みに変わっていた。

「稲久楽先生って、優しいんですね。」

久々に見た、心から笑っている凪咲の顔。

その綺麗さに、思わず口角が上がってしまった。

「いや、そんなことは…」

「じゃあ、私はこれで。平林先生に見つかっちゃまずいので。」

彼女は、再び俺に笑い掛けると、校舎に戻っていった。

けれど、その目に光など、一切宿っては居なかった。


――


放課後、夕陽が眩しいほどに校舎を照らして、生徒達の顔も輝いている。

羨ましいような、少し苦しいような。

僕には過ぎた青春を見ているのは、胸が痛くなった。

変に強がって、十分に楽しめなかった、あの頃に戻りたい。

「稲久楽先生。」

教室から背を向けていると、後ろから聞き覚えのある声で呼ばれた。

「あ、柊木先生…」

「お疲れ様、大丈夫?」

「えっ?何がですか?」

「顔、すごく疲れてたから。」

「あぁ…別に平気ですよ。」

確かに、映る自分の顔は少しやつがれている。

徹夜し過ぎたかな。

そう思いはするけれど、まだまだ大丈夫、後もう1日ぐらいなら、徹夜できる。

「…平気じゃないでしょ。今日はちゃんと休みなさい。」

「いや、平気ですって…」

「駄目。大丈夫だと思ってるところが、案外ギリギリだったりするから。今日は、休んで。」

「…分かりました。」

堅苦しかった彼の顔が、一気に嬉しそうに変わる。

この人も、凪咲ぐらい分かりやすいな…

手元に持っていたプリントを、ファイルの中に仕舞うと、彼とともにゆっくりと職員室へと戻っていく。

教師としての仕事は正直苦だ。

だが、この、仲間と笑い合える暖かい時間がずっと続けばいいのに。

そう思いながら、笑っている僕がいた。

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