3話 お粥の日
初めての豆腐のおみそ汁と鶏の胸肉の唐揚げはどっちも失敗だった。
みそ汁は辛すぎて、豆腐が煮えすぎて硬い。アクも浮いてる。
唐揚げはめんつゆで下味浸けたのまではよかった、はず。小麦粉を付けて油で揚げたらあっという間に真っ黒焦げになり、しかも食べたら半生。お腹を壊して病院に行ったら食あたりしてた。
情けなくて涙が出そうだった。
「ごめん、皆」
「「「いいの!あ!おトイレぇ~~」」」
「待て!俺もトイレぇえ!!」
僕が食べる前に皆が止めてくれたから、僕はお腹を壊してない。
時間を見ると買い物の時間だ。
「……体に優しい料理、聞いてくる」
※※※※※
「食あたり、そうですか。じゃあ、今日は一緒に作りましょう!トラウマは早い内に治すべし!今日は卵と海苔の佃煮くらいでいいでしょ?お米はある?あるのね。さ、レジしてらっしゃい。南口で待ち合わせよ。ワンコインショップがある方の入り口よ」
あまりにもヘコんでた僕に与えられた無償の親切。僕は、半分信じられずに、それでも半分信じていたくてショッピングモールの南口の玄関前にいる。
ピピッとクラクションが鳴りそちらを向けばおしゃれな私服姿の安達軍曹がお高そうな外車に乗って登場。手招きされて怖々助手席にお邪魔する。
「安達さんはお金持ち?」
「この街に住んでるのは皆、お金持ち、よ。だから、人目につく物を買うときはいいものを買いなさい。バカにされるだけならいいけど街から追い出されるわよ?服、車、要注意!それから、お人好しを装う妖しげなおばちゃんを家に入れたりしちゃダメよ。次はどっちに曲がるの?」
「左です!それから真っ直ぐ進んでチョコレートケーキみたいな艶のある黒い三角屋根の家が右に見えたら、それです!」
「歩いて来るにはあのショッピングモールは遠いわよ?これから1カ月はシフトが朝だけだから、帰りは載せてってあげるわ!だから、同じ時間に来なさい。あら、この家、貴方方が買ったのね~。ますます車が要りようね!」
「何故ですか?」
「この家ここで1番お高いお値段だったのよ。最低でも500万円クラスの車、置いてないと子供達ばかりだって、気付かれちゃうわ!」
「でも……お金が無いんです」
駐車スペースに車を停めたまま、葬儀代が高かったことで、車を買うのを諦めたこと。三つ子の幼児達が、ミューズ学科進学を望んでる事を話すと安達さんは「ミューズ学科に3人も行かせるなら、少々恥かいても仕方ない、か……」と遠い目をしてつぶやく。
「たっくんは、高校生よね?」
「この春からでしたけど、行くの辞めました。朝晩は家事して昼だけ働きます!」
「じゃあ、おばちゃんの仕事、手伝ってみない?これでも人気スタイリストなの。Mチューブの動画配信でモデルみたいなことやってみない?そうねぇ、月額30万円出すわ!」
「お願いします!」
あれ?でも、安達さんも働いてるのにいいのかな?聞くと笑われた。
「私のショッピングモールなのあそこ。働いてるのは趣味ね。目を離すととんでもない事する若いもんがいるから、ちょっと監視も兼ねてパートさんのフリして働いてるの」
わ、た、し、の、ショッピングモール?!
とんでもないお金持ちじゃないか!
「誕生日はいつ?」
「4月2日です!」
「バイクの免許取ってらっしゃい。今は講習受けなきゃならないらしいから、気合い入れて一発合格するのよ!」
「イエッサー!!」
ようやく車から出て安達さんと我が家に入るとダイニングテーブルに懐いた状態で大貴兄が僕に声を掛ける。
「おかえり、洸。……誰?!」
高校に行かないことは三つ子には伝えたくないから、普通に紹介する。
「僕の買い物のお世話をしてくれたスーパー店員の安達さん。安達さんは僕に料理を教えてくれるために今日はわざわざ来て下さいました!」
「それは申し訳ありませんでした!お茶でも出したい所ですが、お茶が無いんです!」
「お茶は買いましょうね!誰が来るか解らないから、礼節を尽くす為にも買いなさい」
「イエッサー!!」
「「「いえっさー!」」」
「あら、まあ!可愛らしい兄妹ね!この子達が、ミューズ学科進学を願ってるのね。何が得意なの?おばちゃんに教えて下さい。おばちゃんは安達清、キヨちゃんって呼んでね」
「「「キヨちゃん!!!」」」
「ねねとりりはバレエ、ならいたいの!」
……それ、絶対金かかる奴!
「まことはえをかきたいの!」
そうか、確かに絵を見るのが好きだったな、真琴は。絵も画材が要りようだろうな。
「うんうん!夢があって良いわね!おばちゃんもお洋服の組み合わせ皆にみてもらうのが好きなの!わかるわ!」
「「「おなかすいた~」」」
「ヨシ!たっくんと作るわよ!たっくんカモーン!!」
安達さんのmy土鍋で米から炊いて、びっくりした。
「「鍋で米炊けるんだ」」
「「「わぁ~!いいにおい!」」」
「最初から弱火で煮込むのよ。時々底からオタマでかき混ぜて焦げ付かないように管理するの。トロトロになったら出来上がり!さ、食べるぞー!」
※※※※※
「「「「「いただきます!」」」」」
スクランブルエッグと、海苔の佃煮をおかずにして皆、バクバク食べた。
6合炊いたお粥はお焦げまでなくなった。
土鍋を洗って安達さんに返すと3つ子はお昼寝タイム。広い縁側ですよすよ眠っている。
僕と大貴兄と安達さんは大人の話をした。
「大貴兄、ミューズ学科の入学金一人につき、3000万円かかるんだ」
「……それはヤバいな。啓介の貯金があと1億ちょっとしかない」
「僕、高校行かないから。3人には好きにさせてあげて!お願いします!大貴兄」
「ちょっと待て!高校出てないとハンパなくツラい目に合うぞ!お兄ちゃんは反対だ!」
「はい!大検を取りたいと思ってます!勉強は独学で続けます!」
「それなら、いいけど……いいのか?」
「うん!安達さんに仕事も紹介してもらったから家事しながら、お昼だけ働くよ!」
「俺も夜働く!」
「働けるわけないでしょ!医大はそんなに甘い学部じゃないわ!たっくんに任せなさい!」
「そうだよ、大貴兄。僕に任せて!」
「……ごめんなあ、洸。俺、立派な医師になる!」
「うん!頑張れ!いつでも応援してるよ!僕も出来るだけ頑張るから!」
モデルの真似なんて何をどうするかもわからないけど、30万も稼げるし、いいことしかない!やって見るっきゃないっしょ!
「さて、そう決まったらまず、身だしなみから整えましょう!行くわよ!たっくん!」
そこから美容室、エステで髪型や顔や体をイジられて最後に無名ブランド物の服屋さんのハシゴをして、たくさん服を買ってもらった。
「配信の時だけしか着ないんだから、完全に仕事用よ!」
「そうですか。でも無駄遣いさせたような気がします」
「おばちゃん、これから儲けるから、投資よ!気にしな~い、気にしない!それよりおばちゃん、ちょっとドキドキしてるわ。思った以上にたっくんがキリリと男前で!きゃっ!」
「……僕も驚いてます。まさか、髪型と眉整えただけで、ちい兄そっくりになるなんて」
ちい兄と大貴兄は、すごくもてる。男女関係無く。中性的なちい兄は、いつもストーカーと鬼ごっこしていて可哀想過ぎた。
大貴兄は、性格は大雑把だが、化粧水やパックまでするおしゃれさんだ。出掛ける時には常に香水をシュッシュッしてくし、家族の中で1人だけ世界が違う。
そんな2人が上にいたもんだから、容姿にコンプレックスを持っていた僕にこれはちい兄がくれたチャンスなんだと思ってしまった