1話 晴天の霹靂
夕陽に染まった堤防の道を下校しながら、今晩のご飯は何だろうとのんびり考えていたら、お母さんの白いママチャリで大貴兄がしゃかりきに僕を目指してきた。
お母さんに夕飯の買い物でも頼まれたのだろうか?
「大貴兄!」
「洸」
ママチャリが目の前で止まり大貴兄が僕を痛いくらい抱きしめた。
「親父と母さんと啓介が死んだ!」
「何でちい兄まで?!」
「家にトレーラーが突っ込んで来て積荷のガソリンに引火して辺り一面吹き飛んだ。俺は三つ子を迎えに行ってて、無事だった!」
本家の奴らの仕業だ!わざと狩野流の跡継ぎのちい兄と父さん母さんを巻き込むような事故を起こすなんてそれ以外ない!
「三つ子は?!」
「綾子姉ちゃんに預けてきた。……洸、歯を食いしばれ!」
泣くまでビンタされた。体が痛くて泣いてるのか、心が痛くて泣いてるのか僕には判らなかった。
ビンタした大貴兄も泣いてたのでケンカかと思って止めてくれた大人達は検討外れな仲裁をして僕を正気に戻してくれた。
「大貴兄、綾子姉ちゃんところへ行こう!」
「そうだな、泣いてても仕方ない。もう、泣くなよ!」
「大貴兄こそ、気をつけてね」
日本では、呪詛は犯罪にならない。事がなっても、事実が公になっても「そんなこともあるんだね」くらいの好奇心を満足させるような物でしかない。
狩野家は陰陽師の端くれだった。細々と続いていた占いを得意とする本家苅野派一派の門下で、取り立ててコレと言った成果を上げたことはこの1000年程なかった。
狩野啓介が生まれるまでは。
狩野家の次男として生まれたちい兄は、予知能力に秀でていて3才の頃から、仕事を続ける百発百中の天才占い師だった。
本家の奴らがちい兄を取り込もうといろいろ画策したが、ことごとくを潰し、蹴散らし、お返しまでする念の入り具合。
同じ家に生まれても能力が無く、一般人として育てられた大貴兄と僕、3つ子とは何もかもが違った。
そんな僕たちに降りかかる誘拐未遂や殺人未遂を予知して避けてくれたちい兄も、自分の命数は判らなかったのかな?
ただ、家事を手伝おうとする僕を遊びに誘う変わったクセを持っていた。
忙しい母さんを手伝いたかっただけなのに、草野球や、サッカーに誘うちい兄。
スタミナだけが自慢の僕を満足させるため、ちい兄は、いくつもの部活のアドバイザーになっていて、大変だっただろう。
こぼれる涙を手の甲で拭き、一つ深呼吸した。ママチャリを押して、綾子姉ちゃんのマンションへ行くと綾子姉ちゃんは今から出勤らしい。華やかなカクテルドレスと少し派手な化粧でタクシーに乗り込んでいる。
目が合うと綾子姉ちゃんが泣きそうな顔をした。
「明日の朝までに出て行って!」
タクシーは走り去る。
「綾子姉ちゃんちにまで圧力かけてきたか、本家の奴ら!」
「落ち着いて、大貴兄。ホテルに泊まろう」
3つ子を迎えに行くとハウスメイドさんがやんちゃ盛りの3つ子の姉妹を相手にして疲れ切っていた。
「「「あ~!!!だいちゃんと、たっくんだ~!」」」
「寧々、凛々、真琴、おいで。今日はお出かけしよう!」
「「「たっくんおかお、はれてるよ!だいちゃんとケンカしたの?」」」
「うん、ちょっと殴られただけ」
ハウスメイドさんと話してる大貴兄に果敢にドロップキックしている。
この三つ子、運動神経抜群なのだ。
巨漢な大貴兄も「おおう!?」とか言って狼狽えてる。
大貴兄が三つ子にやられてる間に、オーシャンブルーベイホテルの予約をする。
ちい兄に1年前の誕生日に連れて行ってもらった「セキュリティのちゃんとしたホテル」だ。
何かあったときには同じ部屋に泊まりなさい。そう言われたけどこんな時に使う為に言ったのかよと、恨みたくなる。
また、滲みそうになる涙をシャツの袖口で拭い部屋を予約するとちい兄から聞いていると言われて、ホテルの予約する時間があれば逃げられたんじゃないかと嗚咽が漏れる。
「「「たっくん、げんきだして!アタシたちがいるよ?!」」」
「迷惑だよな?」
「「「だいちゃんのクセにナマイキな!!!えい、やあ、とお!」」」
「ぐあっ!やられたぁ!」
「レディだろ?ホテル行くからお淑やかに!大貴兄もくだらない冗談言わないの!」
真琴が大貴兄の背中におんぶすると、寧々と凛々は、僕の両手を占拠する。
ハウスメイドさんに会釈をして綾子姉ちゃんの部屋を出る。
タクシーを2台止めて、オーシャンブルーベイホテルまで、それぞれの受け持つ子をあやしながら短いドライブを乗り切った。
オーシャンブルーベイホテルは外資系のホテルなので、エレガントでラグジュアリーだ。そこに学生服姿の男の子が2人、保育園児を連れて普段着で来たのだから目立つことこの上ない。
でも、なんだか皆微笑ましく見守ってくれてるみたいだ。
ちい兄が懇意にしているコンシェルジュの佐々木さんが、ポーターを一人連れて早足でやってきた。
「洸様、お食事を用意しております。皆様でお部屋でどうぞ」
「「「ごはん!!!」」」
三つ子がキャアキャアはしゃぐのを唇に指を当てて黙らせる。
「レディじゃないとお部屋に入れないんだぞ?」
すると神妙に頷いてバレエレッスンのようにつま先立ちして華麗にターンを決めながらコンシェルジュの佐々木さんに付いて行く。
キレッキレのダンスに少なくない拍手が贈られて僕と大貴兄は恥ずかしくて顔が赤らんだ。
「「「だいちゃん、たっくん!はやく!!!」」」
名前を大きな声で呼ばれてダメージ大でそそくさと三つ子の後に続く。
ポーターの青年と佐々木さんが微笑んで、エレベーターに載せてくれた。
「皆の場所で踊っちゃダメ!踊るのは保育園でね!」
「え~?なんで?みんなよろこんでたよ!」
「それでも!マナー違反なの!寧々」
「え~?だって、だれにもぶつからないよ!」
「凛々、騒いでる人いた?」
「あっ、いなかったね。ごめんなさい、たっくん」
「「ごめんなさい、だいちゃん、たっくん」」
「お家と保育園以外のお部屋の中で騒いじゃダメなんだぞ?」
「おうち。なくなってた」
「おうち、どこいったの?」
「パパとママとけいちゃんは?」
大貴兄はダメだ。こういう攻撃に弱い。
僕がしっかりしなきゃ!
「父さんと母さんとちい兄は、神様に召し上げられてお空のお星さまになったの。今も皆を観てるよ!」
「かみさまのバカァー!パパとママとけいちゃんをすぐかえせ!!」
「そうだ!そうだ!かみさまのおーぼーだ!パパとママをかえせ!!」
「パパァー!ママァー!ホントはどこにいるの!はやくでてきてー!」
そうだった。三つ子はファンタジーの類いを全く信じてなかった。
昔話を読むたび聞いてはいけないことを突っ込む三つ子。
答えに窮した父さん母さんは、持っていた絵本を全部、区の図書館に寄贈した。
だから、ウチには実話や体験談、辞典、実用書しかなかった。
どうやってこのピンチを乗り越えたらいいのだろう?
部屋に案内されるとスクリーンと映写機がセットされていて僕らがその長いソファーに座ると佐々木さんが映写機を操作して次に部屋を暗くした。
スクリーンに映し出されたのは、ちい兄の顔だった。