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『「こぐま、へび、へびつかい、さそり、南の冠・・・こと、はくちょう、りゅう・・・・・」

「何?」

「星の名前。」

「詳しいんだね。」

「うん、だってどう見ても子熊にも白鳥にも見えないでしょう?」

「はは、確かにただの光の点だもんね。」

「そう、だから覚えちゃった。変だなあって思って。」

「なんで変だと思って覚えるんだよ?沙羅のほうが変だよ。」

「はは、本当ね・・・七年前の恒星の光を今見ているって学校で習った時、不思議で怖くなった。今見ている光が七年前の光だって。怖くない?なんだか私の世界に確かなものなんかないんじゃないかって思ったら眠れなかった。」』


私は小夜と灯台の足元で寝転んで星を眺めていた。マドリードと違って夜空は漆黒で星が万華鏡のように輝いていた。満天のスノードームに閉じ込められて二人だけの空間を楽しんだ。


小夜は月明りで白い輪郭を潤ませていた。地上に降りた月だ。星の話が私を引き止めることなどできなかった。想いは小夜の頬に伸びて私は静かに唇を小夜の額から唇に誘導した。小夜の全身が硬直するのがわかったが、私はもっと大きな思いで彼女を抱き寄せた。小夜の想いも彼女の指先の力で伝えられた。私の唇は小夜の耳からうなじを這って、指先は小夜の白い肌を滑っていった。彼女の鼓動に囲まれて柔らかい船を探す。私の鼓動は蒸気となって息に変わった。満たされた船に揺られ私は小夜に溶けていった。この世の不確かは二人の確かになった。


出会った時から望んでいたことだったかもしれない。小夜の瞳は安心して私の瞳を捉えた。小夜の恐れが消えた瞳に私は男として満足していた。若かった。


『「大樹さん、お手伝いしてくださってありがとう。高いところのお掃除や力仕事は沙羅と二人だと大変なの。本当に助かったわ。」

「こちらこそ、こんなにしていただいて感謝しています。」

「大樹さん、いつまでここにいられるの?」

「来週から新学期が始まるから今週中には東京に戻らないと。」

「そう、寂しくなるわ。また遊びにいらっしゃい。」

「はい、ありがとうございます。」

「沙羅も楽しい夏休みになってよかったわね。」

「・・・」

「また遊びに来るよ。」

「うん・・・」』


私は夏休みの終わりにスペインに帰った。小夜は港まで送ってくれる間、決して私の目を見なかった。フェリー乗り場に着くまで私は手紙を書くと約束したし、また会いに来ると何度も繰り返し言った。


当時は今のように世界中どこにいても簡単に連絡が取り合えるような環境はない。小夜は俯いて一言も発しなかった。私はもどかしく小夜の華奢な両肩を掴んで手紙の返事を書いてくれと頼んだ。力任せに揺さぶったせいで小夜の顔が上向き、前髪が風に流された。小夜の瞳から雪の結晶が零れ落ちた。大きな滴になってぽとんと落ちた。


小夜の力のない体がどうして立っていられるのか不思議だった。そのまま海風にさらわれて消えていってしまいそうに見えた。私はもう何も言えなかった。


甲板から小夜を見つめた。小さい小夜がもっと小さく見えた。彼女はやっと私を見つめていた。遠すぎた瞳がこちらを見ているのか定かではなかったが、私にはそう見えた。私たちの視線は繋がっていた。


小夜と別れるのは辛かった。小夜が私と離れることをどれほど辛く思っていたのか想像することしかできない。


私は本当に手紙を書いた。スペインに戻ってすぐに送ったし、数日後にも送った。でも返事はこなかった。数か月待っても返事は一通もなかった。私は10通以上送ったと思う。


絶望した。初めての失恋だ。本気で人を愛したことがなかったから、打ちのめされた。冬休みに行ってみようかとも思ったが、振られた男がのこのこ現れるのも絵にならないと諦めた。


私は想像していた。小夜は遊びで男と付き合うような子ではないから、きっと何か事情があるのだ。私がスペインに帰る時にもう諦めていたのかもしれない。いや、遊びだったのか。まだ島の仮面を疑っていた。


ただ振られただけなのに混乱した私はしばらく足掻いていた。それでも若い時の毎日の雑踏に思い出はすぐにうやむやになる。なくなることはないが小さくなる。そしてその上に時間の砂をかける。見えなくなる。


遠い距離は残酷だ。私は大学四年の時に出会ったクラスメイトとしばらく同棲して結婚した。結婚してからは10年ももたなかった。それでも人生は軍隊の足音のように確実に前に進んでいった。



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