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自ら飛び込んだのか?自殺したのか?なぜだ、なぜだ、小夜。岬へ走っていく小夜を私は全力で追いかけて手を掴んだ。掴んだはずの手は私から擦り抜けて小夜は崖を落ちていった。私の無言の叫び声が小夜の後を追って崖を落ちていく。片山はゆっくり立ち上がると部屋の隅に行き、本棚の端から小夜の箱を取り出し重々しく持ち上げて儀式のように私に差し出した。
「その中に遺言と小夜の告白が入っていました。あなたのことだけが永遠と綴られた話でしたよ。」
小夜が私のことを書き留めていた。私のことを覚えていたのか。なぜ手紙の返事をくれなかったのだろう。そんなにも思っていてくれたのにどうして私に伝えてくれなかったのか。私の問がただ空しいことはわかっているが、止まることなく溢れてきてどうすることもできない。
「素人の書いたものだから文学的な評価は低いだろうが、小夜の想いがあまりにも訴えかけてくるもんで読んでいて苦しくなりました。悩んでいたんですね。吉田神父はいい人だから。小夜も苦しかったんでしょう。誰も悪くないんですよ。苦労してきたから、幸せになりたかっただろうに。」
まりあが産まれてから吉田神父と結婚したのか。まりあは吉田神父の子供ではないのか。自分がどう思われようと構うこともなく質問が口をついた。
「吉田神父と結婚してまりあちゃんが生まれたんじゃないんですか?まりあちゃんの父親は吉田神父さんではないんですか?」
「まりあはあなたの子ですよ。」
片山の言葉が私の鳩尾を殴りつける。一昨日会ったまりあが微笑んでいる。あの瞳の色の中に私はいたのか。ラウラと同じ年ごろのあのまりあが白いワンピースで教会の階段を掃除している。手を振る。私の肉体は皮膚の下で液体になり違う生き物として孵化し出す。まりあ、私の娘。呼吸を忘れ硬直したままの耳に片山の言葉が入ってくる。
「小夜は高校を卒業して未婚でまりあを産んで恵子さんと暮らしていました。いい子だから吉田神父がみそめて、まあ年は少し離れているが小さい時から知っているし、恵子さんも喜んでましたよ。まりあもなついていたし。」
どうして子供のことをおしえてくれなかったのだ。私は少し小夜を恨んだ。30年も過ぎてから父親だと言われても。その上、娘は他人を父親だと信じている。名乗り出ることが善なのかわからない。私の気持ちはどこに葬られるべきなのだろう。小夜は吉田神父を愛していたのか。私を愛していたからまりあを産んだのか。小夜、何を思っていたんだ。私はまた小夜の華奢な肩を揺さぶっていた。
「・・でもあなたのことを忘れることができなかったんですよ。きっとあなたに会ったことが小夜の短い人生の唯一の幸せだったんだと思います。小夜のノートにはあなたと話したいということがたくさん書かれてありました。あなたにずっと話しかけていたんですよ。」
どうして、どうして小夜はその想いを届けてくれなかったんだ。私を思って吉田神父と結婚できなかったのか。なぜ幸せになってくれなかったんだ。小夜の幸せだけを願って話を聞きに来たのに、もう見つけることはできない。手遅れの話を片山は続ける。お伽話は残酷だ。小夜の幸せを容易く海のあぶくに変えてしまう。
「小夜が死んで恵子さんは半狂乱になってしまって、とても孫のまりあの面倒などみられる状態じゃなくてね。すぐ入院しましたよ、また。それで吉田神父がまりあを引き取って結局養子にしました。まりあは吉田君を本当の父親だと信じていますよ。それでいいんです。島のものたちはまりあが産まれたときもつまらん詮索はしなかったし、吉田神父がまりあを養子にしてからは本当の父親ということになってます。まりあは島のもんみんなで守ってきたんですよ。だからこれでいいんです。天主様のお守りがあるんですよ。」




