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「私はもう老いぼれですがね、長いこと文学を教えていまして、何冊か本も出しているんですよ。」
「じゃあ、同業者ですね。」
「はは、あなたにそう言ってもらえたら光栄です。」
「いや、こちらこそ。」
私たちはお互いに打ち解けたように感じていた。少なくとも私は片山に受け入れられたと思い本題に入る時機を伺った。
「・・あの、鳴瀬小夜さんのことを少し伺えたらと思いまして。まりあさんと恵子さんにお会いしたんですが・・もし何かご存じだったら教えていただけませんか?」
さすがに病死なのか事故死なのか直接聞くことはできなかった。いくら外国人観光客にしても不躾すぎる。私が30年前に小夜とこの島で過ごしたことはもう誰も知らない。しかしなんでもいいから小夜に関することを持って帰りたい。座り直し、話し出す片山が覚悟したように見えた。
「鳴瀬が恵子さんと結婚して小夜が生まれたんですが、海洋調査で沖に出たきり帰らぬ人になってしまって。季節外れの台風で遭難してね。それから小夜は恵子さんを支えて懸命に生きていました。私たち夫婦も小夜を自分の娘のように思ってましたけど、あの子は強くて誰にも弱みを見せなくてね。私たちにも頼らずに歯を食いしばってましたよ。いくら言っても頼ってくれなかった。そんなに頑張らなくてもいいのに、なんでも一人で頑張って・・・」
高校生の小夜が母親を手伝って教会を切り盛りしていた姿を思い出す。自分のことは後回しにしていつも母親と教会を優先させていた。若い私は何が楽しいのだろうと単純に考えていた。若い女の子が大人の世話ばかりして他にやりたいこともないのかと。
親は疎ましい存在でしかなく、自分勝手に好き放題に生きていた若い私には解せなかった。しかし日本の若者はそういうものなのかとあまり気にも留めず異国の文化で片付けていた。笑顔を絶やさない献身的な小夜が不思議ではあったが。
「あの晩、小夜が珍しく私を訪ねてきて、預かってくれって箱を渡されましてね。何も説明せず、すぐに帰って行ったんですよ。帰り際ありがとうって言う様子が気になったんだが、まさかあんなことになるなんて想像もしませんからね。」
「あんなことって?」
「そのままその足で灯台の岬から飛び込んで・・・吉田神父との縁談も決まりかけていたときでした。」
「えっ、病気じゃないんですか?事故とか。」
片山の言葉が終わる前に私は叫んでいた。
「まりあには病気ということにしてあります。島のみんなもそうしてまりあを守っているんですよ。」
「事故じゃないんですか?」
病気でないのなら事故であってほしいと願った。取り戻すことのできない小夜の命でも絶対に傷つけたくない。
「私もそう思いたかったですよ。でも小夜から預かった箱を開けてわかりました。中にはまりあと恵子さんのことから自分の葬儀の手順まで細かく描かれたノートが入っていましてね。」




