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最後の朝、この世はやはり一つの綻びもなく昨日と繋がっている。確実に正確に私の前に現れる。しかし小夜のいない事実だけは日ごとに大きくなる。空いた穴は幅を広げ深くなる。知らなかったことを知っただけなのに私は思考に翻弄される。


 また宿までタクシーを呼んで片山先生という人のところに行く。ほぼ疑問はなくなり、小夜の亡くなった事実は変えようがないのだから新たな情報を求めて会いに行く必要もないように思われたが、せっかく店員が引き合わせてくれた機会なので受け入れることにした。病死か、事故死かという唯一の疑問が解けるかもしれない。私はもはやあまり重要でなくなった疑問を持って義理堅くタクシーに乗った。


 山の中の舗装されていない道をゆっくり走り、30分ほどでタクシーを降ろされ、運転手が指さす方向の家を訪ねた。民家に看板はなく表札も読めないがおそらくここだろう。運転手を信じて呼び鈴を押してみる。玄関の引き戸が開くと白髪の紳士が立っていた。この辺りではあまり見かけない感じの老人だ。先生と呼ばれる人だということがよくわかる。


「やっと来てくれましたね。」


 老人の言葉が理解できなかった。聞き間違えだろう。お伽話はもう終わっている。


「こんにちは、初めまして。今日はお会いできて光栄です。」


 私は日本人のように丁寧に挨拶をして、低い玄関の引き戸を頭を下げてくぐった。


「いや、こちらこそ、遠いところ大変だったでしょう。さあ、どうぞ。」


 片山は親切に私を家の中に通してくれた。木造の日本建築の家だがペルシャ絨毯を敷き詰めた応接間が玄関脇に一部屋あった。絨毯を踏むと足が柔らかく沈んでいく。絨毯の下は床ではなく畳だ。障子の向こうには日本庭園のような中庭が見える。部屋の中も庭も手入れが行き届いている。誰も乱すことなく毎日同じ位置に同じ物がある。長い間動かされることのなかった物たちが来客を一斉に見ている。


「どうぞお掛けください。お茶でもいれましょう。」


 片山はそう言うと奥に消えていった。私は毎日変わることのない空気をあまり動かさないように壁に掛かった白黒の古い集合写真を覗いてみた。きっと片山の学生時代の写真だろう。30人くらいの若者が校舎らしき建物の前に整列している。お茶を持って戻った片山が話しかけてきた。


「鳴瀬とは大学の同期なんですよ。そこにいるでしょう。一番後ろの左。学部は違うが同じ長崎出身で気が合いましてね。」


お茶をテーブルに置くと私をソファに座るように促した。片山は書籍がぎっしりと詰まった壁一面の本棚を背に座り、私たちは対面で軽快に話を始めた。


「そうですか。ご友人だったんですね。」

「スペインからいらしたと伺いましたが、何をされていらっしゃるんです?」

「はい、物書きです。小説や新聞雑誌の記事も書きます。脚本とかも。」

「成功されたんですね。」

「成功といえるかどうか・・少し賞をもらったりしましたが。」

「それは素晴らしい。どういうものを書かれるんですか?」


 スペインでは有名人だとは言いにくい。事実であっても本人が言ったら高慢に聞こえるだろう。私は小心者だ。謙遜しているのではなくスペインから一万キロ離れた小さな島でさえ悪く思われたくはないのだ。私は片山の興味に答えるようにこれまで書いた作品を大まかに説明した。片山は何度も頷いて私の業績を嬉しそうに聞いてくれた。


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