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「私が生まれてから5歳の時までの写真です。母は私が5歳の時に亡くなったから。体が弱かったそうです。」
「そうですか、まだ小さかったんですね。何年前ですか?」
「もう25年になります。」
まりあはまだ20歳くらいだと思ったがもう30なのか。幼く見えるのは小夜と同じだ。30。私が小夜と過ごしてから30年になる。やはりまりあは私の娘なのか。
「祖母と母の写真は少しあるんですけど、父の写真が一枚もないんですよ。」
父親のことをなんと聞かされているのだろう。私が父親だと告白すべきか。いや、父親かもしれないと。今、言うべきか。
「まりあさんのお父さんは・・・」
「父は写真を撮るのが好きで映るのが嫌いだって言うんですよ。」
父親はいるのか?私ではないのか?考える間もなく言葉がついて出た。
「お父さんはお元気でいらっしゃいますか?」
「ええ、福江島の教会で神父をしています。私もここと行ったり来たりで手伝っているんですよ。」
「ああ、そうですか。」
私はまりあが小夜と私の娘であってくれと思っていたのか。自分が父親じゃないと知って安堵ではなく残念な気がした。なぜかがっかりした自分がわからない。心は不思議だ。私は何もわかっていない。小夜への愛が形になって残っていてくれたらと自分勝手に思っていたのかもしれない。無責任な男だ。自分の身勝手さを嫌悪した。
「母が亡くなった時はまだ5歳だったのでほとんど記憶がないんです。母にたくさん可愛がられたのは覚えているんですけど。それに写真がこんなにたくさんあるから、もう記憶なのか写真なのか正直まぜこぜになってしまって。」
私は小夜の美しい笑顔を見つけた。私の愛した小夜。段ボールいっぱいに小夜の時間が詰まっていた。体が弱いとは知らなかった。彼女は幸せだったのだろうか。私が去ったあと神父と結婚してまりあが生まれたのだ。幸せだったに違いない。幸せであってほしい。私は初めて神に祈った。
「小夜さんのお母さんはお元気ですか?お名前がわからないんですが。」
「恵子といいます。高齢なので施設にいます。」
「そうですか。お会いすることはできますか?」
「ええ、大丈夫だと思いますけど、アルツハイマーなのでちゃんとお答えできるかどうか・・・」
「ご病気ですか・・」
「母が亡くなってからずっと病院なので、私も会話らしい会話をしたことがないんです。」
「そうですか・・もしよかったら尋ねたいんですが。」
「わかりました。施設には連絡しておきます。明日でも構いませんか?今日はもう面会時間が終わっているので。」
「ええ、もちろん。」
「島の中心にある施設です。住所をお渡ししますね。」
まりあは手際よくメモして渡してくれた。
「ありがとう・・・何かお母さんのこと覚えていませんか?」
私は諦めきれずしつこく聞いてみた。
「ごめんなさい。本当に記憶がなくて、この写真くらいしかないんですよ。」
「そうですか、こちらこそすみません。」
「いいえ、あ、そうだ、このワンピースは母が着ていたものなんですよ。」
小夜がはにかむように微笑んだ。いや、まりあが。私の記憶のフィルムが現実の映像に重なる。小夜はもういない。現実のまりあの瑞々しさは濃くなり、小夜は無数の点となって消えていく。
私は目の前の舞台に戻る。小夜は既に亡くなり、まりあは私の娘ではなく、この劇で私に役は与えられなかった。蛙に変えられたほうがよかったかもしれない。
私は名残惜しく教会を立ち去り難かった。しかし30年前にお母さんと過ごしたなどとまりあに言うことも憚られた。なぜか写真の小夜を汚すような気がする。まりあの中の母親をかき乱さずそのままそっとしておきたい。
「じゃあ明日施設に行ってみます。ありがとうございました。」
私はまりあと握手をして教会を出た。まりあを抱きしめたい衝動を握りつぶして私は黙って海に向かった。可憐な花が教会の前に咲いている。小さく手を振って送ってくれる。離れるごとにまりあは小夜になる。
小夜が手を振っている。死んでしまったのか。私の知らないうちに消えていた。23、4歳くらいだっただろう。私が去ったあと、幸せだったのか。それだけが気に掛かる。波の音が私を責めて泣けと言う。何十年も頬に涙を感じたことはない。私は頬を拭きもせずそのまま歩いた。誰もいない海辺で気兼ねする必要はない。波の音はいくらでも私の泣き声をかき消してくれる。
もう小夜はいない。悲しみが砂を踏んだ。




