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「あ、いや、映画の役名と同じお名前なんですね。・・あの・・・いい映画だったので何か情報があればスペインで紹介しようかと・・」
和ませようとしてみたが30年前にここに来たとは言えなかった。自分が父親かもしれないなどと言える度胸はない。私は謙虚ではなく本物の小心者だ。自分の小ささが惨めだ。
「そうですか・・でも・・映画はフィクションですから。」
やはりそうか、嘘を信じて極東まで来てしまった自分が急に情けなくなった。小夜がドアを開けて教会から出てきそうな気がした。恥ずかしさと懐かしさと文字にならない感情が募ってくる。奇襲攻撃を受ける前に自分から聞こうと決意した。
「小夜さん・・あの・・・お母さんはいらっしゃいますか?お会いできますか?」
「ああ、あの・・・映画では生きていますけど、私の母は随分前に亡くなりました。」
私はまた海に突き落とされた。ラストシーンの40代の小夜は作り物だったのか。体が凍り付くのをまりあに見られただろう。自分ではどうすることもできなかった。
「大丈夫ですか?」
「・・ええ、はい・・」
体も言葉も何も制御できず立っているのがやっとだ。体中の血液が流れるのを止めて留まっている。心臓だけが轟音をたて、足は地面から砂と化し浜辺に沈んでいく。どれほど小夜に会いたかったのか自分でもわかっていなかった。小夜が死んでこの世界に存在しないという事実が私を砂にする。
小夜はもういない。
「大丈夫ですか?よかったら中にどうぞ。」
まりあは普通でない私の様子に驚いたように日陰を勧めてくれた。言われるままに小さな応接間の低いソファに腰かけた。浜辺に倒れていた私を助けてくれた小夜がここにもいた。
「何か冷たいものをお持ちしますね。」
ぼう然とした私の口はありがとうの一言すら発することができない。冷たい汗が額をつたう。いつ亡くなったのだろう。何歳だったのだろう。まりあは私の娘なのだろうか。小夜はもういない。私は小夜との再会を心の奥底で望んでいた。喉の渇きのように小夜を求めていた。本当のことを知りたいと遠くまでやって来たが、私が本当に求めていたのは小夜だった。死んでしまったのか。
「アイスティーでいいですか?」
「ええ、ありがとう、すみません。」
「暑いですからね。気を付けて水分を取らないと。」
まりあの顔が優しくほころんで私は救われた。炎天下で体調を崩した愚かな外国人観光客と思ったのか、小夜との関係を疑われたのかわからない。もう小心者の自分はどうでもよかった。
「美味しい。生き返りました。ありがとう。」
私が冷えたグラスをテーブルに置くと、まりあは自ら話し出してくれた。哀れな外国人をみかねたのだろうか。
「写真がすごくたくさんあるんです。よかったらご覧になりますか?」
「はい、是非。」
まりあは花のように可愛らしく輝く笑顔を見せて奥の部屋に消えていった。この応接間も変わらない。カーテンやクッションの色は違うが、3人で食事した小さな木のテーブルも壁に掛かったうるさい時計もそのままだ。
重そうに段ボールを抱えてまりあが戻ってきた。段ボールを足元に置くとぎっしりつまった写真を取り上げて話し出した。




