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祖母に抱きついて何か話している。今度は祖母に何か手渡されたものを持ってゆっくりと私に近づいてきた。小さな爆弾を持って、物々しく摺り足でやってくる。男の子は今までで一番の危険に足を踏み入れるために緩衝地帯を抜けてきた。私に向かって腕を伸ばし手のひらの小さい貢物を恭しく差し出す。米を丸くして塩をふったおにぎりだ。
「ありがとう。」
私は王のように受け取って祖父母に向かって高々と供え物を上げて感謝を見せた。腹が減ったと私の顔に書いてあったのだろうか。久しぶりの米の味だ。マドリードで食べる寿司や日本料理とは違う。日本の米だ。美味しい。美味しいと言いたいが言葉がみつからない。忘れてしまった。
「good!」
と私が言うと隣にいる好奇心が変化した男の子は、
「グッド!グッド!」
と飛び跳ねて祖父母のところへ帰って行った。三人は身支度をすると私に会釈してゆっくり歩いて遠ざかって行った。フェリーを待っていたのではなかったようだ。私は子供の笑顔と小さなおにぎりで歓迎され満たされていた。やはり来てよかった。
フェリーに乗ってしまえば奈留島までは一時間かからない。船室はホテルのロビーのようだ。席に座り硝子越しの海を眺める。海水か雨の跡の残る硝子を通しても海の青さが見える。
私は奈留島に行くのだ。思い出したかのように何度も自覚する。港が近づきスクリューが逆回転を始めた。私の記憶も遡っていく。奈留島の港は福江島の港より小さい。海に突き出た桟橋に屋根がついている程度だ。着いた。私は一万キロの彼方に着いたのか。30年前の記憶に戻ったのか。
港の風景は30年前と違う。私の記憶が間違っているのかもしれないが、フェリーから見えた小夜はもっと小さく見えた。港はもっと広かったはずだ。私が今立っている港は30年前の港なのだろうか。コンクリートはこんなに白かっただろうか。こんなに屋根が続いていただろうか。記憶なんていい加減なものだ。
港から一番近い予約しておいたホテルにスーツケースを連れて歩く。タクシーに乗る距離もない。大きな道沿いに歩くとすぐにホテルというより少し大きめの普通の家がある。その日の客は私しかいないのだろう。玄関に入ると何やら声を掛けられ、パスポートも確認せず、旅館の名前らしき文字が書かれた着物のようなカーディガンのような上着を着たおじいさんがすぐに部屋に案内してくれた。
畳の日本らしい部屋を期待したが床にベッドだった。それでも日本家屋には違いない。引き戸にせよ窓にせよスペインにはない作りだ。窓から道路越しに港が見える。長時間縮こまった体を伸ばし探索は明日から始めることにした。
寝る前にラウラに写真を送っておく。忘れられないように、うるさがられない程度に、加減が重要だ。妻の愛を繋げておけるほどの関心を提供する。私はかなり上級者なのでほぼ失敗なく、束縛しない寛大なちょうど良い加減の夫でいられる。
時差のせいか寝付けない。長いこと吸っていない煙草が欲しくなる。明日は小夜に会えるだろうか。まだあの教会はあるだろうか。私のことを覚えているだろうか。来るべきではなかっただろうか。小夜が喜んで私を迎えてくれるとは限らない。振った相手が何十年も経って現れたら恐ろしいかもしれない。彼女を怖がらせてしまうだろうか。もう時効だろう。
私を振った理由などどうでもいい。元気で幸せでいてくれたら来てよかったと思えるだろう。遠くから幸せを確認できればそれでいい。私は小夜が幸せなら会わなくてもいいと思い始めていた。ただ幸せであってくれと願った。




