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私の記憶と重ならない部分はすべてフィクションなのだろうか。それとも・・・あとは文明の利器で真相を探し当てるしかない。ラウラを探す。赤いドレスにして正解だった。見つけやすい。階段の脇でまだダフネと話している。
「やあ、ダフネ。元気?」
「ええ、ありがとう。アウグスト、久しぶりね。新作読ませてもらったわ。面白かった。流石ね、あんなに調べ上げるのはただの作家じゃないわ。考古学者よ。」
ダフネは現役の女優だ。夜会巻きに黄金虫みたいなロングドレスも着こなせている。40代になっても近距離まで近づかなければまだまだ30代の美しさがある。女優でも鱗粉を放てない人もいるがダフネは常にまき散らして歩いている。生まれつきの女優だ。高学歴なので彼女の評価は正直嬉しい。学歴差別主義者と決めつけないで欲しいが、学歴がある程度の指標になることは長い人生で否めない事実になっている。
「ありがとう、喜んでもらえてよかった。小心者の作家だからね。」
感謝しつつ謙遜もする。天狗にならないからここまで来られた。
「あらそう?きっとまたこの本でも賞を総なめじゃない?」
「だといいけど。悪いけど失礼するよ。家に仕事が残っているんだ。」
ラウラが小さい不満顔を見せる。
「まだ、いいじゃない。もう少し。ダフネとこの後食事に行こうかって話していたの。」
「いいね、女同士で楽しんでくれば?」
小さな不満は眉を少し上げて納得する。
「いいわ、ダフネそれでもいい?」
「ええ、アウグストまた会いましょう。」
「ああ、楽しんでおいで。」
私はまだまだラウラに愛されているのがわかってもらえただろうか。彼女の眉の動きですら私は見逃さずに愛を感じ取る。しかし今は一人になれてちょうどよかった。真実探究は孤独な作業だ。部屋にこもって調べたい。タクシーを捕まえて家に帰る。硝子越しの街の景色すら本物なのか疑わしい。私は記憶をタクシーの窓硝子に投影しているだけかもしれない。
「お帰りなさい。お手紙が届いてます。」
ハビエルが封筒の束を手渡してくれる。シャツのボタンが弾けそうだ。もう少し緩めのシャツを着ればいいのに。そんなに胸筋を誇示したいのか。それより脳みそを鍛えたほうがよかろう。
「ありがとう。」
私は手紙の束すら疑った。この中に種明かしがあるのではないだろうか。封を開けた途端に煙に包まれるかもしれない。鳩が飛び出るのか。軽薄なコメディアンが顔を近づけて私の非道をネタにこき下ろすのか。
私は悪い人間なのか。若い夏の日を楽しんだだけだ。部屋に入り手紙を順にやっつける。何もない。現代はインターネットという宇宙じみた装置があって離れた場所のことも知らない人のことも調べることができる。現代人は生きた神のようだ。
何から検索しようか。映画のタイトルを検索する。みなスペイン語だ。当たり前だ。ここはスペイン、私はスペイン人なのだから。どうしたらいい。日本語はまったくわからない。スペイン語の情報は少なく原作者の名前すら見つけられない。
ホセに頼んで調べてもらおうか。彼ならある程度は情報を得られるだろう。悶着が始まる。ホセに事実を知られたくはない。私が急に映画に興味を持ち始めたらきっと何か疑うだろう。怪訝なホセの湿った顔が浮かぶ。痛くない腹は探られたくない。




