蜘蛛型戦車コバモ
ゆっくりと沈む意識。人をダメにする例のクッションに背中から沈み込んで行くような、ズブズブとした感覚。
──ああ、また。いつもの夢。
夢の中なのに、段々と冴え渡っていく意識。
僕はいつものように手を閉じては開く動作をする。
──うん、大丈夫。ちゃんと体は動く
それはいつもの、確認。動かしていた手から視線をあげる。
目の前には僕の愛機がいた。
パッと見は、蜘蛛だ。
長い10本脚の、大きな蜘蛛型の戦車。カラーリングはコバルトブルー。
僕の身長の倍以上ある大きさ。
それに、僕は足取りも軽く、近づいていく。
『来て、コバモ』
僕が愛機の名前を呼ぶ。すると、その長い脚を折り曲げるようにして、コバモはお腹にある搭乗口を僕の手の届くところまで下ろしてくる。
ネーミングセンスについては許してほしい。初めて見た夢でコバモと出会った当時はまだ、僕は小学生だった。
コバルトブルーの蜘蛛だから、コバモ。女子小学生の語彙なんて、そんな物だ。
僕はコバモのお腹を撫でながら、初めてコバモの夢を見たときの事を思い返す。
夢で急に目の前に現れた、大きな大きな卵。それが割れて、コバルトブルーの蜘蛛が出てきたのだ。
でも、それもよく見ると機械だという事はすぐにわかった。その機械の蜘蛛と、ただ一緒に居るだけの、何も起きない夢。それがその後、いく晩も続いたのだ。
小学生の警戒心なんて、あっという間に何処かへ行ってしまう。
すぐに、僕は夢に入る度にコバモに近づいてペタペタとそのコバルトブルーの機体に触るようになった。
いつも大人しくペタペタされているコバモ。
僕は満足するまでペタペタした後、はじめの頃はコバモの隣に腰を下ろして、ボーとしていた。
「夢なのに、何も起きないなんて、変なの」
それからだ。
僕は夢を見る度に、コバモにペタペタし、それも飽きると隣でボーとしていた。
時には新しい学校であったことをポツポツとコバモに話してみたりもした。
勿論、コバモは返事なんてしない。でも、僕が話しかける度に、僅かに身じろぎするコバモ。それが、まるで相槌を打ってくれているみたいで、すぐに僕は毎晩、コバモにその日の事を話すようになった。
「今日ね。星凪がね、こっそり学校にマンガを持ってきてたんだ。しかも、紙の。ホシナギのお母さんの『これくしょん』なんだって。一緒に隠れて読んだの」
ホシナギは新しい学校で最初に出来た友達。
コバモに、コバモと名前をつけたのも、この頃だった。
その頃からだったと思う。コバモの考えていることが何となく分かるようになってきたのは。
「ああ、遊びたいの。いいよ。何して『遊ぶ』?」
ある日のコバモの、いつもと違う様子を見て、確か、そうコバモに話しかけたはずだ。
その『遊び』が、それから毎晩。今でも続いている。
僕はコバモをなで終わると、いつものようにコバモのお腹の搭乗口から、するりと中に乗り込む。これから遊びが始まるのだ。
コバモの中は意外なほど広い。巻きついてくるシートベルトに身を任せる。
せり上がってくるフットレバーはピタリと僕の足の裏に張り付く。指先から肩までを覆う粘性の高いジェルが、宙に浮きながら優しく両椀を包み込む。
いつも、こうして僕たちは一緒に遊び始めるのだ。
それは、時には射撃ゲームだったり、時にはかくれんぼだったりする。
今日はどうやら障害物競争のようだ。
僕の夢の中で、ゆっくりと障害物競争のコースが立ち上がってくる。
どこからともなく、コバモと同じ形をした白色の蜘蛛型の機体が現れた。
障害物競争の時はいつも、あれと競争する。
スタート地点に立つコバモと白い機体。機体の性能は二つとも全く同じ。ただ、僕の体重分の重さによるデメリットを、僕のテクニックが上回るかどうかが、勝負となる。
僕が身構えていると、夢の中の空に花火が上がる。スタートの合図だ。
僕は花火の鳴る瞬間、コンマ何秒か前のタイミングで、ゆっくりとフットレバーを踏み始める。
駆動するコバモの脚と、地面との摩擦具合は、何年も前からすっかり体感として把握している。静止摩擦力、ギリギリまで踏んでいたフットレバーを、僕は花火の音とともに一気に踏み込む。
──スタートダッシュ、成功
僕たちが僅かなリード。
軌道を調整。すぐさま白い機体の鼻先を抑える。体重の軽さ、加速で勝る白い機体を、力ずくで阻止する。
そのままリードを維持。障害物へと、突っ込んでいく。
何とかミスなく、そのまま優勢を維持し続け、今日も僕たちの勝ちで終わる。
『じゃあね。コバモ』
その言葉とともに、意識が上に引っ張られていくのが分かる。
目が覚める。
大きく伸びを一つ。
「今日から、2学期か……」
僕は身支度を始めた。
◇◆
照り返す日差しのなか、始業式も終わり、僕は星凪と一緒に帰っていた。
ぬるまった風が、とてとてと歩く二人の間をすり抜ける。
彼女とは、とある出来事の後に転校した小学校で出会った。それ以来の付き合いになる。親友、と言っても良いと思う。
「ねぇ、双波」
星凪が、僕の名前を呼ぶ。
「んー」
「ニュース見た?」
「何のニュース?」
僕は歩きながら軽く指を振り、VR画面にニュース一覧を呼び出す。
「ああ、これ? タイで生まれた六つ子のパンダの赤ちゃんか。かわいいね? 赤ちゃんは何でもかわいいけど、パンダは別格感あるよね。かわいい界のレジェンド的な」
「違うよ? いや、パンダは私もかわいいと思うけど。確かに殿堂入っちゃってるけど。そうじゃなくて、彗星大接近のニュース!」
僕は改めて彗星のニュースを呼び出し、目を通す。
「ああ、あったあった。星凪、好きだもんね、ブラホとか、シシリュウとか。ふーん、でも再接近するのはまだ先なんでしょ? あ、日程出たんだ。へぇー」
「へぇーって、修学旅行の日じゃん。それと、ブラックホールとしし座流星群を略さない! そこ大事だから!」
腰に手をあて、怖い顔を作ってみせる星凪。
「はーい。本当だ、修学旅行の日だね。凄い偶然だねー」
「もう、双波ったら」
そういって結局、ケラケラ笑い出す星凪。僕もつられてなんだか楽しくなってしまう。
そのまま下らない話をしていると、いつもの高架下。そこで別れてそれぞれの家に帰る。
「じゃあねー」
「はーい。双波、明日は学校休みだからねー」
「おー! ありがとー」
さすが長い付き合い。僕の事よくわかってるな、と内心感心する。それすらも見抜いたのか、やれやれと首を振る星凪。
僕は星凪にお礼を言うと、家に向かって歩き出した。
ふらふら歩きながら、僕は昔の事を思い出していた。楽しい時間が過ぎた時に、ふと何故か思い出すことがある。反動かな。もしくはこの、ぬるい風のせいかも。
僕がコバモと初めて出会ったのは、アブダクトされてすぐ後の夢だった。そう、もう今から5年以上前、僕はアブダクトされていたらしい。
ああ、アブダクトって、宇宙人とかに拐われるやつ。
その時の記憶は、何もない。ただ、数日行方不明になり、大騒ぎになっていたらしいと、後から聞いた。
いくら探しても見つからなかったそうだ。本当にひょっこり消えてしまったんだって。そして、ひょっこり道を歩いて、普通に帰ってきたらしい。
僕の記憶でも、部屋で寝ていたはずが、次の瞬間、気がついたら夏の日差しの下、家のドアを開けている所だった。
当時はすっかり噂になってしまった。小学生くらいの子供って、そういう噂、好きでしょ。
実際に何があったかなんて、全くわからないけど、僕自身もアブダクトされてたんだろうなって何となく思ってしまっている。
ほら、無実でも冤罪で疑われ続けると罪をおかした気になっちゃうって。そんな感じ。
当時はすっかり腫れ物に触る、みたいになっちゃって。それで結局引っ越したりと色々大変だった。でも、転校したお陰で星凪と出会えたのは良かったと思っている。
5年も立つと、色んな事が、すっかり昔の事になるよね。こうしてぬるい風が吹くと思い出す、思い出。
それ以外に今でも残っているのは、この首の後ろの痣くらい。それまでは無かったはずなんだ。
◆◇
今日も僕は夢の中でコバモと遊んでいた。
「疲れちゃったー。『おしまい、コバモ』」
僕はコバモに休憩しようと呼び掛ける。
ゆっくりと脚をまげ、お腹の入り口を開いてくれるコバモ。
僕はピョンと飛び降りる。
そのままごろんと横になるとコバモを見上げて話し始める。
「そうそう、この前の帰りね、星凪とね、彗星の話をしてね……」
僕はいつものように星凪とのとりとめのない、でも僕にとってはとても大切な話をコバモに聞かせる。
いつもはふるふる震えて相づちを打ってくれるコバモ。
「どうしたの、コバモ。何か気になるとこあった?」
今日のコバモはちょっと変。でも、コバモからは何でもないよと、伝わってくる。
「ふーん。何でもないって、様子じゃないけどなー」
コバモは機械の癖に、時たま、こういうことがある。
「まあ、いいか。それでね、昨日、星凪がさ。修学旅行中に彗星が最接近するから一緒にホテル抜け出そう、なんて言うんだよ」
僕はコバモの様子を伺って少し話を中断する。
「星凪、ここ最近は毎日彗星の話しばっかりなんだ」
そうやっておしゃべりをしていると、コバモが脚先を振って教えてくれる。
「えっ、もうそんな時間?! 今日は修学旅行だから急がなきゃ!」
僕は急いで起き上がる。夢だからってコバモにさよならを告げるのに、横になったままなのは僕のポリシーに反する。
『じゃあね、コバモ』
目が覚める。
「良かった。まだ間に合うや」
僕は急いで準備をすると、昨晩用意した荷物を入れた可動式トランクを連れて、駅に向かって出発した。
駅に近づくに連れてビルが増えてくる。
忙しなく行き交う人々にぶつからないよう、僕も少しだけ早歩きになる。
そんなときだった。さっきまで清々しい朝の空気が、急にピリッとしたものに変わる。
空が光っている。
日中なのに、無数の流れ星が見える。
一人が立ち止まり、流れ星をぽかんと眺め始める。すると徐々に周りの人達も、その様子を訝しんだあと、流れ星に気づき始める。
ほとんどの人間がVRで動画を撮り始める中、僕は沸き起こる不安で、痛いくらいに心臓がバクバクしてきた。
空を覆わんばかりの流星の雨。その一つが、まるでこちらに向かって落ちてくるかに見える。
──いや、まるでじゃない。こっちに来ている!
僕は咄嗟に身を伏せる。
僕の頭上を通りすぎた流星が近くのビルの根本に、激突する。
轟音。
巻き上がる砂塵。
その砂塵が薙ぎ払われるように散る。
一気に視界が通る。
流星の落ちた場所に立つのは、一体の巨人。
全身から放たれる金属の光沢。
馬のような四つ足。
そう、まるでケンタウルスのような姿をした機械仕掛けの巨人がそこにいた。
僕はふらふら立ち上がり、否応なく、それと向き合う。
「え、うそ……」
僕の口から思わず漏れる呟き。
突撃の構えを取ると、ケンタウルスがその四つ足を高らかに響かせ、こっちに突撃してくる。
僕は恐怖に支配されて、身動きが取れない。現実とは思えない出来事の連続に、立ち尽くすことしか出来ない。
ただ、理解する。
このままではあの巨大な脚に踏み潰されて、死んでしまう。
「──来て、コバモ」
ポロリと、僕の口から言葉が零れる。
それは祈り。毎夜毎晩繰り返し繰り返し、僕の口を通りすぎてきた、言葉。
現世で口にするのは初めての、言葉。
本当に来てくれるなんて、思ってたわけではない。ただただ、無意識に無自覚に。
しかし、その言葉が、トリガーだった。
いつもは髪で隠している首筋の痣。アブダクトの跡であるそれが、熱を放ち始める。
目の前にはケンタウルス。
後一歩で、踏み殺される。
ぱりん。
硬質な何かが割れる音が、響く。
気がつくと、ケンタウルスが僕の眼前すれすれで停止していた。
その腹の横、本来であれば何もないはずの空間。そこに、亀裂が生じている。
その亀裂から、突き出された一本の機械仕掛けのアーム。
そのアームがケンタウルスの横っ腹に突き刺さっていた。
アームに串刺しにされ、力なくもがくケンタウルス。
さらにもう一本。アームが亀裂を押し広げながら現れると、ケンタウルスに突き刺さる。
横っ腹に突き刺さった二本のアームが、ケンタウルスごと、亀裂を一気に左右に圧し開く。
音にならない衝撃波を響かせ、二つに千切れるケンタウルス。そして、何もないはずの中空に、穴が生まれる。
その穴を通り、姿を現すコバルトブルーに輝く光沢。
コバモだ。
亀裂の穴を、その10本の脚で押し広げながらコバモが出てくる。
「コバモ? コバモっ!」
僕はコバモの名前を呼びながら、見慣れたコバモの脚にひしっとしがみつく。不思議とコバモがここに居ることに、疑問は覚えない。
夢の中で見たのと全く同じ姿。
何度もペタペタと触ったのと同じ、金属とはちょっと違う感触が手のひら、そして抱きついた全身を通して伝わってくる。
コバモは覆い被さるように、僕が抱きついた脚を抱え込み、お腹を近づけてくる。
僕の視界を覆うコバモの影。
閃光。
そして遅れて響く爆音。
コバモによって引きちぎれたケンタウルスが、爆発した。
とっさに庇ってくれたコバモに包まれ、ぎゅっと縮こまる僕。衝撃が、周辺一帯を蹂躙する。
その衝撃にコバモですらカタカタと僅かに振動している。コバモの体と足の隙間から入り込んだ風が僕の髪をかき回す。
爆発の余波が、ようやく収まってきた。
僕がそっとコバモの影から辺りを見ると、すっかり街の様子が変わってしまっていた。
道路も、建物も、そしてそこかしこに倒れていた人影も。影も形もない。
ただ、半球状にえぐれたクレーターだけが、そこにはあった。
周囲で、建物が外に向かって倒れているのだけが、目に入る。でも、ぐちゃぐちゃになった瓦礫が邪魔で、遠くは見通せない。
キョロキョロする僕に、コバモがそっとお腹を近づけてくる。
入り口のハッチが開く。
見慣れたコバモの搭乗口。何十回、何百回と入ったそこ。僕は逃げ込むようにしてコバモに乗り込んだ。
すぐに巻き付いてくるシートベルト。
いつもの優しい感触。今日は僅かにぎゅっと強めに締まり、しかしすぐに最適になるまで緩められる。
そっと僕の足裏に当てられるフットレバー。これはいつも通り。
いつものコバモのコックピットだ。
何故か今になってカタカタと震え始める僕の両手。
思わず両手をあわせて擦り合わせる。
それでも治まらない震えに、どうしようと、両手の手のひらを見つめる。
反重力制御されたジェルが、そっと背後から回り込み、僕の両手を二の腕から指先に向かって優しく包んでいく。
「コバモ……。ありがとね」
コックピットの前面が透過され外部の様子が映る頃には、手の震えも治まっていた。
僕は堰を切ったようにコバモに問いかける。
「ねぇ、コバモ。ねえねえコバモ。アレは何? 空から落ちてきたよ。アレが来たから、人がいっぱい、いっぱい死んじゃったんだよ。しかも襲ってきたんだよ。もう少しで踏み殺されちゃうかと思った。コバモはどうやって来てくれたの? ねぇ、コバモって、何なの?」
コバモが答えてくれる前に、アラートがコックピット内に響く。
コバモとの『遊び』のなかで何度も聞いた音。
追いかけっこで、獲物が近くに居るときに鳴る、その音。僕はパブロフのワンちゃんのように、半分無意識にジェルに包まれた片手を動かし、コバモの向きを獲物に向ける。
獲物を視界に浮かぶ四角い枠に捉える。そしてピンっと、いつものように指を弾く。
夢の中なら、これで終わり。ピカッと光って獲物が消えるだけ。
僕が指を弾いた瞬間、コバモの瞳の一つが光る。そこから、一条の光線が発射される。
コバモと同じコバルトブルーに輝く、光線。
狙いたがわず、それは瓦礫を乗り越え現れた別のケンタウルスへと命中する。
コバルトブルーの光線が、コバモとケンタウルスを繋ぐ。
次の瞬間、ケンタウルスが砕け散るようにキラキラとした粒子と化す。それが、コバルトブルーの光線を伝わってコバモへと流れ込んでくる。
──綺麗……
僕は我にかえる。
「ねぇ、コバモ。アレは……獲物なの?」
コバモの肯定の意志が伝わってくる。
「……」
なんて答えるか迷っているうちに、再び響くアラート。今度は二回。
僕はいつものようにコバモを動かす。これは何度も「遊び」で出てきたパターンだ。やんちゃする獲物が二体の時はいつも、こう。
僕はコバモの10本ある脚を使い、高速でクレーターの瓦礫の淵を登ると、獲物が直列するよう位置取りを変える。
そしてリズムよく、トントンと二度、指を弾く。
はしるコバルトブルーの閃光。
あっという間に粒子に変わる二体のケンタウルス。
僕はいつの間にか夢の中にいるような気分になっていた。だって、まるで夢の中でいつもコバモと『遊んで』いるのと、それが同じだったから。
僕は次のアラートが鳴るかと身構える。
いつもは、もっと、もーっと獲物は大量に出てくるのだ。
僕はそう、すっかり夢の中で繰り返してきた『遊び』基準で考えていた。
でも、おかしい。待っても待っても次のアラートが鳴らない。どこか拍子抜けしてから、気がつく。
「あれ、僕、あのケンタウルス、怖がってたよね? 何で拍子抜けしているんだろ」
僕はコバモをゆっくりと旋回させる。
「あ、修学旅行!」
冷静になった事で今日の予定を思い出す。当然、修学旅行どころじゃ無いだろう。けど時間的にきっともう、駅には、学校の子達の何人かは集まっているはず。
「きっと、みんな大丈夫だよね、コバモ……僕、駅に行きたい」
いいよ、行こうか。
コバモの肯定の意志。
僕の思いをのせて、飛び出すように加速してくれるコバモ。僕たちは駅の方角へと疾走し始めた。
◇◆
すぐに駅が見えてくる。
駅は奇跡的にその形を維持していた。
「──星凪、無事かな。無事だよね」
コバモも心配してくれているのが伝わってくる。
その時また、獲物を知らせるアラートが鳴り響く。
目の前は駅のロータリー。その向こうに駅の建物。
視界の中に、獲物らしき物は見えない。
僕はコバモにアクティブスキャンを放ってもらう。
すぐに、後退。背後にある傾きかけたビルに、コバモは後ろ向きで登り始める。ちょうど良いぐらいの高さまでくると、ビルの壁面に張り付くコバモ。
やんちゃな獲物なら、さっきのアクティブスキャン元へ、殺到するはず。
僕は目を皿のようにして観察する。
透過されたコバモのディスプレイに映る外の映像。
僕の視野を、コバモが拡大してくれる。
──あっ、駅舎の壁にヒビ! しかも入り始めっ!
すぐに視界に浮かぶ四角い枠をそこに合わせると、僕は指を弾く。
壁を破壊し、ちょうど飛び出してきた機械仕掛けのケンタウルスに、コバルトブルーに輝く光線が交錯する。
粒子になるケンタウルス。
次々に現れる機械仕掛けのケンタウルス。あるものは同じように壁を突き破り、あるものは駅舎を飛び越え。
しかし僕はへばりついたビルの壁面から、その全てを見通す。
コバモが気を利かせて、僕の眼球の動きを先読みしてロックオン用の四角い枠を動かしてくれる。
僕もコバモに甘える。
最小の眼球運動だけで、次々に獲物をロックオンしていく。ピクピクと揺れ動く眼球。
到底片手では追い付かない、ロックオン速度。僕は両手の人差し指から小指までを総動員し、指で弾く動きを行う。
それはまるで超絶技巧曲を奏でるピアニストの運指のように。確実に全ての獲物を処理していく。
僕の演奏に合わせて放たれたコバルトブルーの光線。当たる度に、ケンタウルスは消滅していく。
「何でこっちはこんなにいっぱい、いるんだろう……」
僕が呟いた、その時だった。
ケンタウルスの湧いてくる隙間、駅舎の向こう。地面に倒れた人影が見える。コバモが、僕の意識を汲み取って、その人影を拡大してくれる。
「うそ……星凪? 星凪! 星凪っ!」
倒れている人影は、星凪だった。
まだまだ沢山いるケンタウルスを、星凪の名を連呼しながら無我夢中で倒していく。 そして、僕は気がつけば星凪のすぐそばにいた。
コバモから飛び出すように降りる。
ごくりと息を飲んで必死に吐き気を抑えながら、地面に倒れる星凪の横に膝をつく。
酷い様子だ。
「ほ、星凪っ!」
「……双波、よかった。ちゃんと夢器が、羽化したんだ」
片方だけ残った瞳で、コバモを見上げながら告げる星凪。
「──え、何、言ってるの? 星凪?」
その異常な様子に、僕は思わずジリジリと離れてしまう。親友だと思っていた彼女から。
「ごめん、双波。もうこの体、時間がないから。簡単に、ね。双波をアブダクトしたの私達なの。ごめんね」
「……やめてよ、星凪。なに、言ってるの? あれでしょ、妄想か何か?」
「私たちは、もう夢を見られなくなっちゃったの。だから、素敵な夢を見れる子たちを探して、卵を託してたの。とても綺麗ね、双波の、娘は」
「……やだ、やめて。やめてよ。黙ってっ!」
どれだけ僕が大声を出しても、まるで聞く気が無いかのように話すのをやめない星凪だった、もの。
「お願い、他にも夢器を羽化させれた夢使いがいるから。探して。そして、一緒にあれを殺して。お願いね、双波」
星凪が唯一動く片方の眼球を動かして示した先。槍を手にした、新手のケンタウルスたちがいた。
急に、僕の視界をコバモのボディが覆う。そのままコバモによって、僕は強制的にコックピットへと収納される。
そこへ飛来するもの。
新手のケンタウルスが投擲した槍だ。
コバモが急発進する。しかし、かわしきれない。僕を回収した、タイムロスのせいだ。
槍はコバモの脚を数本もぎ取り、地面へと突き刺さる。
そこは、親友だと思っていたものと僕が、直前まで一緒にいた場所だった。
僕の頭の中が、ぐるぐるする。
とても気持ち悪い。
脚を失ったコバモの中で、僕は気持ち悪さを吐き出そうと大声で叫ぶ。
一緒にあふれでる、悪態。
喉がつぶれるのも気にせず、人生でこれまでにないぐらい、僕は叫び続ける。
そして不思議なことが起きた。
まるで僕の悪態に応じてくれたかのように、生えたのだ。
コバモの体から。新しい脚が。
それはとても刺々しくて、そして痛そうな見た目をしている。
体が無意識に動く。どうもずっとずっと夢でコバモと繰り返してきた遊びが、すっかり僕の体に染み付いているみたいだった。
気がつけばコバモの新しい脚で、僕は次々に新手のケンタウルスたちを貫いていく。
僕はすぐに槍を持ったケンタウルスたちを全て狩ってしまう。
──足りない。足りないよね。こんなんじゃ、足りない!
そこへさらに追加で獲物たちが、現れる。大量だ。
無数の流れ星から現れたケンタウルスが全て集まったかのように、大地がケンタウルスで埋め尽くされて見える。
僕はそれを見て、いつの間にか悪態が笑い声に変わっていた。
その獲物の全てを狩り尽くそうと、僕は笑いながらコバモを駆る。
それは後に『串刺し姫』の二つ名で呼ばれることとなる夢使い、誕生の瞬間だった。
お読み頂きありがとうございます!
バンダナコミック応募用に過去作を短編に改変してみました。
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