8 迷惑なサプライズ
シャンテルの意志を無視したまま各国の皇子と王子たちが話を進めていく。その間、シャンテルは混乱した頭でロルフの提案を整理していた。
私と彼らが交流を深めて、その中から私と気の合う殿方が私と婚約する。という認識で合っているのかしら? というか、私はそれを了承していないのだけど、これは決定事項? 私に選ぶ権利はないの?
そもそも私とジョアンヌのどちらが次期国王になるのか、まだ決まってすらいない。それなのに何故私なの??
そんな風にぐるぐる考えていると、コツコツとこちらに歩み寄ってくるヒールの音が聞こえてくる。
「み、皆さま? ルベリオ王国の王女はお姉様だけではございません。どうぞこのわたくし、ジョアンヌ・ディ・オリヴィエとも仲良くして頂けると嬉しいですわ」
ジョアンヌがシャンテルたちの近くまで来ていた。国賓を相手に彼女はカーテシーを披露する。その指先は少し震えていた。恐らくアルツールがいるからだろう。
「勿論です。シャンテル王女」
ジョセフとセオ国の王子たちはジョアンヌに微笑みを向けた。だがアルツールは違う。
「くだらん。お前には興味ない」
「っ!」
冷たい視線を向けられて、ジョアンヌが体を強張らせた。
「悪いが、俺も貴女への興味がなくなった」
追い打ちをかけるようにエドマンドがそれに続いた。
「えっ!? エドマンド皇子? それは何故ですの?」
驚くジョアンヌにエドマンドが声を低くする。
「嘘の噂で自身を悲劇のヒロインに仕立て上げるような女は、その器が知れているからだ」
「っ!!」
ジョアンヌが顔を真っ赤にした。一度ならず二度までもバカにされた挙げ句、大勢の貴族たちの前で恥をかかされたのだ。その怒りからくるものだろう。
「エドマンド皇子の言葉、どういう意味だ?」
「嘘の噂って何のこと?」
「悲劇のヒロインも何も、ジョアンヌ様はシャンテル様からひどい仕打ちを受けたと、泣いていらしたのに」
周囲から動揺にも似た声が囁かれる。
それにしても……と、シャンテルは未だに離してくれないデリア帝国の第二王子を見上げる。
夜会でアルツールと対峙した辺りから、エドマンドの話し方や態度が変わった。それを目の当たりにしたシャンテルは、初めてエドマンドに会ったときから感じていた胡散臭い彼の笑顔の違和感が、スッと消えたのを感じていた。
これが本来のエドマンド皇子ということ?
視線に気付いたエドマンドがシャンテルを覗き込む。
「なんだ?」
「っ、……それは、こちらのセリフです。そろそろ離していただけますか?」
シャンテルは綺麗な顔のエドマンドを怯まずに見つめ続ける。
「ま、いいだろう」
その言葉と共に漸くシャンテルは開放された。ホッと息を付いてエドマンドから離れる。
「シャンテル様」
呼ばれた方を見ると、カールが気遣うような視線でシャンテルを見ていた。
「ありがとう。もう大丈夫よ。カールは持ち場に戻って」
頷いたカールは、主人の言い付けを遂行するため、その場を離れていく。
「シャンテル」
またシャンテルを呼ぶ声。それも呼び捨てだ。そんな事をする人物は限られている。
「アルツール王子、何でしょう?」
「俺の妻になる件だが──」
言いかけたアルツール。だが、エドマンドが「おっと、アルツール王子」と口を挟んで言葉の続きを止める。
「その件は先程、ロルフ王子の提案で保留となった筈だ」
エドマンドがシャンテルの前に出る。
暫く無言で視線を交えたあと、アルツールが「ちっ」と舌打ちした。
「とにかく、だ。シャンテル、お前には他にも話したいことがある。後日、改めて時間をくれ」
「分かりました」
シャンテルが頷くのを確認したアルツールはエドマンドを一瞥すると、その場を離れていく。
一連の様子を伺っていた貴族たちも、いつの間にかその数を減らしていた。勿論、一部の貴族たちは未だにシャンテルやエドマンド、それからジョアンヌをチラチラと好奇の眼差しで見ていたが。
その時、ワッと会場内から歓声が起こる。騒ぎの中心では国王とその妃、バーバラが会場に入場していた。
正面の扉から入場した二人は真っ直ぐ歩き、階段を登ってそれぞれ玉座に座る。
「今日は国内外問わず、この夜会のために集まってくれた多くの者たちに礼を言う」
国王の挨拶が始まり、全員が話に耳を傾けた。
「今日はこの場を借りて皆に報告したいことがある」
その一言で会場がざわめきに包まれる。
「報告……?」
こんなの夜会の予定にはなかった。
シャンテルは思わず会場の何処かにいるはずのニックを探す。そうして会場の隅にニックを見つけると、彼もまたシャンテルを探していたようだ。目が合うとニックが首を小さく横に振る。と言うことは、ニックも把握していない事態だ。
国王の隣に座るバーバラも驚いた表情で国王に何か話している。反応からして、バーバラも知らされていなかったようだ。
お父様は一体何を考えているの?
シャンテルは嫌な予感がしていた。思い返せば、国王は珍しく積極的に夜会の詳細を確認し、部下に指示を出していた。
そのことと関係があるのかしら? と考えていると、国王が立ち上がって言葉を続ける。
「アンジェラ・オブ・リチャードソン、こちらへ」
「はい。国王陛下」
名前を呼ばれた貴族令嬢が、人々の間を抜けて国王の元へ歩みを進める。階段を登り切ったところで差し出された国王の手を取ると、隣に並び立った。
まさか──という予感がシャンテルの胸の中にはあった。それは、ニックやバーバラ、ジョアンヌも感じていたことだろう。
「長らく空席だった王妃の座に、シャトーノス侯爵家の次女であるアンジェラを迎え入れることにした」
瞬間、今日一番のどよめきが会場を包み込む。
なんてこと……
シャトーノス侯爵家といえば、ベオ侯爵家とは犬猿の仲だ。そんな家のご令嬢を王妃に迎えるだなんて、唯でさえ問題だらけなのに大問題だ。
恐らく、最近国王が熱心に通っていた愛人は彼女で間違いないだろう。
ニックの仕事が増えるわね……
いや、それは私も同じか……
ふと、シャンテルがバーバラの方を見ると、玉座の上で意識を失っているところに護衛騎士が駆け付けて声を掛けていた。
「新たな王妃の誕生を皆に喜んで欲しくて、今日まで私とシャトーノス侯爵家の秘密にしていた。サプライズが成功して嬉しく思う。今日は祝だ。存分に楽しんで行ってくれ」
上機嫌な国王。だが、王家の人間や宮廷官僚たちは誰一人笑っていなかった。
ジョアンヌも顔を青ざめさせている。流石の彼女もベオ侯爵家とシャトーノス侯爵家の関係性は理解しているらしい。
シャトーノス侯爵家の娘に王妃の座を奪われたのだ。それは、今まで権力を欲しいままにしていたベオ侯爵家のピンチを示している。
これから大変なことになるわ……
シャンテルは足元の力が抜けて、ふらりとぐらつく。だけど、力強い手がその腕を掴んで支えた。
「大丈夫か?」
振り向くと、腕を掴んだのはエドマンドだった。
どうやらまだシャンテルの近くにいたらしい。
「申し訳ありません。……父が王妃を迎えること、知らされていなかったものですから、驚いてしまって」
自らの足に力を込めて、体制を立て直すと、エドマンドが掴んでいた腕を離してくれた。
「落ち着くために、少し夜風に当たってきますね」
にこりと微笑んで、シャンテルはバルコニーへ向かった。




