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シャンテル王女は捨てられない〜虐げられてきた王女はルベリオ王国のために奔走する〜  作者: 大月 津美姫
1章

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7 もしかして私、皆さんから求婚されています??

 どんどんこちらに近づいてくる足音。夜会の参加者がサッと身を引いて道を開けるのが、シャンテルには人々の間から見て取れた。


 嫌な予感を思わせるその足音に、今度はなに? と身構える。


「やっと見つけたぞ。シャンテル」


 現れた人物にシャンテルは幼い頃の記憶の中にある人物を重ねた。

 シャンテルと同じ銀髪の持ち主は凍てつく氷のような瞳にシャンテルの姿を映していた。


「ア、アルツール王子……」


 シャンテルの口から飛び出た名前にエドマンドが「へえ? 彼がギルシアの王太子か」と呟く。

 ジョセフは一瞬驚いた表情をして、それから眉間にシワを寄せた。


 近くにいた他の貴族たちがざわついている。


「あのお方が、ギルシアの王太子殿下!?」

「通りで。先程から随分と横暴な態度だと思っていましたのよ」

「シャンテル様と同じ銀髪だわ」

「シャンテル王女を呼び捨てにされたぞ!?」


 ヒソヒソ話がシャンテルの耳にも入ってくる。当の本人であるアルツールにもその声が届いている筈なのに、全く気に留めている様子がない。それどころか一方的に話しかけてくる。


「シャンテル、お前を迎えに来た。……って、誰だソイツは?」


 アルツールが未だシャンテルの手を取ったままのエドマンドに気付いて、彼を睨みつける。その姿にシャンテルは冷や汗が出そうになった。


 相手はデリア帝国の皇子だ。エドマンド自身はあまり害がなさそうな顔をしているが、彼の笑顔の裏は何を考えているのか全く読めない。


 それにデリア帝国は大陸全土を統一しようとしている大国だ。アルツールがエドマンドに対してに失礼があったとなれば、ギルシア王国がどんな目に遭うのか。それは想像に容易い。


「っ、デリア帝国の、エドマンド第二皇子です。アルツール王子」


 緊張の中、シャンテルは何とか答える。


「ほう? この方がデリア帝国の」


 値踏みするような視線を向けるアルツール。

 ふっと息を吐くと、真っ直ぐエドマンドを見据えた。


「アルツール皇子、シャンテル王女をこちらへ」


 何やら真剣な表情のアルツール。何故かエドマンドがシャンテルを離せば、アルツールの元に行くことになっている。


 口振りからして、アルツールは会場でずっとシャンテルを探していたようだ。

 どんな用事かは分からないが、きっと碌なことはないだろう。そう思ったシャンテルは“どちらもお断りです!”と、心の中で叫ぶ。


 シャンテルがジョセフと話していたときは、周囲も思い思いの人物と談笑していて、シャンテルたちを気に留める人は殆どいなかった。


 だがエドマンドがやってきて、アルツールまでもがシャンテルの元に揃ってしまった。

 今やシャンテルたちは注目の的だ。セオ国の王子たちですら、少し離れたところからジッとこちらの様子を伺っている。


 いつもなら割り込んできそうなジョアンヌも、アルツールがいるからなのか、こちらの様子を伺っていて動く気配がない。

 壁際で待機している護衛騎士のカールも、様子を窺いながら出ていくか迷っているようだった。


 その時、グイッとエドマンドがシャンテルの手を勢いよく引っ張った。


「あっ!」


 高いヒールを履いていたシャンテルは、突然のことにバランスを崩して、あっという間にエドマンドの腕の中に閉じ込められる。


「っ! エドマンド皇子!?」


 驚きながらも、身を捩ってエドマンドの腕の中から抜け出そう試みる。だが、彼の鍛えられた腕がそれを許してはくれない。見た目は細身だが、剣術が好きだと言っていただけある。


 シャンテルはエドマンドに抱き締められたことで腕だけではなく、彼の身体全体が鍛え上げられていることがよく分かった。


「〜〜〜〜っ!!」


 男性に抱き締められたことがないシャンテルは、恥ずかしさで顔が熱くなる。


「あのっ、エドマンド皇子! 離して下さい!!」


 腕力では敵わないシャンテルは、せめてもの抗議に口を開く。堪らず駆け出してきたカールも、エドマンドの前で膝を付いて頼み込む。


「エドマンド皇子殿下。ここは夜会の場です。参加者の皆様の目がありますので、シャンテル様を離していただけないでしょうか?」


 だけど、二人の言葉を無視しして、エドマンドの視線は真っ直ぐアルツールへと向けられていた。


「嫌だと言ったら?」

「なに?」


 呟いたアルツールが目を細める。


「何故、貴殿がシャンテルに拘る?」

「そちらこそ、何故シャンテル王女を?」


 何これ……


 目の前で繰り広げられている状況が、シャンテルは今一理解できない。まるで、エドマンドとアルツールがシャンテルを取り合っているような展開だ。

 初めてのことにシャンテルは酷く困惑した。


「貴殿には関係ない。それに、シャンテルは俺の従妹だ。久しぶりの再開に水を差さないで頂きたい」


 デリア帝国の皇子相手に、アルツールは畏怖するどころか一方も引かない。

 シャンテルだけでなく、このやり取りを見守っていた貴族たちは緊張してた。それぞれが息を呑んで、事の成り行きを見守っている。


「従兄妹の久しぶりの再開に水を差したことは謝罪しよう。すまなかった。だが、俺はシャンテル王女を気に入ったんだ」


「へっ?」


 想像もしていなかった言葉がエドマンドから飛び出してきて、シャンテルから間抜けな声が漏れる。


「気に入った、だと?」


 アルツールが険しい表情で問い返す。


「あぁ。彼女は実に魅力的だ。華奢な体でありながら、王国騎士団の第二騎士団団長を努めている。騎士たちの訓練をただ眺めているだけのジョアンヌ王女とは違い、自ら剣を握り日々鍛錬をしている。そこが気に入った」


 ちらりとエドマンドがジョアンヌに視線だけを送る。話が聞こえていたらしいジョアンヌは、顔を赤くして握りしめた拳を震わせていた。


「つまり、貴殿はシャンテルに婚約を申し入れると?」


 アルツールの問い掛けに「そうだ」と頷いたエドマンド。


 周囲にどよめきが走る。誰もが驚いていた。勿論、シャンテルも例外ではない。


「こ、こん……やく……?」


 デリア帝国の第二皇子が? 私に?


 シャンテルが鈍くなった思考でそんなことを思っていると、アルツールが「ははっ」と笑う。


「それは無理だな。何しろシャンテルは俺の妻になるのだから」


 その発言で周囲は更にざわめきを増した。


「どう言うことだ!?」

「ルベリオ王家は内々に、ギルシア王国の第一王子とシャンテル王女の婚姻話を進めていたのか!?」


 周囲の疑問に答える声はない。


 シャンテルはポカンと開いた口が塞がらなかった。


 ……つま? 妻? 妻って、奥さんのことよね? 私が? アルツール王子の妻??


 “婚約”の次は“妻”と言われ、何が何だか分からなくなる。エドマンドの腕の中で眉間を押さえて、それから状況を整理しようと言葉を発する。


「ええと? アルツール王子? 私を妻になさるって本当ですか? 冗談にしては度が過ぎますよ?? そんな話、私は初耳です」

「──だそうだが?」


 シャンテルの言葉にエドマンドが付け足した。


「当たり前だ。ルベリオの人間には今初めて聞かせる話しだからな」

「なっ!? そんな勝手な……!」


 暴君だ。とシャンテルが思っていると、アルツールはエドマンドの腕の中にいるシャンテルに手を差し出す。


「もう一度言う。シャンテル、お前を迎えに来た。ギルシアに来い。お前を俺の正妃にしてやる」

「……。」


 アルツールは王太子だ。正妃とはつまり、王太子妃になることを指している。


「ギルシアでは既に話がまとまっている。おばあ様もお前を心配しているぞ。孫娘が傷付いているのをこれ以上、放ってはおけないとな」

「……おばあ様?」

「俺達の祖母だ」

「祖母……」


 シャンテルの母、ジュリエットはギルシア王の子だった。つまり、“おばあ様”とは前ギルシア王妃の事を指している。


「ルベリオは国のために尽くすお前を蔑み、搾取している。迷う必要はない。そうだろう?」

「っ、そんなこと……!」


 無いわけじゃない。現にシャンテルは国王の日々の書類業務を肩代わりしている。それに、2年前の日照りや干ばつなどの被害が発生した際は、中心となってその対策に追われた。そして、第二騎士団団長としても務めを果たしている。


 シャンテルだって、頭では分かっている。


 だけど……


「急に言われても、困ります」


 呟いて俯く。そして何となく察しが付いた。


 ギルシアが今まで国境付近でルベリオと小競り合いを起こしても、第二騎士団が到着して間もなく撤退していくのは、ギルシアに使者を送って抗議したからではない。


 シャンテルが現地に現れるからだ。


 だとしたら、シャンテルがアルツールの提案を受け入れてギルシアへ渡れば、たちまちこの国はギルシアに攻撃を受ける可能性がある。


 駄目だわ。そんなの。


「ははっ。アルツール王子、振られたな」

「何を言う。困ると言われただけだ。断られてなどいない」

「未練たらしい男だ」


「はっ」とエドマンドが笑う。


「では今度は俺の番だな?」


 そう言うと、エドマンドが俯いているシャンテルの顎を手で掬う。


「っ!?」


 強制的に上向かされて、エドマンドと視線が交わる。彼のアメジストのような紫色をした瞳に、戸惑うシャンテルの表情が映り込んでいた。


「お待ち下さい」


 そんな声がエドマンドの次の行動を止める。

 エドマンドとシャンテルが声の方に顔を向けると、それまで様子を伺っていたセオ国の王子であるロルフとホルストが、渦中へ足を踏み入れてきた。


「お取り込み中のところ申し訳ありません。ですが、デリア帝国の皇子とギルシア王国の王子だけで抜け駆けされては困ります」


 ロルフがエドマンドとアルツールを見る。


「セオ国もシャンテル王女と仲良くなりたいと願っています。そのために、我々はルベリオ王国まで来たのです」


 肩のところで切り揃えられた金髪を揺らして、ロルフ王子が一礼すると、ホルスト王子もそれに続く。


「ロマーヴリフ公の御子息もそうですよね?」


 突然のロルフからの問い掛けに、それまでエドマンドとアルツールのやり取りに呆気に取られていたジョセフは慌てて頷く。


「はい! その通りです!」

「という訳で、私たちもあなた方に混ぜて頂きたい」


 ロルフとホルストが丁寧にお辞儀すると、アルツールが不愉快そうに眉間に皺を寄せる。


「と言うとなにか? お前たちもシャンテルに婚約を申し込みたいと?」


 ロルフは「えぇ。最終的にそうなりますかね」と言葉を濁す。


「先ず我々は、今回の夜会で今よりもシャンテル様を知ること。そして、シャンテル様には我々を知っていただくことを目標にしていました。ですから、誰がいち早くシャンテル王女の心を掴めるか競うのはどうでしょう?」

「はっ! まどろっこしい」


 アルツールるがロルフの提案を蹴る。だが、エドマンドは違った。


「なるほど。勝負ということか。面白い。受けて立とう」

「待て!俺は同意していない」

「ほう? アルツール王子は自信がないと? では、この件から降りたらどうだ?」


 エドマンドの挑発に「誰が降りると言った? 勝手に決めるな」とアルツールが苛立ちのままに言葉を紡いだ。

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