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シャンテル王女は捨てられない〜虐げられてきた王女はルベリオ王国のために奔走する〜  作者: 大月 津美姫
1章

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5 シャンテル王女とエドマンド皇子の探り合い

「シャンテル王女は何がお好きですか?」

「甘い物なら何でも好きです」

「では今度お逢いするときは、うちの料理人にデリア帝国で流行っている菓子を作らせて、プレゼントしましょう」

「お気遣いありがとうございます」


 先程からシャンテルはエドマンドから質問を受けていた。


 趣味は? 得意なことは? と、次々繰り出される質問に「読書です」「得意というほどではありませんが体を動かすことは好きですね」と、無難な答えを返していく。



「その他に好きな物はありますか?」


 尚も続くエドマンドからの質問攻め。そろそろ返しに困ってきたシャンテルは「あの、エドマンド皇子」と話の腰を折る。


「先程から私に尋ねてばかりですよね? ジョアンヌのことも知っていただければと思うのですが……」


 このままでは「お姉様ばかりエドマンド皇子とお話して!」と、後で嫌味の一つでも言われそうだわ。


 そう感じて話題を自身からジョアンヌに移そうと試みる。だが、それはにっこりとした微笑みと共に跳ね返された。


「問題ありません。これはシャンテル王女がいらっしゃる前にジョアンヌ王女にもお尋ねしたことばかりですから」


 思わずシャンテルがジョアンヌを見る。皇子の前ということもあってか、特に気にしている様子もなく、彼女は機嫌が良さそうな笑顔を浮かべていた。


 どうやら本当みたいね。


「それで? シャンテル王女が甘い物の他にお好きな物は?」


 エドマンドが話を戻す。何度も繰り出される質問。まるで先程から、シャンテルに言わせたい何かがあるみたいだ。


「因みにジョアンヌ王女は宝石で、特にサファイアやダイヤモンドがお好きだと聞きしました。シャンテル王女もやはり宝石がお好きですか? 宜しければお二人に贈り物をさせて下さい」

「まぁ! エドマンド皇子!! 良いのですか!?」


 ジョアンヌが嬉しそうに声を張り上げる。

「勿論です」と頷くエドマンドにシャンテルはどこか胡散臭さを感じていた。


 大陸全土を統一しようとしているデリア帝国が、小国に過ぎないルベリオ王国の王女二人に見返りも求めずに宝石を贈るですって?


 そんな上手い話があるのかしら? と、思考を巡らせる。そんな事をしてエドマンドや帝国にどんなメリットがあるのだろう。


「そういうエドマンド皇子は何がお好きなのですか?」


 少し探ってみようと考えたシャンテルは、逆に質問を返す。すると、それまでにこやかな表情だった彼の目がスッと細められた。


 もしかして、聞いたらまずかった……? と、シャンテルは思わず息を呑む。だけど「そうですねぇ」と、エドマンドが勿体ぶるように呟く。


「俺は剣術が好きです」

「剣術、ですか」


 それで騎士団の訓練を見学したいと言ってきたのね。


 納得するシャンテルに「それから」と付け足す。


「お二人のように麗しい姫君も好きです。何を隠そう俺は今、花嫁を探していますので」


 ジョアンヌが「まぁ」と照れたように呟いて、扇子を広げると紅葉した頬を隠す。対するシャンテルは冷静に分析していた。


 つまり、エドマンドはあわよくば王配の座を狙っているのだろう。宝石を贈りたいと言っているのは、そのための貢物に違いない。

 王女二人に贈り物をしておけば、後でどちらが女王になろうとポイントを稼げるというわけだ。


 デリア帝国の皇子を婿に迎えるということは、小国ルベリオにとって、デリア帝国側に付くことを意味する。

 悪くない話ではある。だが、いい頃合いでルベリオ王国がデリア帝国に吸収され、ルベリオ王国の名前が世界地図から消える未来が目に見えていた。


「ですから、3日後の夜会にお招き頂けたことにとても感謝しているのです」

「そうでしたか。夜会にはこの国の貴族令嬢も多数参加する予定です。エドマンド皇子のお気に召すご令嬢に巡り会える事をお祈りしています」


 にこりとシャンテルは社交上の笑みを浮かべる。


「では今度は俺から質問を。お二人は普段、日中に何をされていますか?」

「わたくしは、午前中は淑女としての教育やお茶を。午後は第三騎士団の訓練を指導していますわ」


 ジョアンヌの言葉にシャンテルの頭には指導……?? と疑問が浮かぶ。


 ただお茶を飲みながら眺めているだけじゃない。


「それは素晴らしい! ところで騎士団の訓練指導とは、具体的にどのような?」


 パッと目を輝かせるエドマンドにジョアンヌが「えっ?」と固まる。ただ訓練を眺めているだけの彼女は騎士たちに具体的な指導をしていない。助けを求めるように、シャンテルに視線が送られた。


「エドマンド皇子、申し訳ありません。騎士団の訓練に関わることはお話できません」


 元々、それが理由で訓練の見学をお断りしている。ジョアンヌが具体的なことを話せないとわかっていたから、エドマンドの質問をシャンテルはあえて即座に止めなかったが。


「これはこれは、失礼」


 そう口にしているものの、エドマンドは全く悪いと思っていなさそうだった。


 剣術好きというのも嘘ではないのだろう。その証拠に剣術や騎士団の話をするエドマンドは生き生きして見えた。だがエドマンドは何としてでも、ルベリオの騎士団を知りたいようだ。


 私やジョアンヌがうっかり口を滑らせることが無いよう、気を付けなくちゃ。微笑みに惑わされて化かされでもしたら危険だわ。何しろこの皇子、とっても整ったお顔立ちだもの。とシャンテルは考えていた。


「シャンテル様」


 使用人がシャンテルを呼ぶ。そちらに顔を向けると、ニックの姿があった。そして、彼は周りに聞かれることが無いよう、そっと耳打ちする。


「ロマーヴリフ公国の公爵様が、2年前にルベリオで行った日照りや干ばつによる飢饉対策の詳細をお伺いしたいと、申しております」


 2年前、ルベリオ王国の南部は雨に恵まれなかった。このままでは日照りや干ばつにより、作物の収穫が例年以下になることが予想されていた。

 そこでシャンテルは他国から食料の輸入を少し増やすことは勿論、ひとまずの食料確保の為、国内の野山に自生する山菜の収穫。それから漁業に力を入れることを提案し、国王陛下を通して命じていた。


 更に翌年も同様の被害に見舞われる恐れを危惧して、暑さに強い作物の生産に力を入れた。今まで手入れされていなかった土地を開き、そこに落ち葉や稲ワラ、刈草、牛糞を使った堆肥を巻いた。そして、干ばつ対策として騎士団からも人を派遣して、用水路の確保に努めた。敷わらや敷草等により、土壌水分の蒸発を極力抑制する工夫も行った。


 幸いにも翌年は例年通りの気候でルベリオから飢餓の危機は去った。対策のお陰で逆に豊作となったため、前々年までよりも多くの作物の収穫が出来たのだ。だけど、またいつ飢餓の危機が起こるかわからないため、対策は現在も一部継続して行われている。


 これらはルベリオ王国でその道に精通している者の意見を聞いて取り入れたものだった。


 ロマーヴリフ公爵がそれを尋ねてくるということは、公国で飢饉の兆しがあるということかしら?


 ロマーヴリフ公国はルベリオ王国の西部側に位置している。もしも日照りや干ばつだとしたら、隣接するルベリオも被害が出る恐れがある。


 国王陛下がシャンテルに助けを求めてくるということは2年前起こったことと、それに対する対応策を正確に把握していないということだ。

 大方、シャンテルや家臣たちの申し出を右から左に聞き流して承認していたのだろう。“その件は経験を積ませるため、シャンテルを主体として動いてもらっていた。本人から話を聞こうでわないか”とでも言って、誤魔化しているに違いない。


 その事実にシャンテルはため息が出そうになるのをぐっと堪える。

 ひとまずロマーヴリフ公国の現状を聞き出して、公国への対策がルベリオが行ったものにも有効な手段かどうか見極めなくちゃ。それから、ロマーヴリフ公国の飢饉の兆しが気候によるものならば、ルベリオの現状を確認しないといけないわね。


 ロマーヴリフ公爵が近隣国でありながら、早くにルベリオを訪れたのは、このためかもしれない。と考えた。


 シャンテルは「すぐに行くわ」と答えて席を立つ。


「エドマンド皇子、大変申し訳ありません。急用ができてしまいましたので、私はこれで失礼させて頂きます」

「それは残念だ。俺のことは構わず、どうぞお急ぎ下さい」

「ありがとうございます」


 なるべく優雅にカーテシーで挨拶をしたシャンテルは、急ぎ足でお茶の席を後にした。



 ◆◆◆◆◆



 ロマーヴリフ公国に日照りや干ばつによる飢饉の危機が迫っているかもしれない。という心配は、シャンテルの杞憂に終った。

 ロマーヴリフ公は単純にその時の話を聞きたかっただけのようだ。


 シャンテルが国王陛下とロマーヴリフ公の元に向かうと、そこには公爵の御子息であるジョセフの姿もあった。


 ロマーヴリフ公国は二百年ほど前までルベリオ王国の国土だった。当時のルベリオ国王がルベリオ王国と同盟国として関係を持つことを条件に、ロマーヴリフ公国の独立を認めたといわれている。


 ロマーヴリフ公はシャンテルたちとは遠縁の親戚にあたり、ルベリオ王家の血を継いでいる。彼は金髪碧眼だが、ご令息のジョセフはロマーヴリフ公に似た顔立ちと髪色に、瞳は隔世遺伝により赤い瞳を持っていた。


「夜会の前にシャンテル王女にお逢いできて光栄です」

「ロマーヴリフ公、ありがとうございます」


 何事もなくてよかった。と胸を撫で下ろすシャンテル。


「しかし、シャンテル王女がこれほどお詳しいとは驚きました。国王陛下はシャンテル王女に随分と目を掛けて立派な後継者に育てられたのですね。素晴らしい御息女がいらして、さぞ安心でしょう」


 ロマーヴリフ公の言葉に国王陛下が「ははは」と笑うが、どこか固い。それもその筈で国王がシャンテルに何かを教えてくれたことはない。ただ関心もなく放置していただけだ。

 シャンテルをここまでにしたのは、何かとサポートをしてくれた宮廷官僚のニックの方だろう。


「ですが、うちの愚息も負けてはおりませんぞ。数年前から、私の仕事を手伝わせているのです」


 そう言って、ロマーヴリフ公が国王に話を始める。


 あぁ、これは……


 ロマーヴリフ公によるジョセフの売り込みが始まったと、シャンテルは悟った。


 公爵の次男であるジョセフをルベリオの王配にしたいのだろう。

 それに気付いたシャンテルは、エドマンド皇子の時とはまた少し違う居心地の悪さを感じていた。時々目が合うロマーヴリフ公の視線から逃れるようにジョセフを見るけれど、にっこりと微笑まれるだけだ。


 席を外すタイミングを探りながら、その後しばらくシャンテルは父たちの会話に耳を傾けた。

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