42 恋人の真似事
視察八日目。この日は午後からの出発で午前中は自由時間にしていた。
視察は長期的な拘束時間となるため、二回ほど半日の休暇を設けている。また、予定が早く終わった時は夕方の自由時間が増えるのだ。
視察業務から解放された官僚と一部の騎士はこの時間を利用して酒を飲みに行ったり、買い物をしたり、近くを観光したりと各々好きな時間を過ごす。だが、予定していた日程が遅れた場合はその限りではない。日程通りに城へ帰還するために動くことが第一優先となる。
今回の視察はほぼ予定通りに進行することが出来た為、こうして二回目の自由時間が確保された。とは言え、シャンテルの護衛を任された一部の者はシャンテルの予定に合わせる羽目になってしまうのだが。
二回目の半日休暇はカールが、一回目はフランクとエドマンドがその貧乏くじを引いていた。
まぁ、エドマンドに関してはシャンテルが「必要ない」と言ったのに、シャンテルの側を離れなかっただけである。そして、今回もエドマンドはシャンテルの側を離れるつもりがないようだ。他の騎士たちのようにどこかへ出掛けたり、宿の部屋でのんびりしたりせず、カールと一緒にシャンテルの部屋の前で待機していた。
だが、シャンテルは第二騎士団の団長だ。自分の身はある程度自分で守れる。カールが側についているにも拘らず、視察に来てまでエドマンドは護衛騎士の勤めを果たそうとした。
シャンテルが「護衛騎士を一人貸すから、自由にしてきてください」と言っても、エドマンドは頑なに首を横に振るのだ。
それに比べると、アルツールは意外にも自由時間の度に従者を連れて、街や村へと繰り出して行った。それはそれでギルシア王国の様子を探られているみたいで、シャンテルはなんとも言えない気分だった。一応、第二騎士団の護衛を一人付けているから問題ないと思いたい。
「サリーも出掛けて良いのよ?」
「いいえ。私は姫様の身の回りのお世話をするのが仕事ですので」
シャンテルの言葉に即座に返事をするサリー。何故だか、シャンテルの周りは頑固者が多いらしい。
「エドマンド皇子もサリーも視察でせっかく遠出しているのに、出掛けないなんて変わっているわね」
時間があるうちに少しでも報告書を終わらせようと、シャンテルはこれまでの視察中にまとめていたメモを文書にしていく。
「それは姫様も同じです。せっかくお城の外に出ているのですから、少しくらい観光されてはいかがですか?」
「そうね。でも時間が惜しいから」
只でさえ、城に帰れば仕事が溜まっている。だから、少しでも減らしておきたいと思った次第だ。
「姫様が外出されれば、エドマンド皇子も護衛騎士として姫様に付いてくることになるので、外出できると思いますよ」
「……。」
言われてみればそうね……。と、納得してしまう。
エドマンド皇子は変なところで真面目で頑なだ。だから、そうでもしないと出掛けてくれないことは、ここ数日のやり取りでシャンテルも良く分かっていた。
「姫様専属の護衛騎士とはいえ、国賓をこんな形で宿に閉じ込めてよろしいのですか?」
サリーの追撃にシャンテルは「う……」と言葉を詰まらせる。
「……。分かったわ。せっかくだし、出掛けましょうか」
ようやく出掛ける気になった主人にサリーは内心、勝利に歓喜した。グッと拳を握りしめて、早速動き出す。
「それではすぐに支度を整えましょう!」
これでシャンテルのイイ人であるエドマンドとシャンテルを一緒に出掛けさせることができる。この外出でお二人の距離が縮まりますように。と、サリーは願った。
こうして、シャンテルは普段公務中に着用している動きやすい服装で街へと繰り出した。サリーが何かあったときのために、このドレスを用意してくれていたらしい。
端から見れば、シャンテルは御忍びで出歩いているお金持ちのお嬢様に見えるに違いない。エドマンドとカールも騎士ではなく、私服でお嬢様に付き添う従者として振る舞っていた。
シャンテルの隣をエドマンドが、その少し後ろをカールとサリー、そしてエドマンドの従者のクレイグが付いてくる。
一般的なお嬢様やご令嬢であれば、街で買い物をしたがるのかもしれないが、シャンテルは物欲がそれほどない。
「エドマンド皇子は何か見たいものや行きたいところはありますか?」
ここはエドマンドに合わせようと、シャンテルが尋ねるとエドマンドに不思議そうな顔をされた。
「シャンテル王女がこの外出を決めたんだ。この視察中、自由時間は資料のまとめや報告書を書くために、ずっと部屋に閉じ籠っていたにもかかわらず、それを急にやめて外出したんだ。何か目的があるのだろう? 俺のことは気にせず、行きたい場所に行けばいい」
どうやらシャンテルが宿に籠っていた事が裏目に出たようだ。宿を出てとりあえず店が並んでいる通りを目指していたシャンテルは歩みを止めた。
「どうした?」
エドマンドも立ち止まって、シャンテルを見る。「その……」と歯切れの悪いシャンテルが目を伏せてエドマンドから視線を反らした。
「私が出掛けると言えば、エドマンド皇子も外出できるとサリーに言われて、この外出を決めたのです。視察に付き合ってもらっている上に、エドマンド皇子を宿に閉じ込めておくのは気が引けたので、サリーの案に乗ったのです」
「……。つまり、シャンテル王女は俺に気を遣った、と?」
顎に手を当てたエドマンドが少し間を置いてそう尋ねてきた。シャンテルは「そうです」と頷く。
すると、突然エドマンドが「ははっ」と可笑しそうに笑い始めた。
「っ……!」
シャンテルが視線を上げると目に飛び込んできたのは、普段殆ど見ることがないエドマンドから自然と溢れた笑顔だった。それはシャンテルが見てきた今までで一番自然な彼の笑顔だ。
エドマンド皇子もこんな風に笑うのね。
そう思ったシャンテルの胸が一瞬、ドキッと高鳴る。
「……?…………??」
今のは、何かしら?
自分の感情に困惑していると、エドマンドがシャンテルの手を掬って口付けた。
「っ!? エドマンド皇子!!」
外でこんなことをされるとは思ってもなくて、シャンテルは恥ずかしさが込み上げてくる。だがそんなことはお構いなしに、シャンテルの唇にエドマンドの人差し指が乗せられた。
「んむっ!?」
「ここは街中だ。大きな声で“皇子”と呼ぶのはやめた方がいい」
小声で指摘されたことにハッとして、シャンテルはコクコクと首を縦に振る。それを見届けたエドマンドの人差し指がシャンテルの唇から離された。
「エドと呼んでくれ。俺もシャンテルと呼び捨てで呼ばせてもらおう。街にいる間、俺たちは恋人同士だ」
そう言うと、エドマンドはシャンテルの手を絡め取って恋人繋ぎで握りしめてくる。
「っ! えぇっ!? エドマッ、エ……エド!? 私たちは今、お嬢様とその従者ですよね?」
「大丈夫だ。こうして手を繋げば、恋人同士にしか見えないそれに、俺に付き合ってくれるつもりだったのだろう? そのために気遣って外出してくれたと先ほどお前が言っただろう?」
シャンテルは返す言葉が見つからず、「う、うぅ……」とただ唸る。その間にもシャンテルの頬はみるみる熱を帯びて赤くなっていく。そんなシャンテルにエドマンドの口元は自然と緩んでいた。
シャンテルたちと少し離れた場所でカールがエドマンドを止めに入ろうとしていた。だが、それをサリーとクレイグが必死に止める。サリーはシャンテルたちを応援するために。クレイグはあとでエドマンドから「シャンテルとの時間の邪魔をさせるな」と怒られないためにとった行動だった。
「では行こう」
上機嫌なエドマンドに連れられて、シャンテルは歩き始めた。




