41 三人の王族
昼食後、シャンテルはニック宛てに手紙を書いた。
視察した街での税収の差について、シャンテルが王城についたらすぐ調査出来るように書類を揃えてもらうためだ。
領地ごとに税収が違うこと自体はそれほど問題ではない。何しろ領地の広さやその土地の豊かさ、人口は領地ごとに異なる。管理方法も領主に一任しているのだから差が出るのは当然だ。
問題は税の徴収が膨らんでいるのに、領主の報告する収入や国費にさほど変動がないことだ。
詳しく調べてみないことにはわからない。特に国費や王城の財政管理は現状、ルベリオ王国唯一の側妃、バーバラの管理下にある。
シャンテルはいつもバーバラが纏めた資料に目を通す程度なので、領主からの報告書には直接目を通していない。
もしかすると、見落としている可能性もある。だけど、シャンテルが税収の調査をしていることがバーバラに知られると、何か言われそうなので内密に進めるように手紙には念を押しておいた。ニックなので、さほど心配も要らないだろう。
王城に帰ったらバーバラに知られる前に、出来るだけ早くこの件を片付けないといけないわね。
騎士の一人に手紙を預けて、早馬で一足先に城へ戻って貰った。その後もシャンテルは視察の続きを行ない、夕方に宿へ戻った。
次の出発は明日の朝。大きな遅れもなく順調に視察が進み、シャンテルはホッとする。だけど、城に戻れば自分で手配した税収の調査資料と10日間分の書類仕事が待っている。そのことを考えるだけで憂鬱な気分だった。
「あの……シャンテル王女、夕食はお口に合いませんでしたか?」
エドマンドやアルツール、それから騎士団のみんなと宿で食事をしていたシャンテル。食後に紅茶を頼むと、この宿で料理長をしている人物が声をかけてきた。
自身の食事を後回しにして、シャンテルの後ろで護衛をしていたニックが、料理長にシャンテルから離れるよう言葉をかけたが、シャンテルはそれを「いいのよ」と止めた。それを見て料理長が再び言葉を発する。
「……もしや、お食事の内容に失礼がありましたでしょうか?」
こちらの様子を伺うような、困った顔をしている。城に戻った後の事を考えていたから、顔が強張っていたかも知れない、とシャンテルは慌てて笑顔を向けた。
「いえ。そんなことはありません。とても美味しかったです。……すみません。少し考え事をしていました。失礼なのは私のほうです。せっかく用意していただいたのに、食事中に考え事をするなんて失礼でした」
ペコリと頭を下げると、料理長が顔を青ざめさせてアタフタと慌てる。
「とっ、とんでもございません! 王女殿下に料理を振るう日が来るなど、人生最高の名誉でございます!!」
シャンテルの噂を気にして恐怖から答えているのか、それとも本心からなのか、シャンテルには分からない。けれど目の前の人物が途轍もなく緊張しているのは確かだった。
威圧的に見えないように、シャンテルはなるべく柔らかく微笑む。
「そう言って貰えて嬉しく思います。素敵なお料理をありがとうございました」
虚をつかれたように料理長の顔がポカンとしている。シャンテルに罵られるとでも思っていたのだろうか。
そんな料理長の様子にシャンテルも戸惑う。すると、シャンテルの近くで食後のコーヒーを楽しんでいたアルツールが必死に笑いを堪えていた。
「アルツール王子、そんなに笑ってやるな。この者が可哀想だ」
エドマンドの興味無さげな声。だけど、料理長の方は王女しかいないルベリオ王国におうじと呼ばれる人物がいるとは思っていなかったのだろう。「おうじ……?」と瞬きを繰り返して困惑していた。
「仕方ないだろう。今回の視察でシャンテル王女が噂の王女とは違う様子に戸惑う人間を久しぶり見たのだから」
そう告げるアルツール。確かに、視察中は殆んど慕われるか、軽蔑の視線を向けられるかのどちらかだった。シャンテルと接して戸惑った人に会うのは、料理長とは違った戸惑い方を見せていたトビー以来だろう。
シャンテルはきゅっと胸が締め付けられる思いがした。
シャンテルが自ら手を差し伸べた一部の国民からは慕われ、一方で妹を苛める“傲慢で野蛮な王女”という噂しか知らない国民から軽蔑され蔑まれる。そんなシャンテルをアルツールとエドマンドはどう思っただろうか。
「お二人は今回の視察でがっかりされたのではありませんか? 私が一般的に国民からあまり慕われていないことに」
気が付くとシャンテルはそう問いかけていた。実際に夜会の日にエドマンドからは蔑まれているシャンテルのことを“がっかりした”と言われている。
「そうだな」とエドマンドの声がした。
あぁ、やっぱり、そうなのね。
自ら尋ねておきながら落ち込むシャンテルの耳にエドマンドは一言付け足す。
「シャンテル王女の本質を見抜いている国民もいて安心した」
「え……」と声を漏らしたシャンテルにエドマンドはニッと笑みを浮かべる。
「数日前に『シャンテル王女は意外と国民から慕われているんだな』と言った筈だが、忘れてしまったか?」
シャンテルの顔を覗き込むような仕草にドキリとする。クスッと笑うその顔が、なぜだかシャンテルの目に焼き付いた。
「えっと、……覚えています、よ?」
なんとかそれだけ答えたシャンテルに「おい」とアルツールの声がする。
「シャンテル、エドマンド皇子にちょっと甘やかされたからといって絆されるな。お前はギルシアで俺の妻になるんだ!」
料理長の存在も忘れて話を続けるシャンテルたち。だが、当の料理長もシャンテル王女の他に高貴な王族が二人もいるなど夢にも思っていなかった為、呆然としていた。
“おうじ”という時点で、ルベリオ王国では他国の王族であることを意味するのだ。しかも、“アルツール”という名前は、ギルシア王国の王太子としてルベリオ王国では知れ渡っている。
その事実に愕然として、料理長は頭が真っ白になって固まってしまった。
料理長は後になって思い返しても、三人の王族が何を話していたのかは覚えていなかった。だが、目の前で話しをしていたアルツールもシャンテルも噂で聞くような傲慢さや野蛮さは無く、失礼だったであろう自分を咎めるどころか、気遣ってくれたことだけは覚えていた。
シャンテル王女はとてもお優しい方だ。
また一人、シャンテルを慕う国民が増えた瞬間だった。




