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シャンテル王女は捨てられない〜虐げられてきた王女はルベリオ王国のために奔走する〜  作者: 大月 津美姫
1章

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4 デリア帝国の第二皇子

『姉上、話は分かりました。ですが、私の意志は変わりません』


 昨夜、レオはシャンテルが突然訪ねてきた理由を聞いてそう宣言した。


 シャンテルはもうすぐ城で夜会が開かれることや、ギルシア王国とデリア帝国からやって来る国賓の人選に疑問を抱いていること。そして、最近の国王陛下の様子がおかしいことなど、思い付くこと全てを支障のない範囲でレオに話した。


『どうして? レオは間違いなく国王陛下の子よ。赤い瞳を持つ貴方なら、貴族からも王子として認められる。没落しているとはいえ、ムーカン男爵家で育てられたことも考えると、社交界からも受け入れてもらえるわ』

『でも、国王陛下は私を城に迎え入れなかった。……きっと“お腹の子は私の子ではない!”と、母上と縁を切った手前、認めたくないのでしょう』


 レオはシャンテルの異母兄弟だった。


 それはジュリエット王妃が亡くなった頃のこと。国王は城を抜け出して、当時愛人だった伯爵家の次女と頻繁に逢っていた。レオはその伯爵令嬢との間に出来た王子だった。だが令嬢には婚約者がいた。それが当時のムーカン男爵の御子息だった。


 令嬢が妊娠を国王に告げたところ、『それは私の子ではない! 男爵令息の子だろう!』と激怒。それきり国王は彼女に会いに来なくなったという。


 シャンテルがどうしてレオの存在を知ったかと言うと、毎夜毎夜、父が何処へ出掛けているのか気になって、その後をつけたからだった。


『今のルベリオには王子であるレオが必要なの。王女の私ではどうしようもないの』


 告げると、レオが困ったように眉を顰める。


 まだシャンテルとジョアンヌのどちらが次のルベリオの王になるかはわからない。だが、どちらかが今度の夜会がきっかけで国賓の誰かと婚約した場合、その婚約者の国の影響を大きく受けることは間違いない。


 そこに国王陛下の血を引く王子が現れれば、事態は大きく変わる筈だ。少なくとも、レオが王子として城に来てくれたら、レオが時期国王として王太子の座に就くことになる。そうすれば、他国の干渉を最小限に抑えられるとシャンテルは考えていた。


『ごめんなさい姉上。私には母上を見捨てることが出来ません。私が城へ行けば、母上はまた一人ぼっちだ。これ以上、母上に辛い思いをさせたくないんです』


 弟の悲痛な表情にそれ以上何も言えなくなる。

 レオの戸籍上の父、ムーカン男爵は3年前に事故で亡くなっていた。


 分かってはいたけれど、弟を困らせてしまったわ。


 シャンテルが視線を下げると、レオがシャンテルの手を取って包み込む。


『今までルベリオ王国を支えてきたのは姉上です。姉上だって赤い瞳の持ち主なんですから、次の王にふさわしいのは姉上です』


 6つも年下の弟は励ますように姉に語りかける。


『ですが、その件で姉上が城で辛い思いをされているのであれば、その時は全て忘れて姉上自身のための人生を歩んで下さい』


 シャンテルは驚いて『えっ?』と顔を上げる。


『姉上は今まで一人で頑張っていらっしゃいました。それを投げ出したって、誰も文句は言えません。姉上に全てを押し付けてきたのですから、そのツケが回ってきたのだと、受け入れてもらいましょう』


 レオはそう言って笑っていた。


 彼の言葉の意味は、シャンテルが王女としての生活に耐えられなくなった時は、“国を見捨てて良い”ということだ。


 頭の中で昨日のレオとのやり取りを振り返っていたシャンテルはため息を付く。そして、ずっと同じ姿勢で書類と対峙していたために、凝り固まった体を解すように腕や体を伸ばした。

 その時にいつもより動きが制限されて、思い出す。今日はこのあとのエドマンド皇子とのお茶会のためにお洒落をしているのだ。


 普段は動きやすく一人で着脱しやすいドレスか、騎士服に身を包むことが多いシャンテル。だが、今日は裾がふんわりとしたドレスを身に纏っている。そして、まだ薄っすらと残る頬の傷は化粧で隠していた。


 シャンテルは気を取り直すと、執務室の机で再びペンを走らせる。だがすぐに手を止めると、書類から顔を上げて窓の外の空を眺めた。


 そうして頭に浮かぶのは、やはり昨日のレオとのやり取りだった。


 国を見捨てるなんて、考えたこともなかったわ……


 いつからか、シャンテルは今の生活が当たり前になっていた。

 私がやらなきゃ。国が大変なことになる。国民が苦しむことになる。だから頑張らなくちゃいけないと思っていた。


 本来であれば、シャンテルがこなしている国王陛下の決裁を求める書類の確認も、国費や政治に関することも国王の仕事だ。また、国の防衛も国王の指揮の元で行うのが筋だろう。

 だが、その国王陛下は夜な夜な愛人の元へ向かい、昼間は熟睡。そして国王陛下を支える筈のバーバラ妃は散財に明け暮れている。


 何もシャンテルが国王夫妻の尻拭いをして、国を背負う必要はない。レオはそう言ってくれたのだ。


 だけど王族として生まれたからには国民を守り、導く義務がある。


 碌でもない国王だったとしてもシャンテルの実父であり、シャンテルに手を上げるような妃だったとしてもシャンテルにとっては継母だ。そして、シャンテルの悪い噂を流す妹も、たった一人の妹だった。勿論、離れて暮らすレオも大切な弟だ。


 そんな家族が暮らすこの国を見捨てるということは、政治的空白を作成し、経済を立ち行かなくする可能性がある。何より他国の脅威に国民の命を晒すことになるのだ。


 そんな無責任な決断、私には無理よ。


 どれだけ“ギルシアの血を引く王女だ”と蔑まれても、ルベリオ王国がシャンテルにとってたった一つの祖国だ。


 私は祖国を見捨てることは出来ない。それに、国を見捨てたところで、私に行く当てなんてないわ。


 コンコンと室内にノックの音が響く。「どうぞ」と声をかけると、ニックが顔を出した。


「シャンテル様、そろそろエドマンド殿下との約束のお時間です」

「もうそんな時間なのね。すぐ行くわ」


 書類整理を途中で切り上げたシャンテルは、お茶会の約束の場所に指定した王宮の庭へ向かった。



 ◆◆◆◆◆



 シャンテルが庭に用意されたお茶会のスペースへ到着すると、そこには既にジョアンヌと黒髪の青年の姿があった。


 あれがデリア帝国のエドマンド第二皇子ね。


 これでも国賓をお待たせしないように、シャンテルは約束の時間より早く向かった。だが、エドマンドがそれより早く到着していたようだ。


 にこやかな微笑みを見せるジョアンヌとエドマンド。楽しげな雰囲気を邪魔するようで悪いが、エドマンドをこれ以上待たせるわけにはいかない。


 二人の元に近付くと、先にジョアンヌがシャンテルの存在に気付いた。

 ジョアンヌは途端に複雑そうに眉を歪めて、表情を変えたかと思うと、大袈裟に肩を跳ねさせる。そしてか細い声を出した。


「お姉様……」


 その一言でシャンテルの存在に気が付いたらしいエドマンドが、彼女の姿を目に捉える。


「エドマンド皇子、お待たせしてしまい大変申し訳ございません。ルベリオ王国第一王女、シャンテル・ド・オリヴィエでございます」


 シャンテルはドレスの裾を摘まむと、カーテシーで挨拶を行う。


「これはこれは、シャンテル王女。デリア帝国第二皇子、エドマンド・グリフィン・モランです」


 エドマンドも席から立ち上がって、丁寧な挨拶を返す。そして、シャンテルの前で片膝を着くと、おもむろにシャンテルの右手を掬った。

 それをシャンテルが疑問に思ったのとほぼ同時に、彼の唇が手の甲に触れる。


「っ!? な、何を……っ!?」


 シャンテルは慌てて手を引っ込めた。顔を赤くして驚くシャンテルを他所に、目の前のエドマンドがニコッと微笑みを作る。


「何、ほんの挨拶ですよ。だが驚かせてしまったのなら申し訳ない」

「っ!」


 こちらを探るようなエドマンドの視線に思わず息を飲む。


 一体、何を探られているの?


「まぁ! エドマンド皇子はとても紳士的なお方ですわね!」


 ジョアンヌが嬉々とした声を上げる。


「ははっ。褒められると照れてしまいますね」


 そう言って、頭の後ろを掻くエドマンド。表情はにこやかだが、シャンテルは彼が照れているようには見えなかった。


「お姉様が失礼をしたにも関わらず、お優しいですわ。お姉様は王女でありながら剣を振るうことに夢中で、こういった場には慣れていませんの」

「そうでしたか。それは失礼を。ですが、シャンテル王女はとても可愛らしい姫君ですね」

「っ!? か、可愛らしい!?」


 ボンッとシャンテルは顔が熱くなる。生まれてこの方、異性に可愛いなどと言われたことがないシャンテルは目を泳がせる。


「今まで会ってきた姫君やご令嬢とは少し違った反応が新鮮だったもので」


 エドマンドの指摘にシャンテルは「う……」と、言葉を詰まらせた。エドマンドは反応が“初心だ”とでも言いたいのだろう。


 でも仕方ないじゃない!! そもそも“可愛い”なんて久しぶりに言われたんだもの! 


 そうやってシャンテルが心の中で抗議していると、エドマンドが言葉を続ける。


「だが剣を振るわれるのでしたら是非一度、俺と手合わせ願いたい」


 じっと、エドマンドの視線がシャンテルに注がれた。その視線が真剣そのもので、シャンテルも徐々に冷静さを取り戻す。


 お茶の席を設ける前は、騎士団の訓練の見学を所望していたような方だ。今日の茶会はもしかすると、一度断ったそれ(・・)の足掛かりを求めてのことなのかもしれない。


 慎重に言葉を選んで発言しようとするシャンテル。だが、それよりも先にジョアンヌの声がエドマンドの提案をはね除けた。


「いけませんわ。お姉様は騎士の方々の見よう見まねで剣術をやっていますの。エドマンド皇子のご期待に添えられませんわ」


 そこまで言ってから、ハッ! と顔色を青く変える。


「お姉様ごめんなさい! わたくしったら、お姉様のことを悪く言ってしまいました。だめな妹でごめんなさい!! どうかっ! わたくしをぶつのは今だけは御許しを!!」


 ポロポロと涙を溢して訴えてくるジョアンヌ。

 その姿に“あぁ。やっぱりね”とシャンテルは思う。


 “今だけは”だなんて付けられては、シャンテルがいつもそういった(・・・・・)類いのことをして、苛めているように聞こえても仕方ない。


 だけどこれは退席するチャンスだわ。と、シャンテルは考える。


「いいのよ。私の方こそ、楽しい雰囲気を壊してしまったみたいでごめんなさい。私がいてはエドマンド皇子に気を遣わせてしまうでしょう。せっかくですがこれで失礼しますね」


 サッと一礼してシャンテルは踵を返す。


「待て」


 そんな短い一言がして、シャンテルは「えっ?」と振り返る。


「俺はそんなこと気にしない。だからシャンテル王女もお気になさらず。さぁ、どうぞ席へ」


 エドマンドに呼び止められた時、シャンテルは一瞬、彼の雰囲気がそれまでとは変わったように思えた。だけど目の前にいるのは、先ほどまでと同じにこやかな笑顔を浮かべるエドマンドだ。


 シャンテルの為に用意されていた椅子をエドマンド自らが引いて、シャンテルが腰を降ろすのを待っている。


「っ!?」


 一国の皇子がシャンテルの為に椅子を引いている。その姿にシャンテルは勿論の事、直ぐそばで控えていた使用人たちが、ゾッと肝を冷やす。


 彼にいつまでも使用人の真似をさせるわけにはいかない。


「エドマンド皇子、お茶の席に参加しますので、どうかそのような真似はおやめください」


 慌てて告げたシャンテルに満足したエドマンドが笑顔を深める。何か思惑があるようなその微笑みが、シャンテルは少し恐ろしかった。


「分かりました。シャンテル王女が参加する気になってくれて嬉しく思います」


 こうしてシャンテルはジョアンヌとエドマンドとお茶の席に着くことになった。

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